自給自足

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自給自足(じきゅうじそく)とは、生活に必要な物資を自ら手に入れる生活のあり方のことである。

概説[編集]

遊牧民狩猟民は基本的に(は)自給自足の生活を送っている。イヌイットエスキモー)はアザラシカリブーを狩り、その肉を食べ、血や内臓を食べることでビタミンを摂り、皮をはいで衣服にしたりテントや住居の材料にし、骨を削り道具や釣り針などにする。日本では縄文時代の人々は皆、自給自足生活を送っていた。その後もアイヌの人々はそうした生活をしていた。

現代でもアマゾンの奥地やパプアニューギニアの奥地などでは、完全な自給自足生活を送っている人々が大勢いる。文明と接触せずに悠々と暮らしている人々がいるのである。その他にも、世界各国の田舎では(日本人にはあまり想像できないようだが)自給自足の割合がかなり高い生活を送っている人々が非常に大勢いる。

自給自足生活を送るには、恵み豊かな自然()などが周囲にある場合のほうが圧倒的に有利である。

現代では、自給自足度を高めてゆくと、「貨幣」というもので計れない形で、実質的な生活が豊かになってゆく。貨幣の数字には現れないかたちで、実質を豊かにできるのである。例えばお金を全然使わずに、毎日のように美味しい水を飲み、美味しい野菜、穀類、卵、乳などを食し、快適に風呂に入り、快適に眠る、という健康的な生活を送ることも可能である。貨幣をほとんど使わないので、現金収入を得る必要もなく、現金収入を得るために雇用され雇用主との人間関係に悩む必要もなく、また、またせっかく働いた分の大部分を政府や税務署によって(直接的課税、あるいは企業等への課税が間接的に消費者に振り向けられる税負担によって)搾取されてしまうこともかなり減る。

完全自給自足

原則的に一切、外部の社会と物資のやりとりなどしないで食・衣・住に必要な物資を調達し生活することである。

完全自給自足生活では、食料は野・山・川・海・家の周囲の畑などで入手する。衣料については自然の樹木の繊維を用いてそれを織って布としたり、動物の毛皮などを加工して身にまとう。住居などは、石や樹木や毛皮などを用いて自分自身で作る。

かつてはイヌイットエスキモー)などがこうした生活をしていた。ただし、近年では、カナダや米国の文化の流入で、スノーモービルや銃等々は購入したものを使うようになっていて、家屋は北米の(カナダや米国の)スタイルのものに住むようになっていて、半自給自足へシフトしてしまった。

半自給生活

現代の自給自足では、この半自給自足を行っている人の割合が高い。あらかじめ「山」(田舎で言う「山」。山間地の地域で、小さなひと山、山あいの土地など)を所有していてそこで自生している植物を利用できる場合、自給自足にかなり有利である。もともと「山」を持っていない人でも、実は、山間地の土地は(都会の人が知ると驚くほどに)安く売られているので、最初に土地を手に入れる費用だけは若干かかるが、あとは比較的簡単に半自給生活に持ち込むこともできる。また「山」を数十年単位でタダ同然(あるいは本当にタダ)で借地して自給自足生活を始める人もいる。(「山」の持ち主から見ると、「山」は放置すると荒れ放題になってしまい面倒なことになるので、荒れるよりは、タダ同然でもいいから誰かに借りてもらって手入れをしてもらったほうがまし、と考える持ち主も多いため。)

ものをほとんど購入しないで済ませる(つまり現金にほどんど依存しない。貨幣システムに依存しない)生活が現代でも可能である。このような生活スタイルは昭和初期までの農山村においてはごく普通に行われていた。(それを日本人の大半が知らなくなってしまったのは、実はわずかここ数十年のことである)。近年、日本でもエネルギーや食料価格の高騰、給与所得の低迷などを受け、このような半自給的生活を実行しようとする人が増えつつある。

