装輪戦車

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APP-6Aにおける兵科記号

装輪戦車(そうりんせんしゃ:英語: Wheeled Tank)は、大口径カノン砲を主武装とした装輪装甲車の通称である。名前に「戦車」が含まれているが、実際の運用は、対戦車車両偵察戦闘車空挺戦車、ないし自走式の歩兵砲に近いものとなっている。

なお、装輪戦車という呼称が実際に制式名称として使われることは稀であり、多くは単に装甲車、場合により火力支援車両fire support vehicle)、アメリカでは機動砲システムと呼ばれている。また、日本語訳される際には、任務に応じて戦闘偵察車などの訳語が使用されることが多い。

概要

イタリアのチェンタウロ戦闘偵察車

装輪戦車には、偵察戦闘車に近いものと、空挺戦車に近いものの2系列に大別される。偵察戦闘車型は威力偵察に投入されることから、戦術機動力を優先して6輪や8輪の大型の車体を採用しており、10トン以上(多くは20トン以上)と重量級の車両となっているほか、主力を掩護するために対戦車車両としての活動も考慮している場合が多い。一方、空挺戦車型は、空挺部隊や緊急展開部隊に対して応急的な機甲火力を提供することを目的としており、戦略機動力を優先して、10トン未満と軽量に完成されることが多い。

いずれにせよ、同世代の主力戦車と比べるとかなり軽量で、従って装甲は比較的脆弱であり、多くは機銃弾、最大でも小口径機関砲弾や榴弾の弾片に耐える程度のものである。また、装輪式であるために、泥濘地など不整地での戦術機動力もやや劣る。その一方で、自走して長距離を高速で移動でき、また、偵察戦闘車型であっても多くは輸送機による空輸が可能であることから、戦略機動力には優れているほか、多くの場合は燃料や予備部品の所要量が少なく、兵站上の負担も軽いものとなっている。

西ヨーロッパ南ヨーロッパ諸国においては、この種の車両を配備する傾向が比較的強い。これらの国々は海外領土植民地を多く有するため、遠隔地の警備隊や緊急展開部隊においては空挺戦車型が広く配備されているほか、本土の主力部隊においても偵察戦闘車型が配備されている。また、グローバル化に伴う非対称戦争低強度紛争の増加を受けて、アメリカ陸軍では機動砲システム(MGS)、陸上自衛隊でも機動戦闘車(MCV)の名称で、このカテゴリーの装備を開発中である。

歴史

湾岸戦争時のAMX-10RC
C-160 トランザール輸送機による空輸準備中のERC-90

小-中口径の火砲を搭載した装輪装甲車は、装甲戦闘車両の黎明期から第二次世界大戦期にかけても多種類が存在したが、第二次大戦後に対戦車ミサイルが発達すると火砲を搭載しなくとも高い対装甲火力を持つことが可能となったため、"火砲を搭載した装輪装甲車"というジャンルの装甲戦闘車両は衰退することとなった。

後述のように、装輪式の走行装置では舗装路上での高速走行性能が高い代わりに反動の大きな火砲を射撃した際の安定性が保てないため、対戦車ミサイルの登場後は対装甲戦闘能力を得るために強力な火砲を搭載する必要性はあまり無くなったが、軽装甲歩兵といった目標に対して汎用性があり、緊急/遠距離展開能力を備えた装甲戦闘車両の需要は多く、それに応じる形で「大口径砲を搭載した装輪装甲車」が再び開発されるようになった。

技術の進歩によって主力戦車用の高度な火器管制装置が普及すると、こういった戦車と同等の射撃精度を持たせることも価格しだいでは可能となり、冷戦の終結後には各国で「緊急/遠距離展開能力の高い汎用装甲戦闘車両」が求められるようになったことから、こうした「大口径砲を搭載し、戦車の代用戦力として多用途に用いることも不可能ではない装輪装甲車」が注目を集めるものとなり、「装輪戦車」という通称も生み出された。

中華人民共和国の現用装備である02式突撃砲は、装輪式で回転式砲塔を有しており、対戦車自走砲もしくは装輪戦車に分類される装備であるが、中国陸軍においては砲兵科に配備され、突撃砲と呼称されている。

実戦

フランスは装輪戦車の実戦投入に積極的な国であり、レバノン平和維持活動湾岸戦争西サハラ問題ユーゴスラビア紛争、第1次・第2次コートジボワール内戦、チャド内戦(トヨタ戦争)、アフガニスタン紛争セルヴァル作戦などにERC-90AMX-10RCを投入している。

