BEAT CHILD
ビートチャイルド BEAT CHILD | |
---|---|
概要 | |
開催時期 | 1987年8月22日 - 23日 |
開催時間 | 18時 - 30時 |
会場 |
日本熊本県久木野村(現・南阿蘇村) 熊本県野外劇場「アスペクタ」 |
主催 | くすミュージック、熊本県民テレビ、BEATCHILD ASSOCIATION |
後援 | 熊本県、アスペクタ・オープニング・イベント実行委員会、財団法人グリーンピア南阿蘇、久木野村、熊本日日新聞社、FM中九州、FBS福岡放送、STSエンタープライズ、FM長崎、KTNテレビ長崎、TOSテレビ大分、UMKテレビ宮崎、MBC開発 |
企画制作 | マザーエンタープライズ、ハートランド、M's Factory、くすミュージック |
協力 | STREET SLIDERS ORGANIZATION、ユイ音楽工房 ROCK PROJECT、ANA全日空、JR九州、九州産交、西鉄旅行、OUR HOUSE |
ジャンル | ロック、フォーク |
来場者数 | 72,000人 |
備考 | 本項は映画のグッズ購入特典「復刻チケット」および公式サイトの記載に基づく |
ビートチャイルド(BEAT CHILD)は、1987年8月22日から23日にかけて熊本県阿蘇郡久木野村(現・南阿蘇村)にあるアスペクタで行われた日本初のオールナイト・ロック・フェスティバルである[1]。主催はくすミュージック・熊本県民テレビ・BEATCHILD ASSOCIATION。
1987年、この年にオープンしたばかりの熊本県野外劇場「アスペクタ」の杮落しとして行われた[2]。7万2千人の観客を全国から動員した[1]。司会はかなぶんやとマザーエンタープライズの福田信。
当日は、開場が14時、開演が18時、終演が翌朝6時というタイムスケジュールで行われた。オールナイト・コンサートのため、18才未満の入場は禁止された。
一部の時間を除き、激しい雨に見舞われたことで伝説化した[1]。本フェスはその後、ほとんど語られることがない幻のフェスとなり[3]、語られなかった理由には諸説あり[3]、200人近い報道陣が現地に来ていたが[3]、今日のように防水のカメラではないため、フィルムを1本撮りきったら蓋を開けることなく退散してしまった。そのうちの何人かは続々と倒れて運び込まれて来る観客の救助に当たった[3]。このため写真や映像自体が少なく、記事で取り上げられにくかったと伝わる[3]。このような状況下で11フィルム回して撮り続けたカメラマンがいたため、今日映像が残されている。後述する映画の監督・佐藤輝である[3]。
概要と経過
2013年現在、参加したアーティストの累計アルバム販売数が4000万枚を超えている。[4]当時の若者たちおよび後世に絶大な影響を与えたアーティストたちが、所属事務所やレーベルの垣根を超えて集まったイベントであったため、3万人の予定だったチケット販売数は、前日には7万人を超えていた。
この日のために、全日本空輸やJR九州などが協力し[5]、福岡空港からは会場への直送バスが出された。また、全国各地からもツアーバスが出されるなどした。
当日の天気予報は前日のリハーサルと同じ晴れとなっていたが、開演前に突然のスコールが会場を襲った。30分ほどで止んだものの、この大雨で通路や草地の会場はぬかるみ、入場の列がスムーズに進まず、外に何千人近くの入場者が足踏みしているままでの開演となった。
前座のTHE HEARTから、2組目のTHE BLUE HEARTS、4組目のRED WARRIORSまでは晴れていた[3]。客席だけではなく、演奏するステージ上にも屋根がなかった。6組目の岡村靖幸がステージに上がる頃に再び雨が降り出し[3]、客席は草地の斜面であったため、観客の足元は泥濘と化した。午後8時頃、再び大雨が会場を襲い、テントが壊れた[3]。この大雨によってセッティングも長引き、予定よりも1時間以上遅れて7組目に登場した白井貴子のステージでは機材が雨のため故障した[3]。白井は後に当時を振り返り、「誰かが後ろから『中止です』と言ってくれるのかな…と待っていた」[3]「気付いたら後ろで演奏していたはずのギタリストがテントの中に逃げていて、1人去り2人去り、前にあったモニターも無くなっていた。歌ってる私だけがステージに一人いた!」[3][6]「大抵のひどいことはやってきましたけど、あとにも先にもあんな酷いライブは経験がないです」[3]と語っている。その後も雨は止むことはなく、零時を周り日付が変わる頃には気温も急激に下がりはじめ、午前2時頃に11人目のアーティストとして尾崎豊がステージに登場した頃に、雨脚はピークを迎えた。会場一帯には大雨警報が出され、雨量71.5ミリメートルを観測したいわゆる記録的豪雨であり、ステージ上に水たまりができたほどであった[6][7][8]。雨雲と共に落雷の危険性が高まり、会場内に避雷針をたくさん立てて対応し始めた[3]。観客は寒さのあまり失神する者が続出し、何台もの救急車が会場外に出動した[5]。
会場となった熊本県野外劇場「アスペクタ」の一番広い楽屋は、運ばれてくる体調不良の観客の一時収容場所になり、ずぶ濡れの観客のため、アーティストたちのグッズのTシャツも無料で配られた[6]。BEAT CHILDで司会を務めたかなぶんやは、「スタッフが足りない中、HOUND DOGの大友さんが、運ばれてきた人たちにお茶やタオルを配っていたのはとても印象に残っています」と語っている[6]。
トリ前の渡辺美里の頃には雨は少し弱くなり[3]、夜明け前、トリとして登場した佐野元春のステージの時に雨は上がり[3]、朝日とともにフィナーレを迎えた[3]。
