小さな兵隊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
小さな兵隊
Le Petit Soldat
監督 ジャン=リュック・ゴダール
脚本 ジャン=リュック・ゴダール
製作 ジョルジュ・ド・ボールガール
出演者 ミシェル・シュボール
アンナ・カリーナ
音楽 モーリス・ルルー
撮影 ミシェル・ラトゥーシュ
撮影監督
ラウール・クタール
編集 アニエス・ギュモ
リラ・ヘルマン
ナディーヌ・マルカン
製作会社 レ・プロデュクシオン・ジョルジュ・ド・ボールガール
ソシエテ・ヌーヴェル・ド・シネマトグラフィ
配給 フランスの旗 レ・フィルム・アンペリア
日本の旗 ATG
公開 フランスの旗 1963年1月25日
日本の旗 1968年12月31日
上映時間 88分
製作国 フランスの旗 フランス
言語 フランス語
テンプレートを表示

小さな兵隊』(ちいさなへいたい、仏語 Le Petit Soldat)は、1960年(昭和35年)に製作、1963年(昭和38年)に公開された、ジャン=リュック・ゴダール監督によるフランス映画である。『勝手にしやがれ』につづく長編第2作として製作された。

略歴・概要[編集]

1960年(昭和35年)4月 - 5月、スイスジュネーヴ州ジュネーヴで撮影された[1]アンナ・カリーナをヒロインに迎えた、ゴダールの最初の作品である。

同年6月末、本作の撮影を終えたゴダールは、『勝手にしやがれ』をもって第10回ベルリン国際映画祭に参加、ゴダールは銀熊賞監督賞を受賞した。

アルジェリア戦争(1954年 - 1962年)の時代に、OAS(秘密軍事組織)とFLN(アルジェリア民族解放戦線)を実名で登場させ、両組織の末端の人間たちを主人公を含めた主要登場人物とした本作は、1962年3月のアルジェリアの独立による停戦、同年6月のOASとFLNとの停戦からさらに半年を待たなければ、公開することができなかった。

翌1961年6月末、長篇第3作『女は女である』をもって第11回ベルリン国際映画祭に参加、同作は銀熊賞、アンナ・カリーナは銀熊賞女優賞を獲得する。ゴダールはカリーナと結婚、『女は女である』は同年9月6日に公開された。1962年9月20日には、長篇第4作『女と男のいる舗道』の公開を終えていた。

1963年1月25日、本作はやっと公開された。

『小さな兵隊』は、鏡のなかに映る自分の顔が、自分の内面に思い描いている自分の顔と一致しないことに気づく男の物語である。
«Le Petit Soldat est l'histoire d'un homme qui trouve que son visage dans une glace ne correspond pas à l'idée qu'il s'en fait de l'intérieur.»

JLG, [2]

ストーリー[編集]

ブリュノ(ミシェル・シュボール)は報道カメラマン。ジュネーヴでの仕事を終えて、友人の紹介でヴェロニカ(アンナ・カリーナ)に出逢う。

ブリュノにはカメラマン以外の秘密の顔があった。フランスの極右組織のOAS(秘密軍事組織)のエージェントであった。二重スパイだと疑われた彼にOASが下した新しい指令は、「反OAS的ジャーナリスト、パリヴォダの暗殺」である。ブリュノは拒否したが、かつて軍隊を脱走したという弱みを握られていた。ブリュノはヴェロニカとともに逃げる。逃げ切れずに追い詰められ、暗殺を引き受けざるを得なくなる。ブリュノは撃つことができない。

ブリュノはOASにとって、反逆者とされたが、動きをかぎつけたFLN(アルジェリア民族解放戦線)に危険人物として捕われてしまう。

やがてヴェロニカの手により脱出したブリュノは、ヴェロニカの秘密を知る。ヴェロニカはFLNのスパイであり、その任務は、ブリュノを監視し、OASとの接触を知らせることであった。ヴェロニカはFLNに反逆し、ブリュノとともに国外逃亡を企てる。しかしふたりとも、OASに捕らわれてしまう。

ブリュノは、ヴェロニカを救うためにOASの要求を呑んだ。パリヴォダを撃ったのだ。

スタッフ[編集]

キャスト[編集]

ノンクレジット アルファベット順
  • ジョルジュ・ド・ボールガール (活動家の指導者)
  • ジルベール・エダール
  • ジャン=リュック・ゴダール (鉄道の駅にいる男)

関連事項[編集]

[編集]

  1. ^ Roberto Chiesi, Jean-Luc Godard, Roma : Gremese, ISBN 888440259X, p.101.
  2. ^ #外部リンク欄、ポンピドゥー・センター公式サイト内の本作の上映情報のリンク先記述(仏語)を参照。二重リンクを省く。

外部リンク[編集]