前田製菓
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | 非上場
|
| 略称 | 前田製菓 |
| 本社所在地 | 590-0054 大阪府堺市堺区京町通1番32号 |
| 電話番号 | 072-232-1661(本社代表) |
| 設立 | 1957年10月1日 |
| 業種 | 製造業 |
| 事業内容 | クラッカー・ビスケットを主とする菓子の製造・販売 |
| 代表者 | 代表取締役社長 前田寛司 |
| 資本金 | 1億8200万円 |
| 主要子会社 | 前田クラッカー |
| 関係する人物 | 藤田まこと |
| 外部リンク | http://www.atarimaeda.com/ |
| 特記事項:1918年(大正7年)5月5日・前田西洋菓子製造所として創業。 | |
前田製菓株式会社(まえだせいか)は、大阪府堺市堺区に本社を置く、クラッカー・ビスケットを専門とする製菓会社である。1918年創業。
目次 |
[編集] 概要
1918年の創業から今日まで、クラッカーやビスケットなどの菓子を製造している。現在は主にスーパーの他、駄菓子店・駄菓子コーナーや100円ショップなどで販売されている。
1962年から1968年までテレビ放映され、人気を博した朝日放送制作・TBSテレビ系列で放送されたコメディ時代劇「てなもんや三度笠」のスポンサーであったことでも知られる。主力商品の「ランチクラッカー」は、「てなもんや~」主演の藤田まことが番組のオープニングで”俺がこんなに強いのも、あたり前田のクラッカー!”と発したフレーズで人気商品となったが、現在はテレビ・ラジオでの宣伝活動はおこなっていない。現在も商品パッケージに「あたり前田のクラッカー」と記されている(以前はコイン状に固めた粉末のコンソメスープが付いていた)。「てなもんや - 」のエンディングでは、子供役の白木みのると父親役の原哲男が商品を紹介するコントがあった。
なお大阪府藤井寺市に本社を置き乳ボーロで知られる大阪前田製菓、大阪市港区に本社を置きチューペットで知られる前田産業、「メジャー松井秀喜サブレ」(旧「ゴジラ松井サブレ」)で有名な石川県能美市の前田製菓とはいずれも資本・人材において全くの無関係である。
[編集] 事業所
[編集] 沿革
- 1918年5月:大阪府堺市で前田西洋菓子製造所として創業
- 1926年9月:ビスケット工場を堺市内に設置
- 1931年12月:合名会社 前田本店製菓所に組織変更
- 1946年2月:農林省(現・農林水産省)の携帯乾パンの製造を開始
- 1955年3月:ランチクラッカー発売開始
- 1957年10月:株式会社に改組し、前田製菓株式会社に組織変更
- 1962年5月:テレビ番組「てなもんや三度笠」放送開始
- 1964年1月:宇都宮工場を建設
- 1968年3月:「てなもんや三度笠」放送終了
[編集] 主な商品
- 前田のクラッカー
- 前田のランチクラッカー
- オーツ麦クラッカー
- のり塩クラッカー
- 野菜クラッカー
- 黒ごまソフトクラッカー
- ブラックペッパークラッカー
- チーズにあうクラッカー
- 五穀クラッカー
- 黒糖クラッカー
- クリケット
- アーモンドサブレ
- ビスエース(ビスケット)

