ホセ・ムヒカ

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ホセ・アルベルト・ムヒカ・コルダノ
José Alberto Mujica Cordano
Pepemujica2.jpg

ウルグアイの旗 ウルグアイ
第40代大統領
任期 2010年3月1日2015年3月1日
副大統領 ダニーロ・アストリ

出生 1935年5月20日(80歳)
ウルグアイの旗 ウルグアイモンテビデオ
政党 拡大戦線
配偶者 ルシア・トポランスキー
署名 Firmamujica.JPG

ホセ・アルベルト・ムヒカ・コルダノ西: José Alberto Mujica Cordano, 1935年5月20日 - )はウルグアイ政治家。2009年11月にウルグアイ大統領選挙に当選し、2010年3月1日より2015年2月末まで、同国の第40代大統領。

経歴[編集]

首都モンテビデオの貧困家庭に生まれる。家畜の世話や花売りなどで家計を助けながらも、1960年代に入って極左都市ゲリラ組織ツパマロスに加入、ゲリラ活動に従事する。ツパマロスと治安組織の抗争の激化、労働組合や職人組合の政治経済への反発といった時代のもと数々の襲撃、誘拐にたずさわる中で、ムヒカは6発の銃弾を受け、4度の逮捕(そのうち2回は脱獄)を経験する。1972年に逮捕された際には、軍事政権が終わるまで13年近く収監されており、軍事政権側の人質として扱われていた。他の「人質」としては、のちに上院議員となるエレウテリオ・フェルナンデス・ウイドブロや、ツパマロスの創設者ラウル・センディックなどがいる。

出所後ゲリラ仲間と左派政治団体を結成する。1995年下院議員選挙で初当選を果たす。2005年にウルグアイ東方共和国初の中道左派政権となる拡大戦線タバレ・バスケス大統領の下で農牧水産相として初入閣。そして2009年度の大統領選挙戦で、元大統領である国民党公認候補ルイス・アルベルト・ラカジェを決選投票で破り見事勝利した。

政策[編集]

ベネズエラウゴ・チャベス大統領のような反米左派になるのではと懸念があるが大統領選挙戦ではブラジルルラ前大統領のような中道左派路線を強調している。

人工妊娠中絶同性結婚を合法化し、大麻の合法化を目指す[1]

人物[編集]

愛称はエル・ペペ。妻は元ツパマロスのルシア・トポランスキー上院議員。愛読書はセルバンテスの『ドン・キホーテ』。趣味は花の栽培。彼の個人資産は、フォルクスワーゲン・タイプ1のみで、大統領公邸には住まずに、首都郊外の質素な住居に暮している。また、給与の大部分を財団に寄付し、月1000ドル強で生活しており、「世界で最も貧しい大統領」として知られている。彼の愛車である1987年製フォルクスワーゲン・ビートル(2014年現在の価値は2800ドル(約32万円))をアラブの富豪が100万ドル(約1億1600万円)で買い取る事を打診された際、2014年11月14日にラジオで「友人たちから貰った物だから、売れば友人たちを傷つけることになる」と、これを拒否する発言をした[2]

リオ会議(Rio+20)では、経済の拡大を目指すことの問題点を明確に演説した[3]。また、「世界で一番貧乏な大統領」の絵本が、日本でも出版された。

2013年4月4日アルゼンチンクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル大統領に対し、「片方の目が見えない男より、あのばあさんの方がひどい」「ばあさんは頑固だ」と発言したことが問題になった [4]

脚注[編集]

先代:
タバレ・バスケス
ウルグアイの大統領
2010年 - 2015年
次代:
タバレ・バスケス