野獣死すべし (1980年の映画)

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野獣死すべし
監督 村川透
脚本 丸山昇一
原作 大藪春彦
製作 角川春樹
製作総指揮 黒澤満
紫垣達郎
出演者 松田優作
小林麻美
室田日出男
鹿賀丈史
音楽 たかしまあきひこ
撮影 仙元誠三
編集 田中修
製作会社 角川春樹事務所/東映
配給 東映
公開 日本の旗 1980年10月4日
上映時間 118分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
配給収入 7億3000万円[1][注 1]
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野獣死すべし』(やじゅうしすべし)は、1980年公開の日本映画大藪春彦の同名小説『野獣死すべし』の3回目の映画化作品。主演:松田優作、監督:村川透。製作:角川春樹事務所東映、配給:東映。

松田優作が鬼気迫る演技で主人公・伊達邦彦役を務めたが、人物描写などに原作との差異が少なからず存在するため、原作とは同名異作の映画とする評価(後述)がある。また、原作が主人公の行動を叙事的に描くことに注力するハードボイルド作品であるのに対し、本作は主人公の内面に主眼が置かれている。

封切り時の同時上映作品は『ニッポン警視庁の恥といわれた二人 刑事珍道中』。

ストーリー[編集]

ある大雨の夜、東京都内で警視庁捜査第一課の警部補、岡田良雄が刺殺されて拳銃を奪われ、さらにその拳銃を使用した違法カジノ強盗殺人事件が発生、世間は騒然となる。事件を起こした伊達邦彦は、東京大学卒のエリートで頭脳明晰、元射撃競技の選手でもあったが、かつて大手通信社外信部記者として世界各地の戦場を取材し、数々の地獄絵図を目の当たりにしたことで、社会性や倫理を捨て去った「野獣」と化した。伊達は通信社を退職後、翻訳のアルバイトをしながら趣味の読書とクラシック音楽鑑賞に没頭、社会とは隔絶した生活を送っていた。岡田の部下だった刑事、柏木秀行は伊達に目星をつけ、執拗につきまとう。

銀行を次の標的に定めた伊達は綿密な計画を企てるが、厳重な防犯体勢のもとでは単独犯行は不可能であると判断、計画の実行に向いた共犯者探しを始める。ある日、大学のゼミの同窓会に出席した伊達は、会場となったレストランで、無愛想で反抗的な態度を取るウェイターの青年、真田徹夫と出会う。真田に「野獣」を見て取った伊達は身元を調べ上げて行きつけのバーを探り、客として真田に接近。親しくなる中で、コンプレックスに満ちた生い立ちや、恋人・原雪絵に殺意を持っていることなどを聞き出す。

伊達は真田に銀行襲撃計画を明かし、さらに雪絵の殺害をそそのかす。銃の扱い方を伊達から教わった真田は、躊躇のすえに雪絵を射殺する。伊達は「君は今確実に、神さえも超越するほどに美しい」とたたえ、「野獣」として生きていくすべを説く。

2人は銀行襲撃を決行。行員に次々と銃弾を浴びせ、地下金庫から大金を収奪するが、伊達に思いを寄せる華田令子が客として偶然居合わせていた。伊達は、多くの客の中で令子にだけ引き金を引く。2人は鉄道を複雑に乗り継ぎ、警察の緊急配備網をすりぬけたが、柏木ただひとりが2人の乗る青森行きの夜行列車の中に追いつく。

列車の中でラジオから流れた事件の続報を機に柏木は伊達が一連の事件の犯人であることを確信して拳銃を向けながら取り調べを開始しようとするが、背後から迫ってきた真田にライフルを突きつけられ怯んだ所で拳銃を奪われてしまう。伊達は奪った拳銃の5連発のシリンダーに1発の銃弾を込め、柏木に向けて『リップ・ヴァン・ウィンクル』のあらすじを語りながらロシアンルーレットを始める。引き金が4回引かれても弾は発射されなかったが、逃げる柏木へ向けてついに5回目の引き金を絞った。伊達はさらに真田の持っていたライフルを奪い取って見回り中の車掌を射殺し、その死体を狂ったようにカメラに収める。

