オスカー型原子力潜水艦
| 概要 | |
|---|---|
| 建造: | SEVMASH, セヴェロドヴィンスク |
| 運用: | |
| 前級 : | パパ型原子力潜水艦 |
| 次級: | ヤーセン型原子力潜水艦 |
| 計画: | 18隻[1] |
| 完工: | 13隻 |
| 中止: | 5隻 |
| 現役: | 5隻 |
| 起工済: | 2隻 |
| 損失: | K-141 2000年8月12日に"クルスク"は沈没した |
| 引退: | 0隻 |
| 保存: | 0隻 |
| 仕様諸元 | |
| 排水量: | 浮上時:12,500/14,700 トン 潜航時:16,500/19,400 トン[1] |
| 全長: | 155 m (508 ft 6 in)[1] |
| 全幅: | 18.2 m (59 ft 9 in) |
| 喫水: | 9 m (29 ft 6 in) |
| 機関: | 加圧水型原子炉2基、73,070 kW (98,000 shp)の蒸気タービン2基で2軸を駆動 |
| 速力: | 浮上時:15ノット (28 km/h) 潜航時:132ノット (59 km/h)[1] |
| 航海日数: | 120日間[1] |
| 総員: | 94/107[1] |
| 兵装: | 533ミリメートル (21.0 in)4基と650ミリメートル (26 in)の魚雷発射管2基 28 × 533 mm と 650 mm ,Tsakra (SS-N-15 スターフィッシュ)15 ktの核弾頭対潜ミサイルとVodopad/Veder (SS-N-16 スタリオン)と200 ktの核弾頭対潜ミサイルまたは40型対潜魚雷または対地ミサイル32基 24 × P-700 グラニート (SS-N-19 Shipwreck)750キログラム (1,700 lb) HE または500 kt核弾頭巡航ミサイル |
オスカー型原子力潜水艦(オスカーがたげんしりょくせんすいかん Oscar class submarine)はロシア海軍の攻撃型原子力潜水艦。1・2型のサブタイプがある。 オスカー型はNATOコードネームであり、ソ連海軍の計画名は949型潜水艦(グラニート)(Подводные лодки проекта 949 "Гранит")、949A型潜水艦(アンテーイ)(Подводные лодки проекта 949A "Антей")である。
目次 |
[編集] 設計
オスカー級は、チャーリー型の後継として開発された。兵装量の小さかったチャーリー型への反省から、オスカー型の兵装量はきわめて大きくとられる事になった(チャーリー型の巡航ミサイル6発に対し24発)。ソ連邦は、米空母機動部隊攻撃用として、1970年代初頭より最大射程700kmの長距離超音速対艦ミサイル P-700「グラニート」(NATOコードネームはSS-N-19シップレック)の開発を始めたが、本型は、このグラニートを搭載・運用するために開発された潜水艦である。そのため、艦を設計するルビーン海洋工学中央設計局と、ミサイルシステムを設計するチェロメイ設計局(現機械製造科学生産連合)は、互いに連携して本計画の開発に当たった。それまでは、艦とミサイルの開発は、何の連携も無くバラバラに行われるケースが多く、実際に艦が就航してから色々とトラブルが発生する事も少なくなかったため、その反省から、密接に連絡を取り合いながら開発する事が求められたのである。
[編集] 重長距離対艦ミサイル「グラニート」と「レゲンダ」システム
グラニートは、同時期にラードゥガ設計局が開発したP-270「モスキート」(NATOコードネーム SS-N-22サンバーン)と同様、「固体ロケット・ラムジェット統合推進システム」(固体ロケットエンジンで音速を超えるまで加速した後、ラムジェットエンジンに切り替えて巡航する)を採用した超音速対艦ミサイルであるが、様々な新機軸を採用したこともあって、発射重量はモスキートの2倍近くの7t以上にも達する、マンモス対艦ミサイルになってしまった。また、ミサイルの長射程化とともに、個艦の独立性は減少し、潜水艦外のセンサー・情報との統合運用をこととするドクトリンが再び採用された。すなわち、目標の捕捉及び誘導は、当時ソ連邦が開発していた全地球規模海洋監視衛星システム「レゲンダ」との連動運用が前提とされ、同システムの受信解析装置も搭載する必要が生じたが、この装置も大型で嵩張る物になったため、このグラニートを24基も搭載する本型は、必然的に巨大な潜水艦になった(それゆえに、運用には多大な費用を要する)。
なお、設計に際しては、パパ型原子力潜水艦から得られた知見が生かされ、特に661と極めてよく似た2軸の艦尾は特徴的である。原型であるオスカーI型は2隻建造されたが、海軍は(これだけの大型艦であるにも関わらず)まだ艦内の容量が不足しているとして増加を要求したため、さらに大型化(艦内区画を1個増加)したオスカーII型の建造に移行した。
[編集] 最後の巡航ミサイル原潜
