淳士
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淳士(じゅんじ、1973年3月30日 - )は、日本のミュージシャン。元SIAM SHADEのドラマーで、現在はBULL ZEICHEN 88というバンドで活動している。本名は佐久間淳二。出身は神奈川県秦野市、生まれは熊本県。血液型はB型。
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[編集] 経歴
- 1993年 ヴィジュアル系ロックバンドNERVEにて活動
- 1994年 SIAM SHADEに加入
- 1995年 SIAM SHADEメジャーデビュー
- 2001年 初の日本武道館ライブを決行
- 2002年 再び日本武道館のステージに立ち、バンド解散。それ以降ソロ活動を開始
- 2004年 T.M.Revolutionのバックバンドに参加
- 2005年 あさきのアルバム『神曲』のレコーディングに参加
- 2006年 IKUOと共に新バンドBULL ZEICHEN 88を結成
- 2006年 Gacktのツアーやレコーディング、PVに参加
- 2007年 SIAM SHADEの元チーフマネージャー・中村新一氏を偲んで、一夜限りの復活ライブを日本武道館で行う。
- 2007年 Janne Da ArcのyasuのソロプロジェクトAcid Black CherryのLIVE、PVに参加
- 2008年 AcidBlackCherryのレコーディング、3月からのツアーに参加
- 2008~2009年 GACKTのライブツアーに参加
- 2009年Acid Black Cherryのレコーディング、ツアー、PVに参加
[編集] 人物
- SIAM SHADEでメジャーデビューする1週間前に、バイクで走行中に事故に遭い、100mほどふっとばされ、瀕死の状態で救急車が諦めてサイレンを鳴らすのを止めるほど重体であったが、その2週間後にはひょっこりと退院してメンバーの前に現れ驚かせたことがある。その後、雑誌のインタビューで栄喜が「面倒なのでツアータイトルは『不死身のJUNJI、奇跡の復活猪突猛進バッファローアタック!』にします」と言い、結局SIAM SHADEのメジャー1stツアーのタイトルとなってしまった。
- アマチュアバンド時代は「NERVE」と言うバンドに所属していた。
- 若い頃にLUNA SEAの真矢のローディーをしていた経験があり、彼とは師弟関係にあたる。
- ロックンロールやフュージョンを好む。
- デビュー当時よりその巨大なドラムセットと派手なスティックアクション、そして高度なテクニックが売りである。
- 淳二から淳士に改名した理由は、SIAM SHADEメンバー全員で姓名判断の先生に鑑定したところ、一人だけ悪い結果がでて、過去に事故に遭っていることもあり、どうしたらいいかとたずねたところ、「一画増やせばいい」とアドバイスをもらった事に由来する。
- バンド解散後はソロ活動の他、KAZUMAのソロ活動やT.M.Revolutionのライブでドラムを務めている。また、淳士に限らず西川貴教はLuis-Maryと言うバンドでインディーズ時代からSIAM SHADEと交友がある。淳士がT.M.Revolutionのライブに参加したのはその縁である。
- KAZUMAやT.M.Revolutionの他にも様々なレコーディング・イベント・ライブに参加している。
- 大体1年に1回音楽専門学校MI JAPANを訪れ、ドラムクリニックを行う。
- 経歴に示した『神曲』のほか、小坂りゆなどのコナミアーティストのアルバムにドラムとして参加していることも多々ある。
[編集] DISCOGRAPHY
[編集] デモCD
[編集] アルバム
[編集] DVD
[編集] 関連項目
- SIAM SHADE
- BULL ZEICHEN 88
- NERVE
- 栄喜
- KAZUMA
- DAITA
- NATIN
- 真矢
- 西川貴教
- T.M.Revolution
- Janne Da Arc
- あさき
- Gackt
- 50TA