戦場記者時代の衣服を身に着けた伊達は、戦場の記憶と現実の区別がつかなくなり、ライフルを手放さず、支離滅裂なことを口走るようになっていく。列車の窓を破って飛び降りた2人は逃げた先の山中の洞窟で、居合わせたアベックを襲う。伊達が男を射殺したあと、真田が女を手込めにする間、伊達はその様子を何度も撮影しながら、戦場で人を殺すことの快楽に目覚めた経験を「神を超えた」という表現を用いてとうとうと語り続ける。すると伊達は目の前で女を抱く真田を射殺してしまう。天を指差す伊達の頭の中にはショパンピアノ協奏曲第1番第3楽章が流れていた。

白昼のコンサートホールの客席で、伊達はピアノ協奏曲第1番を聴きながら眠っていた。静かな暗いホールの中にただひとり残されていた伊達は目を覚まして立ち上がると、ホールの反響を確認するように2回短く叫び、その場を後にする。直後、伊達は砲弾が空を切る音を聞き、突然腹を押さえてのたうち回りながら、血まみれの柏木の姿を遠くに見た。

出演者[編集]

主人公。29歳。かつては通信社のカメラマンだったが、現在は友人の会社で翻訳の仕事を手伝っている。普段から生気が感じられず死人のようだと喩えられる事もある。読書と音楽鑑賞を趣味とする物静かな性格だが、多くの戦場を渡り歩いてきた経緯から心に狂気を秘めている。
23歳。社長秘書。伊達とはコンサート、レコード店と出会いを重ねる内に惹かれるようになっていく。後に伊達が引き起こした強盗事件の現場で彼が犯人であることを確信して追いかけようとするが、射殺されてしまう。
伊達に偽りの取引で呼び出された挙句、強盗事件の計画に利用され、一時は逮捕拘束される。
訛りの混ざった口調で話す。伊達に銃を売り渡した直後、街中で射殺される。
警視庁の刑事。伊達が岡田殺害、カジノ襲撃事件の犯人とされる男の特徴と一致する事から他の刑事が無視する中、一人で執拗に追跡し時には接触する事もあった。強盗事件の後、逃亡を図る伊達を電車の中で追い詰めて自白させようとするが、すぐさま持っていた銃を奪われ撃たれてしまう。

スタッフ[編集]

製作[編集]

脚本家選定[編集]

製作者の角川春樹は、映画プロデューサーの黒澤満の推薦で丸山昇一を紹介され、彼が脚本を担当した『処刑遊戯』を鑑賞して面白さを感じ、後日、角川書店の忘年会に出席した丸山に、本作の脚本を依頼した。「欲しいのは『野獣死すべし』というタイトルと伊達邦彦の生き様だ。それさえあれば、後はどんなふうに変えたって構わない。その代わりお前が作家でいろよ」と丸山に念押しして、脚本が上がるまで口は出さないつもりでいた角川だったが、丸山は執筆前にプレゼンに訪れ、原作の内容を、ほぼ使わない方針を打ち出した。「これが1980年の伊達邦彦です」と丸山に説明され、角川は熟考の末に了承する[3]

原作の解釈、脚本、キャスティング[編集]

原作の大藪が伊達邦彦を野性的なタフガイとして位置付けていた(大藪は『野獣』シリーズ以外の作品にも伊達を登場させているが、その人物像は終始一貫している)のに対し、脚本を担当した丸山昇一は、伊達をつかみどころがなく陰湿な不気味さを持った人物(作中で室田日出男演じる刑事・柏木は伊達を「まるで死人のよう」と形容している)として描いた。これは丸山が、時代の様相が原作が書かれた時期とは大きく異なっていた事を鑑み、当時の若者達から感じ取った印象に基づいてキャラクター造形をしたものであったが、丸山はこの描写について大藪から批判された、とのちに語っている[要出典]

主演の松田優作は、クランクイン前に「役作りのために少し時間が欲しい」として、しばらくの間スタッフと音信を絶っている。その間に松田は10キログラム以上減量し(計量してみたところ62キログラムまで落ちていた)、更に頬がこけて見えるようにと上下4本の奥歯を抜いたという[4]。これらの徹底した役作りによって、松田は顔面蒼白の幽鬼のような存在感を漂わせる伊達像を造形した。

真田徹夫役の候補には当初、金子正次が挙がっていた。

撮影[編集]

