ジェレミー・ブレット

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ジェレミー・ブレット
Jeremy Brett
生年月日 1933年11月3日
没年月日 1995年9月12日(満61歳没)
国籍 イギリス

ジェレミー・ブレットJeremy Brett1933年11月3日 - 1995年9月12日) は、イギリスの俳優。本名ピーター・ジェレミー・ウィリアム・ハギンズ(Peter Jeremy William Huggins)。

[編集] 来歴・人物

英国一のパブリック・スクールの名門イートン校出身だが、在学中はディスレクシアのために苦労したという。

Central School of Speech and Dramaで演技を学び、1954年にマンチェスターで初舞台を踏む。ナショナル・シアター・カンパニーに参加したこともあり、舞台出演が多い。舞台でジョン・H・ワトスンを演じたこともある(シャーロック・ホームズ役はチャールトン・ヘストン1980年度)。

1958年に女優のアン・マッシーと結婚したが1962年に離婚。息子のデイヴィッド・ハギンズはイラストレーター兼小説家となった。

1969年の映画『女王陛下の007』でジェームズ・ボンド役の候補であったが、結局ジョージ・レーゼンビーが役を獲得した。また『007 死ぬのは奴らだ』のためのオーディションも受けたが、ボンド役を得ることはなかった。

1976年にはアメリカ人のプロデューサー、ジョアン・ウィルソンと再婚。1985年にウィルソンが癌で亡くなり、その後再婚することはなかった。 彼は双極性障害を患っており、症状は妻の死後、悪化した。妻の死後、約一年間「シャーロック・ホームスの冒険」の撮影を休んだものの、1986年には新しいエピソードの撮影を開始するが、過酷な撮影スケジュールは深い悲しみのなかにいた彼をますます混乱させ消耗させる結果になった。 彼の人生の最後の10年間、彼は完全な躁鬱病となった。精神的に危機的状態になった彼は、この間に何度か入退院を繰り返した。「シャーロック・ホームスの冒険」シリーズの完成に向かいながらも、彼の健康はますます損なわれ、その影響は彼の外観にも明らかに現れるようになった。

最晩年の数年間には、彼は率直に病気について語り、人々が病の兆候をそれと認識し必要な助けを求めて欲しいと励ましを送った。

1995年9月12日、ブレットは心不全で亡くなった。 彼の心臓弁には幼少期にかかったリウマチ熱による後遺症があった。

ジェレミー・ブレットは1960年代から多くのテレビに出演した。その中には1966年の『三銃士』や、ローレンス・オリヴィエがシャイロックを演じた1973年の『ヴェニスの商人』などがある。

また、1964年には『マイ・フェア・レディ』に出演。『マイ・フェア・レディ』では、オードリー・ヘップバーン演じる主人公に思いを寄せる若い貴族フレディを演じた。ちなみに、ブレット演じるフレディがイライザの住む家を見上げるシーンで、有名なナンバー「君住む街角」(On the Street Where You Live) が歌われる。

1984年より放映されたグラナダテレビ版(日本ではNHKで放映)のシャーロック・ホームズシリーズでの名演がつとに有名である。原作からイメージされるホームズの風貌や仕草や性格を完璧に体現し、これ以上のはまり役はいないと評判になった。ブレットのホームズは史上最高であると高く評価されており、伝説のホームズ俳優であるウィリアム・ジレットや、英国のホームズファン協会の公認する唯一の俳優といわれたピーター・カッシング、数多くの映画でホームズを演じたベイジル・ラスボーンをも凌ぐとされる。

[編集] 主な出演作品

  • 戦争と平和 War and Peace (1956)
  • マイ・フェア・レディ My Fair Lady (1964)
  • マクベス Macbeth (1981)
  • 侵入者2 Mad Dog And Englishmen Shameless (1994)
  • モル・フランダース Moll Flanders (1996)
  • More Loverly Than Ever:「マイ・フェア・レディ」のメイキング番組。ホストとして出演。DVD「マイ・フェア・レディ スペシャル・エディション」に収録されている。NHKで放送されたこともあった。

[編集] 外部リンク