京都市交通局50系電車

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京都市交通局50系電車
京都市交通局50系電車
基本情報
製造所 近畿車輛 [1][2][3]
製造初年 1996年 [4]
主要諸元
編成 6両[5]
軌間 1,435[6]
電気方式 直流1,500V
架空電車線方式[6]
最高運転速度 75[9]
起動加速度 3.3[6]
減速度(常用) 3.5[6]
減速度(非常) 4.0[6]
車両定員 92(先頭車)、104(中間車)人[10]
全長 16,500[7][8]
車体長 16,000[7][8]
全幅 2,489[7][8]
車体幅 2,420[7][8]
全高 3,476[7][8]
車体高 3,375[7][8]
車体 ステンレス [6]
主電動機 かご形三相誘導電動機 [6]
主電動機出力 85kW [10]
搭載数 4[10]
駆動方式 平行歯車式可撓継手方式 [6]
歯車比 74:14 (5.29) [6]
制御装置 GTO素子VVVFインバータ制御 [6]
制動装置 回生ブレーキ併用電気指令式ブレーキ(MBS-A) [11]
保安装置 ATC [6]
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京都市交通局50系電車(きょうとしこうつうきょく50けいでんしゃ)は、京都市交通局京都市営地下鉄東西線用の電車である[12]1997年平成9年)10月の東西線開業に備え、6両14編成が製造された[12]のち、2004年(平成16年)に東西線が六地蔵に延伸された際に3編成が追加[13]され、以降は6両17編成、102両が在籍する[14]。準小型車両として先に開業していた烏丸線10系よりも小型の車体が採用され[15][12]、車体材質も10系のアルミニウムに対してステンレスとなった[15][12]オレンジ色のラインカラーの帯が車体に巻かれている[6]。本稿では東西線烏丸御池駅側を東寄り、逆側を西寄りと表現する。 編成単位で表現する必要があるときは、車両番号の下2桁を用い、第01編成などの様に表現する。

概要

東西線開業時に6両編成14本が準備された[5]のち、六地蔵延伸時に3編成が追加[13]され、6両編成17本、102両が在籍する[14]。建設費抑制のためトンネル断面が小さく、最小曲線半径も小さくなっている[9]ため、準小型車両と位置付けられる全長16 m級の車体をもち、車両全高、床面高さも低くなっている[12]。車体は烏丸線用10系のアルミ製に対してステンレス製となり[15][12]VVVFインバータ制御が採用された[16]。東西線は京阪京津線と乗り入れを行っているが、京阪の車両が東西線に乗り入れる片乗り入れで、東西線の車両は京阪には乗り入れない[9]。東西線は全区間地下で全駅ホームドア装備のため、50系電車の外観はガラス越しにしか見ることが出来ない[17]

外観

前照灯(右)と尾灯 車側灯 ドアステップの傾斜
前照灯(右)と尾灯
車側灯
ドアステップの傾斜

東西線は生活路線としての役割が予想されたため、未来指向、市民指向、シンボル性の3点をコンセプトとして車両が構想された[12]

建設費抑制のためトンネル断面が縮小され、曲線半径も最小160 m とされたため、車体長は16 mとなり、車両全高は3,375 mm、床高さ900 mmにおさえられた準小型車両とされた[9][12]。車体材質は烏丸線用10系電車アルミニウムに対してステンレスとなった[15][12]。 前面は窓下を頂点に上下を後退させたスピード感のある形状[12]で、正面向かって左側に非常脱出用の扉がある[7]。先頭部側面にも大きな曲面ガラスが貼られ、先頭部窓、非常脱出用扉の窓と一体に見えるよう処理された[12]前照灯尾灯は一体のケースに収められ、床面よりも下に配置された[7]。正面窓下部と側面腰部にはラインカラーのオレンジ色とサブカラーの赤紫色の帯が巻かれている[12]。客用扉は幅1,300 mmの両開き扉が各側面3か所に設けられ[7]、ステップ部には車椅子での乗降を考慮した傾斜が設けられた[12]。扉間には1枚下降式の1,050 mm幅の窓2枚が一体の枠に入って設置され、車端部には同じ幅の窓が1つ設置された[8]。全駅にホームドアが設置されているが、車側灯が設けられている[7]