チェロメイ設計局は、グラニートの後に、射程1,000kmのP-1000「ヴルカーン」対艦ミサイルも開発したが、こちらは採用されず、結局、グラニートがソ連海軍長距離対艦ミサイルの系譜の最後になってしまった。これは同時に、本型が、ソ連海軍が米空母部隊に対抗すべく精力的に整備を推し進めていた対艦巡航ミサイル搭載潜水艦の系譜の終わりをも意味していた。現在、ロシア海軍は、射程300kmのP-800「オーニクス」(SS-N-26)超音速対艦ミサイルを搭載する新型原潜「ヤーセン」型(セヴェロドヴィンスク級)を建造しているが、同型は「多用途原潜(攻撃原潜)に、巡航ミサイル原潜の機能を持たせた艦」であり、純粋な本型の後継とは言い難い(そもそも、このオーニクスは、従来、「長距離系列」と「中・短距離系列」の二本立てで整備されていたロシアの対艦ミサイルを統合するものとして開発された)。
[編集] 運用
オスカーI型の一番艦は1980年に就役し、2隻建造。オスカーII型は1986年から就役を開始し、現在のところ11隻が竣工している(この他、2隻が起工されたが工事中断)。建造は、全艦セヴマシュ・プレドプリャーチェ(北方機械建造会社、セヴェロドヴィンスク市・第402海軍工廠)で行われた。冷戦の終結とソ連邦の崩壊、それに続く財政難の中で、建造に多大な費用を要する本型の建造は、尚も継続された。弾道ミサイル原子力潜水艦の活動が低調であること、冷戦後の環境において、対地攻撃のポテンシャルをも有する949Aの能力は改めて見直され、1990年代後半には、活動の機会が増えていた。
[編集] 現況
その後、極度の財政難により、オスカーI型2隻は炉心交換される事無く除籍され、オスカーII型も、事故で沈没したK-141以外は一応在籍しているものの、現在活動状態にあるのは6隻程度と見られ(北方艦隊2隻、太平洋艦隊4隻)、その他の艦は修理待ち状態となっている。オスカーII型の1隻K-173クラスノヤルスクも、修理費用が無く係留保管状態にあるが、この状態を憂慮した同艦艦長を初めとする幹部がクラスノヤルスク市を訪問し、当時の州知事アレクサンドル・レーベジ(元空挺軍中将、安全保障会議書記、エリツィンに対抗して大統領選に出馬した事もある。2002年事故死)に修理費用を援助してくれるよう陳情に及んだ事もあった。
[編集] クルスク沈没事故と余波
2000年8月12日、オスカーII型の1隻、K-141クルスク(Kursk)はバレンツ海において演習中、艦首魚雷発射管室で爆発が起こり、沈没した(乗員111名、司令部要員5名、便乗者2名、総員死亡)。ロシアにおいては、650mm対艦重魚雷、いわゆる「ウェーキ・ホーミング魚雷」の過酸化水素燃料の漏出・引火が有力な原因と見られている(西側では、スーパーキャビテーション魚雷「シュクヴァール」が爆発した、という見方もある)。ただしここまで被害が拡大した原因としては、魚雷発射管の扉の閉鎖が不完全であったこと[2]で、魚雷発射管内部で起きた爆発が艦外に向かわず室内方向に向かったこと、さらに本来であれば魚雷発射管室のみでとどまるはずの爆発が、艦内前方区画を貫通する換気ダクト[3]を経由して司令室などにも衝撃波が伝わったため、司令室内の乗員が行動不能に陥り緊急浮上などの措置が取れなかったことなども大きく影響したという[4]。
実際には主に艦内後方にいた乗員を中心に、爆発直後には艦内に数十人単位の生存者がいたというが(乗員の一人が残したメモによれば、少なくとも23人が生存していたことが確認されている)、爆発の衝撃で緊急脱出用ポッドへ向かう通路が塞がれ、また前述のように緊急浮上等が行われなかったため、自力での脱出は不可能であった。爆発に伴い艦内の原子炉は緊急停止し、非常用バッテリー(魚雷発射管室の直下にあったという)も爆発で失われたことから、艦内は停電し外部への通信手段も失われた(このため僚艦がクルスクの異常に気づいたのは翌日未明のことで、救助の初動の遅れにつながっている)。さらに停電の影響で二酸化炭素濃度の上昇が避けられなかった上に、艦内への浸水も徐々に始まっていた[4]。
ロシア海軍は潜水艦救助艇3隻を現場海域に派遣し救助を試みたが、爆発の影響でクルスクの艦体後方のハッチが変形してしまっており、ロシア救助艇の装備では変形したハッチを開け脱出口を確保することができず、救助は難航した。最終的に事故発生から9日後の8月21日にロシアからの要請に基づきイギリス・ノルウェーから派遣された救助艇が飽和潜水による潜水作業員を進出させハッチを開けることに成功したが、既に艦体は完全に海水で満たされており、中の全員の死亡が確認された[4]。
K-141の船体は発射管室を切り離された後、2001年10月23日に引き揚げられ、ムルマンスク市近郊のロスリャコーヴォ町まで曳航され、同町にある第82船舶修理工場の大型浮きドックに運び込まれ、同年末までに解体された。なお、本型の引き揚げ作業の過程で、いままで不明であったグラニートの外見が判明する写真が公開され、それまで西側の文献に掲載されていた予想図とは似ても似つかないものであった事が判明した。この事故の後、本型は1年ほど出航を禁止された。