  • 銀行のシーンは野村證券本社社屋で、ラストシーンは日比谷公会堂でそれぞれ撮影された。
  • 劇中のクラシック音楽について。
  • 劇中に登場する銃について。
    • 伊達が所持するコルト・シングル・アクション・アーミーは、本作品のテクニカル・アドバイザーを務め、出演もしたトビー門口の私物のモデルガンである。ただし、グリップは19世紀末に実銃用に作られたアンティーク品で、非常に希少価値が高いものだという。当時の映画雑誌の記事によれば、劇中で印象的に描写されるグリップの裏側に彫られた隠し文字や、中に入っている異物(人間の歯だといわれている)も、入手した際には既にあったものと解説されている。
    • 伊達が闇ブローカーから入手する拳銃はコルト・ウッズマン。22口径でサイレンサーを特注した設定になっている。
  • 劇中に登場する列車について。
    • 伊達と真田が逃走に使用する列車は1980年当時の夜行急行「八甲田」。
    • 伊達と真田が停車中の列車に乗り込むシーンのカットはナロネ21形客車A寝台)であるが、車内に切り替わって以降のカットはボックスシート普通車である。さらに走行場面は近郊形電車を撮ったものであり、つり革を持って立っている乗客が見える。

宣伝[編集]

キャッチコピーは、「青春は屍をこえて」。

興行成績・評価[編集]

プロデューサーの角川春樹によれば、『野獣死すべし』『ニッポン警視庁の恥といわれた二人 刑事珍道中』の2本立ては利益が1億円に満たない興行成績で終了した[5]

本作の場面描写には抽象的な点が多く、特にラストシーンは日本映画の中で最も難解なシーンのひとつとされている。解釈には「待ち伏せていた警官隊により狙撃され死亡した」「伊達の狂気が生み出した幻影」「突発的にフラッシュバックを起こし、錯乱した」など諸説あるが、公式に明示された例はないため、結論は得られていない。

この印象的なラストシーンは、脚本のラストから大きく変えられており、撮影の途中で、主演の松田たちが自分のやりたいように改変した結果であるという。この件について、映画監督の大島渚は評価し、原作者の大藪春彦は何も言わなかったが、「客が納得して帰るのが娯楽映画」と自負する製作者の角川は激怒し、渋谷東映での初日の舞台挨拶が終わったら、主演の松田を拉致して、渋谷のガード下に連行するよう、角川書店の武闘派社員2人に命じていた。ところが劇場内が客で満員だったとの報告を聞いて矛を収め、未遂に終わった。また本作の初号試写を鑑賞後、共同製作した東映の営業部長・鈴木常承は「劇場に渡した脚本の結末と違う。1日の上映回数が少なくなる」と上映時間の20分短縮を要求し、これに角川が同意したことから、監督の村川透は角川と袂を分かつことになった[6]

ビデオグラム[編集]

2009年松田優作没後20年を記念して初めてBlu-ray Disc化。その後、2012年に改めて「角川ブルーレイ・コレクション」の一作品として廉価版が発売。2014年には4Kスキャニングマスターを使用したニューマスター版Blu-rayが発売。これに伴い、過去のソフトではカットされていた製作会社のロゴマークや協力企業のクレジットなどが復元された。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ キネマ旬報1981年2月下旬号では配給収入7.5億円となっている[2]

出典[編集]

  1. ^ 中川右介「資料編 角川映画作品データ 1976-1993」『角川映画 1976‐1986 日本を変えた10年』角川マガジンズ、2014年、281頁。ISBN 4-047-31905-8 
  2. ^ 「1980年邦画四社<封切配収ベスト作品>」『キネマ旬報1981年昭和56年)2月下旬号、キネマ旬報社、1981年、118頁。 
  3. ^ 『最後の角川春樹』、2021年11月発行、伊藤彰彦、毎日新聞出版、P149~150
  4. ^ 『昭和55年 写真生活』(2017年、ダイアプレス)p38
  5. ^ 角川春樹「§7 エクスカリバー」『試写室の椅子』角川書店、1985年9月10日、58頁。ISBN 4048831895 
  6. ^ 『最後の角川春樹』、2021年11月発行、伊藤彰彦、毎日新聞出版、P151~152

関連項目[編集]

外部リンク[編集]