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  • 水 - 近くに川、泉などがあればその水を用いる。山間部などに住むと、しばしば山肌などから豊富に水が湧き出している場所がある。山あいの土地の傾斜地などでは、一年の大半、大量の水がまるで滝のように勢いよく流れている場所もある。あらかじめ調べて、水量が豊富な場所を居住地として選んでおけば、使いきれないほど水がタダで手に入ることになる。水道代がかからない。もしも衛生の点で若干不安がある場合は、沸かしてから飲めば大丈夫である。
  • 家の近くに野・山があれば、そこで食べられる植物を手にいれる。川、海などで魚や海藻などを採取する。また家の周囲などにをつくり、穀物野菜果物を育てる。野菜などはできるだけ「種あり」の種類を選び育て、収穫したら種子はしっかり保存し、紙袋・封筒などに入れて乾燥した状態で保存し、翌年以降のその種を撒いて育てる。こうすることで「種子」も購入しなくて済むようになる。
  • (ニワトリ)を飼い、を産んでもらう。鶏を飼うことは現代でも世界中の農家や「田舎暮らし」で行われている、ごく普通のことである。新鮮で美味しい卵料理が食べられる。
  • 家畜(ヤギ)などを飼うと、をとることができ、(売られているものよりもずっと)コクのある乳が飲める。野や山などの場所であれば、ヤギなどは、そこらにはえている草を餌として食べてくれる。
  • 渓流が近くにあれば、釣りを行い、渓流の魚(例えば、日本ではヤマメアユ 等々等々)を手に入れ、食べる。
  • 恵み豊かな海が近くにあれば、海釣りで様々な魚を釣ることができる。海岸では(特定の季節には)貝類がよくとれる。(日本に貝塚が残っているのは、古代の人々が貝を食べる自給自足生活をしていた痕跡である)海岸では海藻類も採取でき、そのまま汁ものに入れたり、乾燥させて保存してから使うこともできる。
  • 調理に使う燃料 - 樹木を切り倒し、にしたものあるいはそれをにしたものなどを用いる。すると燃料代は不要になる。
  • 調理場 - 手作りで「かまど」あるいは「いろり」を作るとよい。かまどは石やレンガ状のものを積み、粘土などで固めて乾かす。数十センチの高さの小規模のものでも十分に便利で、上部には鍋などをおける円い穴をあけ、手前に薪をくべる穴、空気が入る口を開け、できれば煙が部屋の中にこもらず部屋の外に出るように、かまどと外部をつなぐ煙突状のものもつくるほうがよい。「いろり」は天井からカギ状のもののものを下げ、そこに鍋などをかけると調理場になる。自在鉤を使えば、微妙な調整もでき便利である。「いろり」は調理場であり、また、いろり回りは食事をとる場にもなり、寒い季節は暖をとる場所…と一日の大半を過ごす「いこいの場」になる。

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衣類まで自分で作る人は現代日本では少数派であるが、参考までに、努力すれば何ができるか、一部の熱心な人が何をしているか説明すると

  • 綿を育てて、棉の繊維を(紡錘糸車を使って)紡いで 綿糸を作り、それを(明治期にはあちこちの農家に普通にあった足踏み式の織機や現代風の手芸用手織機で)織ることで綿布にし、棉の衣類を作る。
  • を育てて、麻糸を作り、それを織り麻布(あさぬの、麻織物)にして、麻の衣類を作る。
  • を飼い、年に一度 羊毛を刈り、羊毛を紡いで毛糸にし、セーターなどを編む
  • 動物のをはいで、なめし、衣服(の一部など)に用いる。