その後、K-141の代替として、工事が中断していたK-329ベールゴロドの建造が再開された。同艦は2006年前半において80パーセントの完成度であるが、同年7月20日、ロシアのセルゲイ・イワノフ国防相は、「国防省(連邦軍)はベールゴロドを必要としない。我々は、これ以上、同艦の建造資金を拠出するつもりは無い」と語った。この発言により、外国に売却されるという極少数の可能性を除き、K-329が就航する見込みは無くなったと言える。2008年2月12日に進水したボレイ型原子力潜水艦「ユーリイ・ドルゴルーキイ」の艦体には、建造中止になったK-135・K-160の艦体が流用されている[5]。
[編集] オスカーI型(プロイェクト949)
[編集] 諸元
- 全長:144m
- 全幅:18.2m
- 吃水:9m
- 水上排水量:12,500t
- 水中排水量:22,500t
- 機関:加圧水型原子炉×2基/蒸気タービン×2基
- 最高速力:水中30kt(55.5km/h)
- 運用深度:400~450m
- 乗員:116名
- 探索装置
- 兵装
- 533mm(21inch)魚雷発射管×4基、650mm魚雷発射管×2基 - 魚雷、対潜ミサイル(RPK-2(SS-N-15スターフィッシュ)・RPK-6/7(SS-N-16スタリオン)))×28、および機雷
- ミサイル発射管×24基(対艦ミサイルP-700グラニト(SS-N-19シップレック))
[編集] 同型艦
- 既に2隻とも除籍され、セヴェロドヴィンスク造船所に保管、2004年に解体。
| 艦番号 | 名称 | 起工年 | 進水年 | 竣役年 | 建造所 | 所属 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| K-525 | アルハンゲリスク | 1975年7月25日 | 1980年5月3日 | 1981年1月24日 | セヴマシュ | 北方艦隊、1996年7月31日除籍 |
| K-206 | ムルマンスク | 1979年4月22日 | 1982年12月10日 | 1983年12月15日 | セヴマシュ | 北方艦隊、1998年1月7日除籍 |
[編集] オスカーII型(プロイェクト949A)
[編集] 諸元
- 全長:155m
- 全幅:18.2m
- 吃水:9.2m
- 水上排水量:14,700t
- 水中排水量:24,000t
- 機関:加圧水型原子炉×2基/蒸気タービン×2基
- 最高速力:水中28kt(51.8km/h)
- 運用深度:500~600m
- 乗員:107名
- 探索装置
- 兵装
- 533mm(21inch)魚雷発射管×4基、650mm魚雷発射管×2基 - 魚雷、対潜ミサイル(RPK-2(SS-N-15スターフィッシュ)・RPK-6/7(SS-N-16スタリオン)))×28、および機雷
- ミサイル発射管×24基(対艦ミサイルP-700グラニト(SS-N-19シップレック))
[編集] 同型艦
- 北方艦隊所属艦は、ザーパドナヤ・リッツァ基地ボリシャヤ・ロパトカ埠頭、太平洋艦隊所属艦は、カムチャツカ半島ルイバチー基地(ヴィリュチンスク市)に配備。
- K-148クラスノダール:北方艦隊、予備役
- K-173クラスノヤルスク:太平洋艦隊、予備役
- K-132イルクーツク:太平洋艦隊
- K-119ヴォロネジ:北方艦隊、予備役
- K-410スモーレンスク:北方艦隊
- K-442チェリャビンスク:太平洋艦隊、予備役
- K-456ヴィリュチュンスク(旧名カサートカ):太平洋艦隊
- K-266オリョール(旧名セヴェロドヴィンスク):北方艦隊
- K-186オムスク:太平洋艦隊
- K-141クルスク:北方艦隊、2000年8月爆沈
- K-150トムスク:太平洋艦隊
- K-329ベルゴロード:建造中断。クルスク爆沈後、工事再開。
- K-135 建造中止
- K-160 計画のみ
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ a b c d e f Podvodnye Lodki, Yu.V. Apalkov, Sankt Peterburg, 2002, ISBN 5-8172-0069-4
- ^ 扉の部分に埃がたまりやすく、電気系統の接触不良がしばしば起きていたため、扉を頻繁に開け閉めして接触を確認することが多かったことが背景にあるという。
- ^ 換気ダクトには艦内での爆発を考慮した区画処理は施されていなかった。これは設計上の欠陥であったとのこと。
- ^ a b c ナショナルジオグラフィックチャンネル『衝撃の瞬間~番外編~ 「ロシア原子力潜水艦の悪夢」』
- ^ アンドレイ・V・ポルトフ「注目の新型戦略原潜「ボレイ」型」『世界の艦船』712集(2009年10月号)海人社
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