コムソモレツ (原子力潜水艦)
浮上航行中のK-278(1986年6月1日) |
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| 艦歴 | |
|---|---|
| 船名: | K-278 コムソモレツ |
| 起工: | 1978年4月22日 |
| 進水: | 1983年5月9日 |
| 就役: | 1984年12月31日 |
| 母港: | Zapadnaya海軍基地 |
| その後: | 1989年4月7日に火災で沈没,犠牲者47人 |
| 現状: | バレンツ海の水深1,600 m (5,200 ft)で微量の放射性物質が漏れ出す |
| 仕様諸元 | |
| 分類: | NATOコードネーム "マイク" |
| 艦種: | 潜水艦 |
| 排水量: | 浮上時:4,400-5,750 トン, 潜航時:6,400-8,000 トン |
| 全長: | 117.5 m (385 ft) |
| 全幅: | 10.7 m (35 ft) |
| 喫水: | 8から9m (26から30ft) |
| 機関: | 190 MW OK-650 b-3 加圧水型原子炉1基, 45000shp 蒸気タービン2基 ,1軸推進 |
| 速力: | 浮上時:14ノット (26 km/h) surfaced, 潜航時:26から30ノット (48から56km/h) |
| 試験深度: | 安全深度1,000 m, 設計深度1,250 m , 圧壊深度1,500 m |
| 総員: | 士官33人, 准士官21人, 下士官15人 |
| 兵装: |
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コムソモレツ(Комсомолец、Komsomolets)は、ソビエト海軍の原子力攻撃型潜水艦。旧名、K-278から、1988年8月命名。その翌年、事故により失われた。1989年にバレンツ海の水深1600mに沈み、現在もそこに沈んでいる。搭載されていた原子炉と2本の核弾頭を搭載した魚雷は回収されておらず、今も現場に残る。
ソ連側の呼称プロイェクト685 "Plavnik"(Plavnik, とは"鰭"(ひれ)を意味する)、ソビエトの第4世代の技術開発試験を目的として開発されたNATOコードネームマイク型原子力潜水艦の1隻であるが、実際に建造されたのは、この艦のみであり、同一視される場合もある。
技術開発を目的とした試験艦でありながら完全な戦闘能力を有していたが、最初の運用で後部区画での火災が原因で沈没した。
目次 |
設計 [編集]
685計画はルービン設計局で通常弾頭または核弾頭を搭載した魚雷と巡航ミサイルの両方を装備できる先進的な攻撃型潜水艦の開発計画の一環として設計された。1966年に設計が発注され、1974年に設計が完了した。
K-278は二重船殻構造で内部の船殻はチタン製でアメリカの最も優れた潜水艦よりも運用深度が大幅に深くなった。耐圧殻は7区画に分けられ2番目と3番目の区画が強化された前と後ろのバルクヘッドによって非常時の"安全区画"を形成していた。脱出カプセルは司令塔内に備えられ水中での緊急時に乗員の脱出を可能にする。西側の情報機関では当初、K-278の速度を出力重量比に優れた鉛-ビスマス溶融金属冷却原子炉を動力とした速度値を推定していた。ソビエト連邦がこの潜水艦にOK-650b-3加圧水型軽水炉を使用している事が明らかになると推定速度は下方修正された。 (注記: OK-650原子炉は971計画(アクラ型)、945計画(シエラ型)でも同様に使用され、941計画(タイフーン型)では2基搭載されている。)
艦歴 [編集]
1974年12月16日に建造が承認され、1978年4月22日起工、1983年6月3日進水、 1983年12月28日に就役した。
就役後K-278は、大深度潜航の実験に積極的に用いられた。1985年には、深度1027mの潜航を実施したが、これは現在もなお戦闘用潜水艦の世界記録である。
1988年8月、にK-278は実際に名前を与えられる栄誉に浴す数少ない潜水艦の一隻となり、司令官であるYuriy Zelenskiyによって深度1020 m (3,345 feet)の記録樹立を讃えて共産党青年同盟を意味するコムソモレツ(Комсомолец)と命名された。
事故 [編集]
1989年4月7日、ノルウェー海沖で演習中のコムソモレツの第7区画で火災が発生、艦は急浮上した。電気システムがショートし、原子炉は緊急停止した。圧搾空気システムから漏れが生じ、その結果、火災は拡大していった。乗員は消火にあたったが、艦内は高温となり、消火に当たっていた乗組員が被っていた防護用ゴムマスクは溶けて顔面に貼り付いた。緊急用呼吸システムが一部破損して一酸化炭素が入り込み、乗員の多くが一酸化炭素中毒になった。拡大する火災を消す事は出来ず、酸素タンクと潤滑油タンクが爆発して耐圧殻が破壊され、艦内に大量浸水し、ついに艦は沈没した。艦が沈没する際、乗員の多くは凍りそうな海面に飛び込み、ほとんどが凍死した。この時、同艦に乗り組んでいたのは、経験の浅いセカンドチームであったため、事故に適切に対処できなかった、という見方もある。艦長エフゲニー・ワニン大佐も、705K型(アルファ型)の艦長から転任して日が浅く、本艦に慣れていなかった。
