フッ化水素

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フッ化水素
識別情報
CAS登録番号 7664-39-3
特性
化学式 HF
モル質量 20.01 g/mol
外観 無色気体または液体
密度 0.922 kg m-3
融点

-84 ℃

沸点

19.54 ℃

への溶解度 任意に混和 (沸点以下)
酸解離定数 pKa 3.17 (希薄水溶液)
熱化学
標準生成熱 ΔfHo -272.1 kJ mol-1(気体)[1]
-299.78 kJ mol-1(液体)
標準モルエントロピー So 173.779 J mol-1K-1(気体)
標準定圧モル比熱, Cpo 29.133 J mol-1K-1(気体)
危険性
NFPA 704
0
4
2
関連する物質
その他の陰イオン 塩化水素
臭化水素
ヨウ化水素
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。

フッ化水素(フッかすいそ、弗化水素、hydrogen fluoride)とは、水素フッ素とからなる無機化合物で、分子式が HF と表される無色の気体または液体。水溶液はフッ化水素酸 (hydrofluoric acid) と呼ばれる。フッ酸とも呼称される。毒物

製法

フッ化水素は、蛍石フッ化カルシウム CaF2 を主とする鉱石)と濃硫酸とを混合して加熱することで発生させる。

にフッ素を反応させると、激しく反応してフッ化水素と酸素が生じる(この反応様式は、塩素臭素と異なる)。

性質

分子の性質

常温で気体または液体。塩化水素などの他のハロゲン化水素の場合に比べて性質が異なる点がある。まず、F-H の結合エネルギーが大きいために電離し難く、希薄水溶液においては弱酸として振舞う。これはフッ化物イオンイオン半径が小さいため、水素イオンとの静電気力が強いことによるとも解釈される。また、水素結合により分子間に強い相互作用を持つことから、分子量の割りに沸点が高くなっている。また、フッ素の電気陰性度があまりに大きいために、フッ化水素同士で二量体あるいはそれ以上の多量体を生成する。80℃以上の気体状態では単量体が主となる[2]

溶媒としての性質

液体フッ化水素プロトン性溶媒であり、などと同様に自己解離が存在するが、フッ素のあまりの陰性の為にフッ化物イオンは更に一分子のHFと結合して溶媒和し、0℃のイオン積は以下の通りである[3]

フッ化水素の水溶液(フッ化水素酸、弗酸)は濃度により酸性度は著しく変化し、純粋なフッ化水素ではハメットの酸度関数H0 = -11.03 を示し、純硫酸に近い強酸性媒体である[4]。さらに純フッ化水素に1mol%の五フッ化アンチモンを加えたものは H0 = -20.5 という超酸としての性質が現れる。

0℃における比誘電率は83.6と、水の87.74(0℃)に近く、イオン解離に有利な溶媒としての性質を持つが、強い酸性度のためフッ化水素中で強酸としてはたらく物質は少なく、水、アルコールなど多くの分子がプロトン化を受け強塩基として振る舞う[3]

ガラスとの反応

フッ化物イオンの高い求核性によるケイ素原子との強い結合形成と、ケイ酸骨格へのプロトン化の相互作用により、ガラス等に含まれるケイ酸 SiO2 と反応して、ヘキサフルオロケイ酸 (H2SiF6·nH2O) を生じ、これらを腐食させる。この反応は、半導体の製造プロセスにおいて重要である。

ちなみに、気体のフッ化水素は、ガラス等に含まれる二酸化ケイ素 SiO2 と反応し

となる。

その他、ほとんど全ての無機酸化物を腐食する。そのため、容器としてポリエチレンテフロンのボトルが使用される。

工業的生産量

フッ化水素酸(濃度50%換算値)の2008年度日本国内生産量は 132,244 t、消費量は 108,150 t である[5]

毒性

ヒトの経口最小致死量 = 1.5 g、または 20 mg/kg(体重あたり)。スプーン一杯の誤飲(9%溶液)で死亡の事例もある[6]

皮膚に接触すると、体内に容易に浸透する。フッ化水素は体内のカルシウムイオンと結合してフッ化カルシウムを生じる反応を起こすので、骨を侵す。濃度の薄いフッ化水素酸が付着すると、数時間後にうずくような痛みに襲われる。生じたフッ化カルシウム結晶の刺激によるものである。また、浴びた量が多いと死に至る。これは血液中のカルシウムイオンがフッ化水素によって急速に消費されるために、血中カルシウム濃度が低下し、しばしば重篤な低カルシウム血症を引き起こすためである[7]。この場合、意識は明晰なまま、心室細動を起こし死亡する[8]

なお、歯科治療にては、人工歯(義歯)の製造工程にフッ化水素が使われる一方で、虫歯予防にフッ化ナトリウム (NaF) が使われることがあり、注意が必要である。実際に、両者のとり違いによる死亡事故が報告されている[9][10]。皮膚に接触した場合の応急処置としては、直ちに流水洗浄し、グルコン酸カルシウムを患部に塗布する。

脚注

  1. ^ D.D. Wagman, W.H. Evans, V.B. Parker, R.H. Schumm, I. Halow, S.M. Bailey, K.L. Churney, R.I. Nuttal, K.L. Churney and R.I. Nuttal, The NBS tables of chemical thermodynamics properties, J. Phys. Chem. Ref. Data 11 Suppl. 2 (1982).
  2. ^ F.A. コットン, G. ウィルキンソン著, 中原 勝儼訳 『コットン・ウィルキンソン無機化学』 培風館、1987年
  3. ^ a b シャロー 『溶液内の化学反応と平衡』 藤永太一郎、佐藤昌憲訳、丸善、1975年
  4. ^ R.A.Cox, K.Yates, Can. J. Chem.,61, 2225(1983)
  5. ^ 化学工業統計月報 - 経済産業省
  6. ^ (財)日本中毒情報センター:フッ化水素含有物
  7. ^ フッ化水素酸中毒の症例
  8. ^ 内藤裕史『中毒百科』南江堂、2001年
  9. ^ 昭和57年(1982年)4月22日 読売新聞記事
  10. ^ 東京地方裁判所八王子支部昭和58年2月24日判決 日医総研ワーキングペーパー No.93 日医総研 平成16年1月20日に関連情報あり