キール (ドイツ)

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紋章 地図
Wappen Kiels Lage der kreisfreien Stadt Kiel in Deutschland
基本情報
連邦州: シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州
郡: 郡独立市
標高: 0 から 74.2 m
面積: 118.6 km²
失業率: 11.1 % (2008年9月現在)
人口:

239,526人(2010年12月31日現在) [1]

人口密度: 2,020 人/km²
市外局番: 0431
郵便番号: 24103-24159 (旧: 2300)
ナンバープレート: KI
自治体コード: 01 0 02 000
市庁舎の住所: Fleethörn 9
24103 Kiel
ウェブサイト: www.kiel.de
行政
上級市長: トーステン・アルビク (Torsten Albig) (SPD)2009年~
市の首班: カティ・キーツァー(Cathy Kietzer)

(SPD)2008年~

多数派政党: SPD/Grüne

座標: 北緯54度19分31秒 東経10度8分26秒 / 北緯54.32528度 東経10.14056度 / 54.32528; 10.14056 キールKiel)は、バルト海に面したドイツ北部の都市。シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州の州都。70キロ北西にフレンスブルク、60キロ南東にリューベック、85キロ南にハンブルクが位置する。

目次

[編集] 地勢

キールはキール運河の東端にあたる港町で、バルト海北海を結ぶ運河の起点に位置する北欧の玄関口となっている。

[編集] 歴史

1233年から1242年の間にシャウエンブルク=ホルシュタイン家アドルフ4世により建設される。キール周辺のみがザクセン領であり、西と北はデンマーク領で、東にはスラブ系民族が住んでいた。町の中心に位置する修道院とニコライ教会はこの頃の設立。1283年ハンザ同盟に加入するもフレンスブルクとリューベックとに挟まれ商業都市として発展することはなかった。1329年に町の城壁が建設されてから16世紀末まで町は現在の旧市街のあたりに限定される。

1460年にデンマークによって併合され、1544年にデンマーク王家の分家ホルシュタイン=ゴットルプ家のホルシュタイン=ゴットルプ公領の首都となる。1665年にクリスチャン・アルブレヒトによりキール大学が設立される。ホルシュタイン=ゴットルプ家からは1751年スウェーデン王家1762年ロシア帝国の皇帝ピョートル3世が出ている。1773年よりデンマーク王がホルシュタイン=ゴットルプ公を兼ねた。第二次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争普墺戦争を経て、1866年プロイセン王国へと併合された。

1918年第一次世界大戦の末期に、この地の軍港で起こった水兵の反乱が各地に広がり、ドイツ革命へと至る。第二次世界大戦では町の80%以上が破壊され、のちに再建されたが、町の中心は破壊前のようには再現されていない。

キール峡湾
冬の植物園
オペラハウス
都市の鳥瞰図

[編集] 出身人物

[編集] 姉妹都市

[編集] 関連項目

夜のオペラハウス

[編集] 引用

[編集] 外部リンク

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