火災の原因は現在も明らかではないが、第7区画の酸素濃度が高すぎたため、電気システムのショートが引き起こされた、という見方がある。また、火災発生後、機密漏洩を懸念するあまり救助活動が遅れ、火災だけでなく、脱出後の海上の寒冷による死者も発生した。艦が沈む際、最後まで艦に留まっていたエフゲニー・ワニン艦長以下5名が本艦に装備されていた脱出用チェンバーを使って脱出したが、艦長以下、乗員の誰も脱出用チェンバーの使い方を知らず、いざ脱出直前になってから、説明書を読んでいる有様だった。チェンバーは海面に浮上したものの、あまりに急に浮上したため、中に乗っていた5名のうち4名は気圧障害で潰され即死、浮上時に気圧変化で開いたハッチから海面に放り出された。スルサリェンコ准尉ただ1人が奇跡的に生き延びたが、彼も全身を骨折していた。最終的に搭乗していた64名のうち42名が殉職した。
事故後 [編集]
コムソモレツの沈没地点のノルウェー海北部は、有数の好漁場であった。沈没当時コムソモレツは、2本の核魚雷を搭載していた。この2本の魚雷の核弾頭のプルトニウム計12kgと原子炉のウラン及び核分裂生成物の漏出が発生した場合、漁場の汚染が発生し、700年に及び数十億ドルの被害に達すると推定された。
ノルウェーによる圧力を受けたソ連は深海探査艇「ミール」とその母船として海洋調査船「アカデミック・ムスティラフ・ケルディシュ」を派遣、コムソモレツの捜索に当たった。1989年6月、ノルウェー海北部の水深1685メートル地点に沈没したコムソモレツを発見、深海作業で魚雷発射口6ヶ所と、沈没時に生じた亀裂3ヶ所が、ゴムとチタンのシールで覆われた。
1992年5月の調査では、艦体に複数の亀裂が確認され、そのいくつかは30から40cm幅に及び、原子炉の冷却パイプに達する可能性があった。1993年8月に海洋調査が行われ、対流が発生していないことと生態系に急激な汚染が見られていないことが確認された。但し、これは魚雷搭載ブロックの前方6mの幅に限定された調査に過ぎなかった。
1994年夏の調査では、プルトニウムの漏出が確認され、同調査でいくつかの亀裂は封印された。1995年6月24日にはさらに艦体の亀裂の修復が行われ、1996年7月末に成功が宣言された。ロシア政府では、2015年か2025年までは、生態系への影響は無視できるとしている。しかし、今なお危険性は否定されていない。[1]
1993年、コムソモレツを含む艦隊の指揮官であったチェルノフ海軍退役中将は、「コムソモレツ原子力潜水艦記念協会」を設立。彼の指揮下にあった潜水艦乗組員の遺族に対する支援に当たった。その後同協会は、全てのソビエト連邦及びロシアの殉職した潜水艦乗組員の遺族に対する支援組織となり、また4月7日は殉職した潜水艦乗組員の記念日となった。
要目 [編集]
ソ連・ロシアの軍用ハードウェアの要目(特に数値)については資料によりばらつきがあることが珍しくない。ここでは参考文献および外部リンクに挙げた資料を参照し、食い違いがある場合には、より新しい資料であるポルトフ[2005]の記述を採用した。
- 全長:118.4m
- 全幅:11.1m
- 喫水:7.4m
- 水上排水量:5,880t
- 水中排水量:8,500t
- 予備浮力:36%
- 船体構造:チタン製複殻式、7区画
- 機関:原子力ギアドタービン方式 - OK-650B-3型加圧水型型原子炉(190MW)×1基/蒸気タービン(43,000馬力)×1基/スクリュー×1軸
- 最高速力:水上14kt、水中30kt
- 連続航海期間:90日
- 運用深度(安全/最大):1000/1250m
- 乗員:57名(1986年からは64名)
- 探索装置:MGK-305型ソナー
- 航海・指揮機材:オムニブス型戦闘情報指揮システム、モルニヤL型通信システム、メドヴェディツァ685航法システム
- 兵装:533mm(21inch)魚雷発射管×6基 - 魚雷およびミサイル×12~16本
- 同型艦:なし、計画のみ1隻
脚注 [編集]
- ^ “USSR’s sunken Komsomolets submarine may turn into underwater Chernobyl”. Pravda. (2009年4月24日)
参考文献 [編集]
- アンドレイ・V・ポルトフ、2005、『ソ連/ロシア原潜建造史』、海人社
- A.S.Pavlov, Gregory Toker (translator), Norman Friedman (editor, English language edition), 1997, Warships of the USSR and Russia 1945-1995, [Annapolis, Maryland]: Naval institute press, ISBN 155750671X.
