集産主義

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集産主義(しゅうさんしゅぎ、コレクティビズム英語: collectivism)とは、一般的に、社会における自由放任の状態に対して、公共の福祉のために中央集権的な統制の必要を強調する信念や方法などをさす[1]

この用語の意味は拡大し続け、今日では、国家の経済への介入や計画全般を指すまでになっている[1]

集産主義の辞書的定義[2]

"The practice or principle of giving a group priority over each individual in it” — 各々の個人が所属する集団に、個人を超える優先権を付与する行為形態または原理

集産主義は、中国哲学仏教イスラム教ヒンドゥー教の影響がある。日本文化の心では集産主義原理であり、臨済宗儒教朱子学に由来する。例えば義理甘え見合い本音と建前。「出る杭は打たれる」は、日本社会の特徴を言い表したことわざである。

集産主義は個人主義に反対する。西洋諸国は個人主義的である。非西洋社会(アフリカ諸国・アラブ諸国・アジア諸国・中南米諸国・ロシア)は集産主義社会である[3]カール・マルクスは、19世紀における最も強力な集産主義の唱道者であった。共産主義ファシズム社会主義は集産主義的システムである。

用語

「collectivism」は広く「集団主義」を意味するが、政治学経済学では「集産主義」と訳し分ける場合も多い。

概要

集産主義者は通常、共同体社会国家などに焦点を当てる。集産主義は、共産主義民主主義から全体主義国家主義までの異なった政治的および経済的な概念の多くによって、幅広く使用されている(たとえば財団)。

集産主義の形態の1つとされるコーポラティズムの視点では、個人的な部分よりもその合計の方が価値があると考え、個人的な権利よりも集団の権利に優先順位を与える[4][5]。この種の集産主義の哲学的な基盤は、ホーリズム有機体論にも関連している。特に1つの全体として見た社会を、その社会を構成する個々の個人よりも、より意味または価値を持つとみなす[6]。集産主義は一般には個人主義に反対するが、しかし大多数の哲学的、政治的、経済的なシステムは、集産主義と個人主義の側面の両方をある程度持っている。

集産主義は色々な運動で色々な意味で使われている[7]

集産主義は、必ずしも国家や政府や階層的な制度を必要としない。無政府主義の1種である集産主義的無政府主義無政府共産主義は、集産主義の1種である。初期の著名な共産主義者であるミハイル・バクーニンは集産主義者で、彼らは生産手段の私有から集中財 (collective property) への変換を主張したが、その所有形態は政府よりも、非中央化された共同体のゆるやかな集合によるべきと主張した。

無政府共産主義は、非政府の集産主義の更に包括的な形態で、生産手段だけではなく、労働の生産物も同様に集中化させることを主張する。ピョートル・クロポトキンは、以下のように主張した。「住居や施設や工場が分離された所有に属している限り、賃金の支払いが必要で、施設や工場で働くことを許されるか、他方では家で生活するしかない。所有者は労働者に、日用品の全種類のために、金貨や紙幣や小切手などを支払う。しかし我々はどのようにして、家や施設や工場をもはや私有財産ではなく共同体または国家の所有とした、新しい賃金体系を定義できるだろうか。」[8]

採用例

集産主義は、ソ連型社会主義ファシズムナチズムなどの全体主義政権下で採用された。ファシズムはコーポラティズムにより基幹産業の国営化と統制経済を行った。マルクス・レーニン主義を掲げるソ連型社会主義は産業の国営化と計画経済を行った。

ソ連集団農場による集団化(Collectivization)は集産主義の典型と言える。イスラエルキブツも集産主義的な共同体である。このほか日本統制派による国家総動員法や、アメリカニューディール政策なども集産主義と呼ばれることがある。

また発展途上国における開発独裁などにおいても、国威発揚や経済力弱体の克服手段として、鉱山などにおいて限定的に採用されている事が多い。

批判

ハイエクリバタリアニズムと経験主義の立場から、共産主義もファシズムも集産主義という面では同根であり、根本にはエリートが経済をより良く管理できるという理性至上主義の傲慢な全体主義があると批判している。

またジョージ・オーウェルの小説「1984年」は反全体主義・反集産主義のバイブルとも呼ばれた。この小説に登場する独裁政党の政治思想・イングソック(イングランド社会主義)は、政府宣伝によれば社会主義の一種ということになっているが、支配者たちはその正体を「少数独裁制集産主義」とみなしている。

文献情報

  • 「新自由主義」吉沢昌恭(広島経済大学経済研究論集5(2)49-57 1982-06)[1]
  • 「集産主義計画経済の理論―社会主義の可能性に関する批判的研究」フリードリヒ・ハイエク (1950年)
  • 「経済人の終わり―全体主義はなぜ生まれたか」P.F. ドラッカー (1939年)
  • 「経済体制論争の開幕:シェフレとルロワ・ボーリュー」森岡 真史(比較経済体制学会第8回秋期大会2009.10.20)[2][3]

脚注

  1. ^ a b 矢澤修次郎 『日本大百科全書』の「集産主義」の項目 小学館。
  2. ^ http://www.oxforddictionaries.com/definition/english/collectivism
  3. ^ http://psychology.about.com/od/cindex/fl/What-Are-Collectivistic-Cultures.htm
  4. ^ Chakrabarty, S (2009) The Influence of National Culture and Institutional Voids on Family Ownership of Large Firms: A Country Level Empirical Study Journal of International Management, 15(1)
  5. ^ Ratner, Carl; Lumei Hui (2003). “Theoretical and Methodological Problems in Cross–Cultural Psychology”. Journal for the Theory of Social Behaviour 33 (1): 72. doi:10.1111/1468-5914.00206. http://www.humboldt1.com/~cr2/crosscult.htm. 
  6. ^ Agassi, Joseph (1960). “Methodological Individualism”. British Journal of Sociology (Blackwell Publishing) 11 (3): 244–270. doi:10.2307/586749. http://jstor.org/stable/586749. 
  7. ^ 「集産主義は、社会主義共産主義ファシズムなどの運動で、20世紀に色々な意味で使われている。最少の集産主義は社会民主主義で、不平等で抑制の無い資本主義の弊害を、国家の規制や収入の再配分や色々なレベルでの公的所有の計画によって減少させようとする。共産主義のシステムでは、集産主義はより極端に徹底され、最小限の私有財産と最大限の計画経済が進められる」(Encyclopædia Britannica、2007年)、collectivism - Encyclopædia Britannica Online
  8. ^ Kropotkin, Peter. Chapter 13 The Collectivist Wages System from The Conquest of Bread, G. P. Putnam's Sons, New York and London, 1906.

関連項目