王手飛車取り (映画)

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王手飛車取り
Le Coup du berger
監督 ジャック・リヴェット
脚本 ジャック・リヴェット
クロード・シャブロル
シャルル・L・ビッチ
製作 レ・フィルム・ド・ラ・プレイヤード
製作総指揮 ピエール・ブロンベルジェ
出演者 ヴィルジニー・ヴィトリ
エチエンヌ・ロワノー
ジャン=クロード・ブリアリ
アンヌ・ドア
音楽 フランソワ・クープラン
撮影 シャルル・L・ビッチ
編集 ドニーズ・ド・カザビヤンカ
配給 フランスの旗 レ・フィルム・ド・ラ・プレイヤード
公開 フランスの旗 1956年
上映時間 27分
製作国 フランスの旗 フランス
言語 フランス語
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王手飛車取り』(Le Coup du berger)は、1956年(昭和31年)公開、ジャック・リヴェット監督による27分の短編映画である。

略歴・概要[編集]

Coup du berger (学者メイト 8
a b c d e f g h
8
Chessboard480.svg
a8 black rook
c8 black bishop
d8 black queen
e8 black king
g8 black knight
h8 black rook
a7 black pawn
b7 black pawn
c7 black pawn
d7 black pawn
f7 white queen
g7 black pawn
h7 black pawn
c6 black knight
c5 black bishop
e5 black pawn
c4 white bishop
e4 white pawn
a2 white pawn
b2 white pawn
c2 white pawn
d2 white pawn
f2 white pawn
g2 white pawn
h2 white pawn
a1 white rook
b1 white knight
c1 white bishop
e1 white king
g1 white knight
h1 white rook
8
7 7
6 6
5 5
4 4
3 3
2 2
1 1
a b c d e f g h

本作は、ジャック・リヴェットが、1949年(昭和24年)以来3本の習作をかさねて、初めてプロフェッショナルのプロデューサー、ピエール・ブロンベルジェが製作に携わった、リヴェットの監督する短編映画の第4作である。映画のタイトルになっている"Coup du Berger"(直訳すると「羊飼いの一撃」)は、英語では"Scholar's Mate"、日本語では学者メイト、賢者のメイトなどと呼ばれるチェス用語である。先手番の4手目(先手後手を合わせると開始から7手目)でチェックメイトとなる手筋のことを指す。

脚本は、当時28歳のリヴェットのほか、同26歳のクロード・シャブロル、同25歳のシャルル・L・ビッチの3人で執筆した。シャブロルは本作が初の脚本執筆で、批評や小説は発表していたがまだ監督としてデビューしておらず、ラインプロデューサーも兼務した。L・ビッチは、リヴェットの前作『ル・ディヴェルティスマン』(1952年)で撮影監督をし、翌年にはフィリップ・ド・ブロカらとオムニバス映画で監督を経験しており、本作でも撮影監督を務めた。フレーミングはフランソワ・トリュフォーの幼少時からの友人で、当時26歳のロベール・ラシュネーで、製作面ではシャブロルの助手として、製作主任を務めた。編集は本作の前年にジュールス・ダッシン監督の『男の争い』(1955年)で編集技師ロジェ・ドヴィールの助手を務めた当時25歳のドニーズ・ド・カザビヤンカが、本作で技師としてデビューしている。助監督は、のちのストローブ=ユイレとして名高い当時23歳のジャン=マリー・ストローブである。どのパートも、『カイエ・デュ・シネマ』誌に批評を書き、それ以前はモーリス・シェレール(のちのエリック・ロメール)の主宰する「シネクラブ・デュ・カルティエ・ラタン」に集った仲間たちである。

主演陣は、ピエール=ルイ監督の『拘引状』(1953年)に顔を出している程度だったヴィルジニー・ヴィトリを抜擢、のちに撮影監督として大成したピエール・ロムの監督作『パリ・モン・コパン』のナレーションをした程度だった当時23歳のジャン=クロード・ブリアリもほとんど本作がデビュー、ジャン・ドラノワ監督の『首輪のない犬』(1955年)に出たばかりの当時19歳のアンヌ・ドアという、フレッシュな面々に加えて、前年に第16回ヴェネツィア国際映画祭審査員を務めた『カイエ・デュ・シネマ』共同創立者で当時36歳のジャック・ドニオル=ヴァルクローズが、「エチエンヌ・ロワノー」の変名で出演している。脇に存在感を出していたのは、トリュフォー、シャブロル、当時25歳のジャン=リュック・ゴダールの『カイエ』誌の面々であった。

日本では、商業公開はされなかったが、古くから東京日仏学院が16ミリプリントを所蔵しており、幾度となく上映されていた。2009年(平成21年)6月24日、IVCがシャブロルの処女長篇『美しきセルジュ』とのカップリングでDVDを発売した。

ロアルド・ダールの短編小説「ビクスビイ夫人と大佐のコート」(1959年)との類似が指摘されている。

スタッフ・作品データ[編集]

『神聖ローマ帝国の人々』『比類なきリュリ氏の追憶を讃えるためのコンセール』
『若殿様、小君主の若様』

キャスト[編集]

以下はカメオ出演

関連事項[編集]

外部リンク[編集]