バクトリア語
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| バクトリア語 |
|
|---|---|
| 話される国 | バクトリア |
| 消滅時期 | ? |
| 言語系統 |
インド・ヨーロッパ語族
|
| 表記体系 | アラム文字, ギリシア文字 |
| 言語コード | |
| ISO 639-1 | なし |
| ISO 639-3 | xbc |
スルフ・コタル出土のバクトリア語碑文(1957年発掘)。ギリシア文字で書かれている。
バクトリア語(バクトリアご)は、中央アジアのバクトリア(現在のアフガニスタン北部、別名トカリスタン)で話された言語。インド・ヨーロッパ語族のイラン語派に分類される。
歴史 [編集]
これまでに発掘された文献等により、アレクサンドロスの侵入した紀元前323年頃には、すでに話者がいたとみられている。
当初はアラム文字で口述筆記されていたが、アレクサンドロスの東方遠征以降、ギリシア王朝を経て紀元前123年前後に北来した月氏の時代には、当時話されていたイラン語派中唯一ギリシア文字で筆記される言語であった。
クシャーナ朝の時代には、貨幣や碑文にみられることから公用語のギリシア語と並存していたが、ギリシャ語が徐々に衰退していくのとは対照的に、バクトリア語は現地の公用語として地位を確立していったと考えられる。特にカニシカ王の時代には、貨幣銘として永らく使用されていたギリシャ語がバクトリア語表記へ改められることとなった。
クシャーナ朝の領土拡大とともに話し手分布も拡大し、仏教やマニ教の経典が著された頃には、インド北部から中央アジアのトゥルファンに至る地域まで及んでいたと思われる。
紀元後を経てもなお中央アジア・インド北部にまたがる公用語としての地位と命脈を保ち続けたバクトリア語であったが、その後のアラブ人・テュルク人の到来等を経て、中世までに話者が消滅したと考えられている。
他言語との近縁関係 [編集]
音韻からみたバクトリア語は、大別すると、パシュトー語・近世ペルシア語・ソグド語・パルティア語などと近縁関係にあるとみられている。