内装・運転室

明るい色調の車内 車内案内表示装置 車椅子スペース 座席背もたれには着席位置を示す菱形の模様が入れられた
明るい色調の車内

車内案内表示装置

車椅子スペース
座席背もたれには着席位置を示す菱形の模様が入れられた

車内は明るい色調とされ、座席は薄紫色のロングシート、着席位置を示す菱形の模様が背もたれに入れられた[12]。全車両に車椅子スペース優先席が設けられた[12]。室内天井高さは準小型車両ながら2,200 mmが確保された[12]。3箇所の扉の上に千鳥配置でLED車内案内表示装置が設けられた[12]。車内灯は40 WAC200 V・60 Hz)の蛍光灯が先頭車14灯、中間車16灯設置され、予備灯として20 W(DC100 V)の蛍光灯が各車に2灯設置された[11]

運転席

運転室は烏丸線用車両との共通性を考慮しながら、京阪京津線からの乗入車両との取り扱いの共通化、ワンマン運転を考慮したものとされた[12]。力行と制動が別ハンドルのデスク型の運転席が採用され、運転席正面にはワンマン運転時にホームの状況を確認する液晶ディスプレイが設置された[6]。ホームに設けられたカメラで撮影された映像は近赤外線光伝送方式で運転席に転送される[16]。乗務員室灯として20 W(DC100 V)の蛍光灯が2台設置された[11]

主要機器

走行関係機器

保安装置は高周波連続誘導式車内信号機式のATCが搭載され、車上演算予見ファジイ方式のATOによる自動運転が可能である[11]。ATO運転時は力行31段、ブレーキ31段、地上との交信用トランスポンダからの情報を併用することで駅停車時は誤差35 cmでの停車が可能である[16]

主制御器三菱電機製、1台で2両分8個の主電動機を制御する GTO素子使用のVVVFインバータ制御装置[16]が、制動装置は同じく三菱電機製の電気指令式ブレーキ(MBS-A)が採用された[16][11]台車日立製作所(以下、日立)製モノリンク式ボルスタレス台車KH-182が電動車に、KH-183が制御車に使用されている[16][11]。床面高さが900 mmであることに対応し、車輪経は 660 mmとなった[12][16]主電動機東芝製自己通風形のかご形三相誘導電動機 SEA-3(出力85 kW[6][10]、駆動装置は平行歯車式可とう継手方式歯車比は74 : 14 = 5.29のものが採用された[6]パンタグラフは車両限界と屋根の隙間が狭いことに対応した東洋電機製造(以下、東洋)ひし形PT6102-A1が採用され、パンタグラフの小型化と併せて取り付け部屋根高さを低くすることでスペースを確保した[12][11]

先頭部の連結器はC74密着自動連結器が、編成中間部の連結器はE96半永久連結器が採用された[11]

運転制御伝送、モニタ表示機能、車上検査機能をもつモニタ装置が搭載された[16]ICカード化された仕業表から情報を読み取り、ATO、車内案内表示器、自動放送を設定する機能を併せて備えている[16]

補機類

低圧電源装置として3レベルPWM方式の東洋製出力100 kVA静止形インバータが編成に2台搭載された[16][11]。1台の低圧電源装置が故障した際、給電を自動で切り替える装置が設けられている[16]。両先頭車に2段圧縮式の往復ピストン形、交流電動機駆動の電動空気圧縮機が搭載された[6]

補機類
主制御器
PT6102-Aパンタグラフ
SEA-362主電動機
制御車の台車
開業時に製造された14編成の台車は日立製
電動車の台車
六地蔵延伸時に製造された3編成の台車は住友金属工業
電動空気圧縮機

空調装置

全車両の屋上に2基冷房能力15.8 kW(13,500 kcal/h)の三菱電機製薄形CU781冷房装置が搭載され、ラインフローファン3基と併せて使用される[16][6]暖房装置はシーズ線式のものが座席下に設置された[6]。乗務員室にもラインフローファン1基とファンヒータが設置された[6]

形式構成

50系は5100、5200、5300、5400、5500、5600の6形式で構成され[6]、各形式17両、計102両が製造された[18]。西寄り先頭が5100形で、以降百の位の番号順に西から東に連結されて編成を組む[12]。車両番号の上二桁が形式番号、下二桁が編成番号で、たとえば第16編成の5200形は5216となる[14]

5100形と5600形は制御車で、電動空気圧縮機を床下に備える[5]。5200形と5400形はパンタグラフ2基と主制御器を搭載する中間電動車、5300形と5500形は低圧電源装置を備える中間電動車であり、5200形と5300形、5400形と5500形がユニットを組んでいる[5]

