ペルーン

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ヴェレスを打ち負かすペルーン
ペルーンの木像。ウクライナキエフにて。

ペルーン(Perun)またはペルンは、スラヴ神話主神であり、雷神。ポーランド語ではピョルン、チェコ語ではペラウン、スロバキア語ではペロンという名前で呼ばれる[1]。名前の語源は最古のアーリア族時代にある[2]

概略[編集]

ルーシ原初年代記980年の項目で、最初に名前が挙がる雷神であり、スラヴ神話における最高神と考えられている。ルーシ原初年代記には、ルーシの侯と従士団が、ペルーンと武器に宣誓する箇所が三度書かれている。そのため、ペルーンは彼らの守護神であり、また雷をもって敵を退ける性格から、戦いや武器に象徴される軍神として崇められた[3]。キエフ大公オリガと彼女の率いる戦士達が、戦場へ赴くにあたって、ペルーンの加護を祈った、またイーゴリ大公が、ペルーンの偶像の立つ岡の上に、己の装備していた武器と盾、及び黄金を置いた、などの伝承がある[4]。 その名は「雷で打つ者」を意味し、類似する多くの雷神と同じように、髭を生やした中年男性の姿をしており、手には稲妻を表す斧や槌を持つ。罪を犯した者や敵対者に向かって武器を振りかざし、または投げつけて罰するところなどはゼウストールペルクナスなどと共通している。また、馬か馬車に乗った騎士として表されることもあり、後に、旧約聖書の予言者エリヤに結び付けられた。『言語母論』においては、ペルーンは「ジュピター」という名前で訳されている[5]

ペルーンの神話では、天空に座するペルーンと大地に座するヴェレスがしばしば対立している。その一騎打ちに勝利を収めたペルーンは、水や家畜や女性を解放し、農作物の実りを豊かにする慈雨をもたらす。そのため、雷や雨、それによってもたらされる豊穣の神と解釈され、南スラヴの降雨儀式の中に、その痕跡が残っている。 ペルーンの神殿は東スラヴの各所に存在したと言われている。ウラジーミル1世が立てたキエフの丘の神殿に立つ六体の神像の一体もペルーンであった。その神像は頭部は銀箔、髭は金箔で彩られた老神として表現されていたという。このキエフの丘に祀られていた他の5柱の神(風の神ストリボーグ、太陽神ダジボーグホルス、女神モコシと聖獣セマルグル)とともに、スラヴにキリスト教がもたらされた後は異教として排斥された。

脚注[編集]

  1. ^ ロシアの神話・57頁
  2. ^ ロシアの神話・57頁
  3. ^ 『神の文化史事典』、白水社、2013年、479頁より引用
  4. ^ ロシアの神話・60頁
  5. ^ ロシアの神話・57頁

参考文献[編集]

  • 松村一男、平藤喜久子、山田仁史 編『神の文化史事典』白水社、2013年
  • フェリックス・ギラン著、小海永二訳『ロシアの神話』(青土社) ISBN 4-7917-5276-7

関連項目[編集]