- Project 685 (Plavnik) - Mike Class
- GlobalSecurity article
- Federation of American Scientists
- Энциклопедия кораблей
- Книга памяти - K-278
- The Sunken Nuclear Submarine Komsomolets and its effects on the Environment (by Steinar Høibråten, Per E. Thoresen and Are Haugan. Published by Elsevier Science. 1997)
- Wallace, Wendy, "Komsomolets: A Disaster Waiting to Happen?", CIS Environmental Watch, Spring 1992.
- Montgomery, George, "The Komsomolets Disaster", Studies in Intelligence, Vol. 38, No. 5 (1995)
- Romanov, D. A., Fire at Sea: The Tragedy of the Soviet Submarine Komsomolets. Edited by K. J. Moore. Washington, DC: Potomac Books, Inc., 2006. (Note: Romanov was the Soviet submarine's deputy designer at the Rubin Design Bureau and he defends his agency's design against the Soviet Navy's initial claims that "numerous technical imperfections" caused the accident.)
- Gary Weir and Walter Boyne, Rising Tide: The untold story of the Russian submarines that fought the Cold War, New York, NY: Basic Books,(2003)
関連項目 [編集]
以下は、ソ連におけるチタン製船殻の潜水艦
外部リンク [編集]
以下全て、欧文サイト。
- Project 685 (Plavnik) - Mike Class
- Книга памяти - K-278
- Montgomery, George, 1995, "The Komsomolets Disaster", Studies in intelligence, Vol. 38, No. 5.
- http://www.american.edu/projects/mandala/TED/KOMSO.HTM
- Der Fall Komsomolez
- K278 - Die Komsomolets-Katastrophe
- http://www.fas.org/man/dod-101/sys/ship/row/rus/si-montgomery.htm
- submarine.id.ru - K-278 (russisch)
- デア・シュピーゲル 49/1992: Gefahr aus der Tiefe
- TED Case Studies: Komsomolets Submarine and Radiation Leakage
- А. С. Николаев (2002-2003). “Проект 685 «Плавник» (NATO – “Mike”).”. «Штурм Глубины». www.deepstorm.ru. 2011年4月6日閲覧。
- А. С. Николаев, И. С. Курганов (2002-2008). “К-278, «Комсомолец» проект 685”. «Штурм Глубины». www.deepstorm.ru. 2011年4月6日閲覧。
- А. С. Николаев, И. С. Курганов (2007年). “604 экипаж проекта 685 «Плавник»”. сайт «Русский Подплав». www.submarines.narod.ru. 2011年4月6日閲覧。
- Н. А. Черкашин (1997-2001). “Пламя в отсеках”. «Российский подводный флот». www.submarine.id.ru. 2011年4月6日閲覧。
- “Обследование затонувшей АПЛ «Комсомолец» силами ВМФ”. Центральный Военно-Морской Портал. grinda.info. 2011年4月6日閲覧。
- “Вахтенный журнал”. Центральный Военно-Морской Портал. grinda.info. 2011年4月6日閲覧。
- МГТУ им. Баумана, отдел Подводные системы. “Проект локализации АПЛ «Комсомолец»”. aqua.sm.bmstu.ru. 2011年4月6日閲覧。
- Н. Мормуль. “Возможен ли подъём «Комсомольца»?”. «Российский подводный флот». www.submarine.id.ru. 2011年4月6日閲覧。
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