歴史

東西線開業

1997年(平成9年)10月12日の東西線二条 - 醍醐間12.7kmの開業に備えて6両編成14本、84両が製造された[注釈 1][19]

開業時に準備された車両
 
← 二条
醍醐 →
車体製造者[1][2] 竣工時期[1][2]
形式 5100 5200 5300 5400 5500 5600
区分 Tc1 M1 M2 M1’ M2’ Tc2
車両番号[5] 5101

5114
5201

5214
5301

5314
5401

5414
5501

5514
5601

5614
近畿車輛 1997年9月
搭載機器[5] CP PT2
CON
SIV PT2
CON
SIV CP    
自重[6] 23.5 t 26.4 t 25.4 t 26.4 t 25.3t 23.4 t
定員[10] 92 104 104 104 104 92

六地蔵延伸

2004年(平成16年)11月26日に醍醐 - 六地蔵間2.4 kmが開業し、50系6両編成3本が増備された。従来車と仕様の変更はない[13][20]

六地蔵延伸時に準備された車両
 
← 二条
六地蔵 →
車体製造者[3] 竣工時期[3]
形式 5100 5200 5300 5400 5500 5600
区分 Tc1 M1 M2 M1’ M2’ Tc2
車両番号 5115
5116
5117
5215
5216
5217
5315
5316
5317
5415
5416
5417
5515
5516
5517
5615
5616
5617
近畿車輛 2004年6月
2004年7月
2004年8月

太秦天神川延伸

2008年(平成20年)1月16日に二条 - 太秦天神川間2.4 kmが開業したが、車両の製造は行われなかった[21][22]

運用

京阪京津線800系

50系電車は京都市営地下鉄東西線全線で運用される[23]。50系で運用される列車は太秦天神川 - 六地蔵間全線を走ることが基本で、途中折り返しの営業列車はない。東西線には開業時から京阪京津線800系が乗り入れてきている[23]が、50系は東西線内のみで運用され、京津線には乗り入れない[9]。京阪800系の乗入範囲は当初御陵京都市役所前間に限られ[9]、太秦天神川延伸時に御陵 - 太秦天神川間に拡大されている[21]。東西線は全駅にホームドアが設置され、地上区間もないため、50系の外観はガラス越しにしか見ることが出来ない[18]

脚注

注釈

  1. ^ 竣工日は全車1997年9月[1][2]だが、車両の製造・搬入は1996年(平成8年)5月から開業までの間に行われている[4]

出典

参考文献

雑誌記事

  • 鉄道ピクトリアル』通巻381号(1980年10月・電気車研究会
    • 久保恵信「京都市営地下鉄の概要と車両について」 pp. 56-60
  • 鉄道ファン』通巻424号(1996年8月・交友社
    • 「京都市交通局東西線用車両 第1陣搬入!」 pp. 59
  • 『鉄道ファン』通巻426号(1996年10月・交友社)
    • 「京都市交通局50系」 pp. 60-61
    • 「付図 RF22415 京都市交通局 制御客車 形式 5600 (T2c)」
    • 「付図 RF22416 京都市交通局 電動客車 形式 5200 (M1)」
  • 『鉄道ファン』通巻441号(1998年1月・交友社)
    • 京都市交通局高速鉄道本部「京都市交通局地下鉄東西線建設と路線の概要」 pp. 86-89
    • 京阪電気鉄道株式会社 鉄道事業本部車両部車両課「京阪大津線が1500Vに昇圧」 pp. 90-93
  • 『鉄道ピクトリアル』通巻660号「新車年鑑1998年版」(1998年10月・電気車研究会)
    • 藤井信夫、大幡哲海、岸上明彦「各社別車両情勢」 pp. 83-100
    • 京都市交通局施設部高速車両課 尾林昭一「京都市交通局50系」 pp. 131-132
    • 「車両諸元表」 pp. 194-197
    • 「竣工月日表」 pp. 198-210
  • 『鉄道ピクトリアル』通巻767号「鉄道車両年鑑2005年版」(2005年10月・電気車研究会)
    • 岸上明彦「2004年度民鉄車両動向」 pp. 90-113
    • 「車両データ - 2004年度(民鉄車両)」 pp. 214-239
  • 『鉄道ピクトリアル』通巻810号「鉄道車両年鑑2008年版」(2008年10月・電気車研究会)
    • 岸上明彦「2007年度民鉄車両動向」 pp. 122-151
  • 『私鉄車両編成表 2012』(2012年7月・交通新聞社
    • 「京都市交通局」 pp. 117

Web資料