アメリカ軍イラクアフガニスタン機動砲システムを実戦投入しており、現在はスラット装甲を追加するなどの改修を行っている。

有用性

走行装置

ERC-90

装輪戦車は装軌式の戦車に比べて車重が軽いことに加え、車輪式の走行装置は"踏ん張り"が効かないので砲の反動を十分に受け止めることは難しく、発砲時の車体の大きな動揺によって射撃の精密性や連続射撃能力が劣り、側方射撃時には転倒を避けるために砲の威力に制限が生じる。高度な火器管制装置と駆動/懸架機構を備えることで戦車と同等の攻撃性能を備えようとした装輪戦車は必然的に高価で複雑な車両となり、装軌式の車両に対する「低価格」「機構が簡便で故障が少なく整備も容易である」という利点が失われる傾向がある。

装輪式であるため、装軌式の走行装置にはない多くの長所を備える。高速巡行性能と同時に比較的低燃費ゆえの長い巡航距離が得られる。低騒音で土煙の巻き上げも少ないので被発見性が低い。振動が少ないので車内搭載機器などの低故障率と乗員の疲労も少ないことが期待できる。1輪や2輪程度の走行輪の破損や欠損時にもある程度の走行が期待できる。低燃費と低故障は兵站への負担が軽くなる。市民に対する威圧感が減じられる。一方で、装輪式故の短所もある。越壕性能や越堤性能、登坂性能、悪路の踏破性能では装軌式に劣る。信地旋回や超信地旋回はできない(BTR-90は可能)ため、隘路では行動の自由が制限される。比較的車高が高くなるため、被発見性と被弾率が高まる。

装輪式である限りは走行装置の接地圧は装軌式に対して絶対的に大きくなり、軟泥地などの踏破性を確保するには車体重量をあまり過大にはできず、装甲厚の制限によって耐弾性能が装軌式に比べて劣る。

砲システム

M1134 ATGMから発射されるTOW対戦車ミサイル。有線誘導方式のため目標にミサイルが命中するまで発射車両が敵に暴露する弱点を持つ

対戦車車両としては対戦車ミサイルを主武装とした装輪車両もあり、M1134 ATGM9P122などが存在する。しかし、対戦車ミサイルは飛翔速度で砲に劣り、誘導方式によっては発射車両を危険に晒すという弱点を持ち、かつ単価が高い。また、一般的な陸上戦闘では戦車のような厚い装甲を備えた車輌以外にも、軽装甲車輌や歩兵、陣地を目標とする場合があり、こういった突撃砲に近い任務ではミサイルよりも、安価で多様な砲弾が使えて必要ならば曲射射撃まで行える戦車砲の方が適していることが多い。対戦車ミサイルは厚い装甲板を穿孔する能力に特化しているものが主流であり、榴弾のような全周方向への攻撃力は劣っている。

装輪戦車に使われている砲は、対戦車能力を重視した場合で105mm、自走歩兵砲として火力支援能力を重視した場合は90mmや76mm程度で、かつ低圧砲であることが多いため、現代の主力戦車の前面装甲を貫けない可能性が多く、脆弱な装甲と相まって多くの場合、対戦車戦闘は避けなければならない。ただし、技術の進歩によって105mm砲用APFSDSの性能は飛躍的に向上しており、ベルギー2002年に開発されたM1060A3は侵徹力が460mmに達している。これは90式戦車で使用されているJM33の原型であるDM33に匹敵する。また、多くの国では高価な現用戦車を購入することができず、旧式化した戦車を使用している場合が多く、南アフリカ共和国軍ルーイカットのようにそれらを仮想敵とする場合もある。

評価

攻防性能から見て戦車に対しては劣るものの、かつての突撃砲のように安価かつ多用な任務に対応できる車両である。戦略機動性・即応性に優れており、国土が広く舗装道路網が整備されている国では、戦車に先着して事態の悪化を防ぐ任務や、海外派兵における緊急展開部隊に使用されている。

しかし、装軌式の戦車と同等の能力を求めてゆくと、大型且つ高価で複雑な車両であるにも関わらず装輪式の車体故の欠点を完全に克服することは難しく、費用対効果の面からはその有用性については疑問も多い。

近年は、歩兵戦闘車でも大口径機関砲や100mm砲(BMP-3など)を装備する傾向にあり、装輪戦車の任務を担えるようになってきているが、日本機動戦闘車中国の09式歩兵戦闘車の105mm砲搭載型(名称不明)など新規開発も継続して行われている。

代表的な機種

関連項目