中ソ紛争

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1929年中ソ紛争奉ソ戦争)は、中東鉄道を巡りソビエト連邦中華民国の間で起こった軍事衝突。

当時の中東鉄道は、中ソの共同管理下に置かれていたが、中国東三省(満州)を支配する張学良が、この鉄道利権を力ずくで回収しようとした。すでに蒋介石国民党と手を握り、その支援を得ていたことと、ソ連側の軍事力を過小評価していたためであった。

1929年5月、張学良はハルビンのソ連総領事館を捜索し、館員全員を逮捕した。また同年7月、エムシャノフ管理局長及び他のロシア人幹部を罷免した。

7月17日にソ連政府は中国との国交断絶を通告し、事実上の宣戦布告とした。その後、アメリカスティムソン国務長官や、ドイツディルクセンH. von Dirksen)駐ソ大使、日本の幣原外務大臣の仲裁があったが実現しなかった。

8月16日、ブリュヘル指揮下の極東ソ連軍は満州里付近で国境を越え、ジャライノールを攻撃した後、一旦撤退した。11月、ソ連軍は再び国境を越え、満州里牡丹江、ジャライノール、ハイラルへと進撃した。中国側はさしたる抵抗もできず、多くが捕虜となった。

12月ハバロフスクにおいて和平協定が成立し、中国側は紛争前の状態への回復を認めざるを得なかった。


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