名曲喫茶

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名曲喫茶(めいきょくきっさ)とは、普通の喫茶店カフェとは異なりコーヒー紅茶をはじめとする飲み物を供するだけではなくクラシック音楽を音響装置によってお客に聴かせる場所である。しかし、イージーリスニング的にクラシック音楽を喫茶店で流していればそれが名曲喫茶になるのか? と言われると難しいところがあるが、この喫茶店は自分が流して欲しいクラシック音楽の曲目、及び演奏者のリクエストに応じてくれる特色がある。また、店によっては生演奏をするところもある。これに近いものに、ジャズ喫茶歌声喫茶等がある。

流行の背景[編集]

この喫茶店が登場・浸透し出したのは、クラシックレコードが高くて個人では購入できなかった時代(1950年代~1960年代頃まで)で、全盛期の1960年代以降は急減、現在では滅多に見かけなくなってしまった。

ブームのきっかけとして、海外の雑誌が新宿の名曲喫茶「風月堂」を「若き芸術家の卵達が集う日本のグリニッジ・ヴィレッジ」と東京の裏観光スポットの如くもてはやし、それを読んだ海外からのバックパッカーが大挙して訪れる様になったことがあげられる。当時はまだ珍しかった欧米系外国人が多数店内に滞在する事で、急激にイメージが好転したのである。また、元々常連客層だった作家芸術家舞台俳優などへの憧れで、クラシック自体に特別の興味はなくともサブカルチャー感覚で来店する客が増え、この事からも(後年も名曲喫茶の代表的存在として語り継がれる)同店が時の文化の象徴として祭り上げられていく。

やがて60年代後半に入ると、カウンターカルチャー系の学識人・芸術家を通して学生運動家・右翼学生・ヒッピーが集い、果てはシンナー中毒に耽る不良が自分を高める(様に錯覚させてくれる)場所、或いは単なる流行の追っかけや異性とのデート先として変容していった。この有様を嘆いた風月堂経営者により1973年8月に閉店している。更に各地の名曲喫茶全般の衰退背景としては、誰もが簡単に安価な家庭用オーディオ機器・レコードで手軽に高音質のクラシック音楽を家に居ながらにして聴く事が出来る様になっていった事も挙げられる。

しかし近年、独特の静かな雰囲気で集中できる場所として再評価され、そこで仕事をする人や読書をする人からの支持、はては昨今のクラシックブーム・癒しブーム・昭和ノスタルジーブーム・清貧ブーム・ロハスブームの影響により、見直されつつある。大概の名曲喫茶は店舗建造物も古く、ある程度は創業の歴史が長い事が伺い知れる(但し、例外もあり得る)ゆえ、珈琲好きの客が店の珈琲を淹れる技術の熟練度が高い事を期待して好んで来店するという傾向も時代の追い風になっている。

音響装置[編集]

音響装置は店によってこだわっているところもあり、高価なオーディオ機器を置いている店も珍しくない。普通の喫茶店ではBGMとして音楽を流しているのだが名曲喫茶に於いては音質重視という店が多い故、おしゃべり禁止、書き物禁止といったルールを課している名曲喫茶も見られる。再生するメディアもコンパクトディスク(CD)が主流となっている現代に敢えてレコード(LP盤)を使用している店も見られる。

閉店した名曲喫茶[編集]

北海道[編集]

*名曲喫茶ウィーン(旭川市4条通8丁目)→現在スポーツ用品の店があるビルの場所にありました。だいたいバロックが流れてました。

*クレモナ(札幌市)→北12条あたりでしょうか、北大の門からそう遠くないビルの1階でした。明るい感じの結構広いちょっと洒落た店でした。

東北[編集]

  • 音楽喫茶「田園」 (仙台市)

関東[編集]

