高原寿康

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本来の表記は「髙原寿康」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。
高原 寿康 Football pictogram.svg
名前
本名 髙原 寿康
愛称 たかはら
カタカナ タカハラ トシヤス
ラテン文字 TAKAHARA Toshiyasu
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1980年10月18日(33歳)
出身地 岐阜市
身長 184cm
体重 77kg
選手情報
在籍チーム FC町田ゼルビア
ポジション GK
背番号 21
利き足 左足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2003-2006
2005-2006
2007-2012
2013
2014-
ジュビロ磐田
コンサドーレ札幌(loan)
コンサドーレ札幌
清水エスパルス
FC町田ゼルビア
2 (0)
14 (0)
60 (0)
0 (0)
0 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2014年1月16日現在。
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj

髙原 寿康(たかはら としやす、1980年10月18日 - )は、岐阜市出身のサッカー選手。左利き(投げ・蹴り)のGK

来歴[編集]

大学卒業後2003年ジュビロ磐田に加入。しかし、アルノ・ヴァンズワムの前に出場機会をなかなか得られず、さらに2005年には日本代表川口能活が加入したこともあり、同年からは期限付き移籍コンサドーレ札幌に在籍。この年は10試合に出場した。

2006年に移籍期間が終了すると磐田から契約非更新とされたため、2007年の当初は練習生として札幌に加入していたが、後に正式契約を勝ち獲った。しかし同年に左足甲を骨折した影響もあり、2008年までの2年間は公式戦出場はなかった。

2009年の開幕当初は第3GK扱いだったものの、佐藤優也の不調で第2GKとしてベンチ入りするようになり、チームの不調や正GK荒谷弘樹の故障もあって終盤戦では正GKの座を勝ち取った。2010年も引き続き正GKとして自己最多の34試合に出場した。しかし、11月23日徳島ヴォルティス戦で右アキレス腱断裂の重傷を負い、全治8ヶ月と診断されて手術を受けた[1]。さらに、2011年6月1日には右アキレス腱炎で全治4ヶ月と診断され再手術を受けた[2]。その影響で2011年は出場なしに終わった。

札幌が4年ぶりにJ1復帰して迎えた2012年9月15日柏レイソル戦で約1年10ヶ月ぶりに復帰。J1では実に9年ぶりとなる出場を果たした。それ以降は杉山哲高木貴弘を抑えて定位置を掴んだが、チームの悪い流れを断ち切るには至らなかった。

2013年清水エスパルスへ完全移籍[3]。しかし、林彰洋櫛引政敏の前に出場機会は得られなかった。

2014年相澤貴志と入れ替わる形でFC町田ゼルビアへ完全移籍[4]

エピソード[編集]

  • ゲーム『ウイニングイレブン』シリーズ内では、GKでは珍しい怪我耐性「C」という最低評価に設定されていた。2009年版では「B」になっていた。

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
1999 愛知学院大 21 - - - 1 0 1 0
2000 - - -
2003 磐田 J1 2 0 1 0 0 0 3 0
2004 16 0 0 0 0 0 0 0 0
2005 札幌 28 J2 10 0 - 0 0 10 0
2006 4 0 - 0 0 4 0
2007 31 0 0 - 0 0 0 0
2008 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2009 21 J2 16 0 - 2 0 18 0
2010 34 0 - 1 0 35 0
2011 0 0 - 0 0 0 0
2012 J1 10 0 0 0 1 0 11 0
2013 清水 31 0 0 1 0 1 0 2 0
2014 町田 21 J3 -
通算 日本 J1 12 0 2 0 2 0 16 0
日本 J2 64 0 - 3 0 67 0
日本 J3 -
日本 - -
総通算 76 0 2 0

脚注[編集]