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  • などは、山であれば豊富にある場合がある。石を積み上げることで壁として家の形(の一部)を作ることもできる。山や林に十分に太い樹木があれば、それを切り倒し、樹皮を剥ぎ、梁や柱などとして用いることができる。
  • 「完全」ではなく「半」自給自足ということで割り切っていれば、ログハウスの材料となる材木がワンセットで販売されているので(「キット」などとして、北米などから輸入する形態や、日本の代理店を通す形態など)、材料だけはそれを購入して、あとの材木の加工、組み立てなどは自力を行う、ということも行われている。家を職人に建ててもらうのと比べてはるかに安く家ができる。
  • 風呂 - 自作する手もある。あるいは風呂の自作は諦めてバスタブだけを(中古でも新品でも)手にいれる。できるだけ、(たきぎ)で湯を沸かすことができるタイプのものにするとよい。水は自然の水をタダで入手する。山で樹木を切り、薪をつくり、その薪で湯をわかす。するとガス代も(あるいは夜間電気湯沸かしの代金も)かからない。つまり風呂の費用をタダで済ますことができる。そもそも風呂を薪でわかす、ということは昭和前半までは日本の大半の家庭で行っていたことである。
  • 暖房 - 自然の樹木を用いた薪を使う。よくあるのは薪ストーブなどを使う方法である。あるいは韓国のオンドル風に床暖房のものを自作することもできる。

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  • 維持・運用に多大なお金を必要とする機器はなるべく所有しない。(特に自動車などは無しで済ませる)
  • 電気器具はできるだけ使わない。電気を使わなければ、電力会社から電気を買う必要もなく、電気の基本料金すらも払う必要がなくなる。どうしても少し電気を使いたい場合は、ソーラーパネル小型水力発電機などを設置しておいてバッテリーに溜めておき、それを12Vのまま使ったり、DC-DC変換機(しばしば数百円程度)で電圧を変えて使ったり、DC-AC変換機(許容するワット数に応じて数千円~2万円程度)で100V交流などに変換して使う。(モンゴルの遊牧民や中国奥地の人々など、ソーラーパネルによって、送電網とは無関係に、全く電気料金を払わずにテレビなどを見る人口が近年増えた。)山あいの土地で、傾斜地を勢いよく水が流れている場所に小型水力発電機を設置すると、使いきれないほどの大量の電気をタダで得ることができる。
  • 足りない物資でも近隣の人々との物々交換などで手に入れられることは多い。

動物と人類[編集]

生物はほとんどが基本的には自給自足で生きている。 人類においてもかつてはそれが当たり前であった。近代以降にそれが珍しくなってきたのは社会構造が変化し、流通が広域化し、分業が行われるようになっていることや、(以前は当たり前ではなかったのだが)「国家」という制度が、人類社会のほとんどに影響を及ぼすようになり、政府が強制的に人々から収穫物を取り上げるようになったり、貨幣制度が広まり「税」という名目で貨幣の形で政府にそれを差し出すように(政府が暴力を用いつつ)強制したことによって、人々の意思・気持ちにかかわらず、強引に貨幣経済の一端に組み込まれ大きな分業システムに組み込まれて、細分化されたことをせざるを得なくなってしまったこと、また、産業全体に占める大企業の比率が増し、大企業がおうおうにして都市部にあるため、大企業で勤務する人々は、結果として、周囲に野・山・海などの恵み豊かなな自然の土地から切り離されてしまったことも原因である。

関連人物[編集]

関連作品[編集]

関連項目[編集]

関連書[編集]

  • ジョン・シーモア『完全版 自給自足の本』文化出版局1983
  • 大内正伸『山で暮らす愉しみと基本の技術』農山漁村文化協会 2009
  • 『農家に教わる暮らし術―買わない 捨てない 自分でつくる』農山漁村文化協会、2011
  • 中島正『農家が教える自給農業のはじめ方―自然卵・イネ・ムギ・野菜・果樹・農産加工』農山漁村文化協会、2007
  • 万田正治『ヤギ―取り入れ方と飼い方・乳肉毛皮の利用と除草の効果 (新特産シリーズ)』農山漁村文化協会、2000
  • 中島正『自給養鶏Q&A―エサ、育すう、飼育環境、病気、経営』農山漁村文化協会、2009
  • 大内正伸『囲炉裏と薪火暮らしの本』農山漁村文化協会2013
  • マーク・ボイル『ぼくはお金を使わずに生きることにした』紀伊國屋書店、2011年