  • 風月堂 (東京都新宿区) 
  • 喫茶ヴェルテル(東京都新宿区新宿)
  • ジュピター(東京都国立市) 
  • 喫茶クラシック(東京都中野区) →東京都高円寺でルネッサンスとして再開。
  • スカラ座(東京都新宿区歌舞伎町)→歌舞伎町の店舗は閉店したが、現在、西新宿1丁目・西口地下街の小田急エース北館へ移転再開。
  • 名曲らんぶる(東京都新宿区歌舞伎町)→1Fに回転寿司の入っているビルの、2~3Fにあって、特に3Fには大型スピーカーが鎮座していた。最盛期は、元・北海道放送のアナウンサーだった女性が曲名をアナウンスしていて、初訪の客は、FM放送を流しているのかと勘違いした。
  • 名曲らんぶる(東京都新宿区中央口)→「らんぶる」として現存するが、今は普通の喫茶店で、リクエストは受けず、名曲はBGMとして流れるだけ。
  • 銀座らんぶる(東京都中央区銀座)→ ソニー・ビルの近くにあり、往時は3階建てだった。火災を起こしてLP盤の多くが使用不能になり、存続が危ぶまれたが、常連客らの寄贈にも助けられて再開。煤けた匂いの残るまま、暫く営業を続けた。
  • 渋谷らんぶる(東京都渋谷区)→ 渋谷駅前でフロア面積は狭かったが、地下1階から地上3階まであった。のちに109-2ビルになり、その地下1階に入っていたが、やがて閉店。
  • 名曲らんぶる(東京都新宿区高田馬場)→ 廃墟と化した建物が残る。(2012年現在)
  • ウィーン(東京都千代田区お茶の水)→現在はウィーン・ビルという建物名だけが残る。
  • 喫茶・丘(東京都千代田区お茶の水)→最上階には別料金を取る「鑑賞室」があった。
  • デュエット(東京都千代田区富士見)→飯田橋駅前の警察病院(現在は移転)の真向かいにあった。今はハンバーガー店が在る。
  • コンサートホール(東京都豊島区池袋)→談話できる喫茶室と別に、談話できない鑑賞室があり、そこは座席がすべてスピーカーを向いていて、フルトヴェングラーの大きな肖像写真が掛かっていた。ある日突然、内装はそのままに、インヴェーダー・ゲーム機が並べられてゲームセンターと化し、顰蹙をかったが、間もなくそれも閉店した
  • バッハ(東京都世田谷区経堂)→個卓でなく大きな楕円形テーブルを囲む形で、店名そのままにバッハやバロックが充実していた。
  • こんつぇると(東京都武蔵野市吉祥寺)→いわゆるプチロードに在り、扉に「お話しできません」の断り書き。来客にはリクエストを書き込むメモをまわしてくれた。音響はモノラルで、スピーカーは1台だけだったが、音楽はそれなりに堪能できた。 
  • 第九茶房(東京都三鷹市)
  • あらえびす(東京都新宿区高田馬場))→狭い階段を上がった2階にあり、リクエストは黒板にチョークでお客が書き込む方式だった。
  • KANON(東京都渋谷区道玄坂)→ビルの3階くらいだったと思います。広くはないですが、窓側の席からは道玄坂の通りがよく見える、名曲喫茶にしては明るい雰囲気の店でしたね。夜はちょっとお酒もメニューにありました。

中部[編集]

近畿[編集]

  • 名曲喫茶みゅーず(京都・西木屋町四條上ル) 2006年閉鎖 
  • 柳月堂(京都市左京区出町柳) 一時期閉鎖したが、現在は営業中。
  • シンフォニー(京都・岡崎)
  • ムジカ(大阪・堂島、神戸・元町) 紅茶の老舗として有名だが元々名曲喫茶としてスタート。
  • スパニョラ(大阪駅前第三ビル地下2階)
  • ん(神戸・北野坂)
  • アマデウス(神戸・元町)

中国[編集]

  • 喫茶 東京(岡山・田町) 

四国[編集]

九州[編集]

  • シャコンヌ(福岡市博多区) 2008年2月閉鎖 

沖縄[編集]

「名曲喫茶」の名を冠したCD[編集]

  • 『名曲喫茶のクラシック~懐かしのクラシック小品集』 発売元:コロムビアミュージックエンタテインメント(2003年10月発売)
  • 『続・名曲喫茶のクラシック』 発売元:コロムビアミュージックエンタテインメント(2004年10月発売)

外部リンク[編集]