ECHOESのメンバーだった辻仁成も佐野のバックバンド「THE HEARTLAND」でギターを弾いており、後年、エッセイ『音楽が終わった夜に』で「まさにあれはウッドストックだった。エコーズは出演できなかったが、僕は佐野元春とハートランドのゲストとして飛び入りをした。人間で埋め尽くされた高原は圧巻であった。」と書き残している。
出演と演奏曲
- THE HEART、前座として登場。「I'm waiting for you」など。
- THE BLUE HEARTS -「未来は僕等の手の中」、「ハンマー」、「NO NO NO」、「爆弾が落っこちる時」、「世界のまん中」、「チェインギャング」、「人にやさしく」、「少年の詩」、「リンダ・リンダ」の全9曲。
- UP-BEAT -「EDEN」、「Time Bomb」、「Imitation Lovers」、「Kiss…いきなり天国」、「Kiss in the moonlight」の全5曲。
- RED WARRIORS - 「Casino Drive」、「FOOLISH GAMBLER」、「バラとワイン」、「SHOCK ME」、「WILD CHERRY」の全5曲。
- 小松康伸
- 岡村靖幸 - 「Water Bed」、「Out of Blue」、「Maria」、「Dog Days」、「Young Oh! Oh!」の全5曲
- 白井貴子&CRAZY BOYS - 「Non Age」、「CHANCE!」、「African Dreamer」、「Rock'n'Roll Paradise」、「Japanese Girls&Boys」、「今夜はIt's Allright」、「Next Gate」、「二人のSummer Time」の全7曲。
- HOUND DOG - 「SE〜炎のランナー」、「BAD BOY BLUES」、「OVER HEAT」、「ROCKS」、「ROLLING」、「今夜ハートで」、「Jのバラード」、「ラストシーン」、「Rock'n Roll Lariat」、「ラストヒーロー」、「ff(フォルティシモ)」の全11曲。
- BOØWY - 「IMAGE DOWN」、「ハイウェイに乗る前に」、「BABY ACTION」、「MARIONETTE」、「THE WILD ONE」、「BAD FEELING」、「WORKING MAN」、「B・BLUE」、「BEAT SWEET」、「ホンキー・トンキー・クレイジー」、「BLUE VACATION」、「NO. NEW YORK」、「DREAMIN'」、「ONLY YOU」の全14曲。
- THE STREET SLIDERS - 「Back To Back」、「HOLD ON」、「Downtown Sally」、「So Heavy」、「Lay dawn the city」、「Special Women」、「Boys Jump The Midnight」、「TOKYO JUNK」の全8曲。
- 尾崎豊 - 「シェリー」、「Driving All Night」、「Bow!」、「街角の風の中」、「十七歳の地図」、「Scrambling Rock'n'Roll」、「Freeze Moon」の全7曲。
- 渡辺美里 - 「Richじゃなくても」、「みつめていたい(Restin' in your Room)」、「風になれたら」、「Boys Cried」、「19才の秘かな欲望」、「Lazy Crazy Blueberry Pie」、「It's Tough」、「My Revolution」、「Long Night」、「GROWIN' UP」の全10曲。
- 佐野元春 with THE HEARTLAND - 「ガラスのジェネレーション」、「WILD HEARTS」、「君をさがしている」、「STRANGE DAYS(ゲストギター:辻仁成 from ECHOES)、黒水伸一・厚二 from THE SHAKES)」、「COMPLICATION SHAKEDOWN」、「99BLUES」、「INDIVIDUALISTS」、「SOMEDAY」、「YOUNG BLOODS」、「HAPPY MAN〜R&Rメドレー」の全10曲。
※本イベントの二週間前1987年8月5日、6日に、広島市でチャリティコンサート「広島ピースコンサート」の第二回があり、出演者の多くは本イベントにも出演していた[3][9][10]。1984年の「バンド・エイド」や1985年の「USAフォー・アフリカ」の影響で、1985年、浜田省吾やARB、竜童組らが参加した「アフリカセッション」、 同年吉田拓郎・オフコース、松任谷由実らが参加した「ALL TOGETHER NOW」、1986年から始まった「広島ピースコンサート」なども、アーティストたちが所属事務所やレーベルの垣根を超えて集まったものであり、本イベントがそれの最初ということではないが[3][9]、白井貴子は「ロックを掲げた日本のアーティストばかりが一堂に会したイベントは『ALL TOGETHER NOW』や『BEAT CHILD』なんかがあったこの時期が最初だと思う」と述べている[3]。
その後
本イベントの模様の一部は、地元テレビ局で放送されたほか、マザーエンタープライズ所属のアーティストのみで編集された『BEAT-CHILD FILM MOTHER ARTISTS EDITION』が全国8ヵ所の会館やホールで上映され、九州各地のテレビ局でも放映された。
出演したBOØWYの8枚組DVD BOX『“GIGS”BOX』のDISC4には、本イベントでの映像が収められている。同じく出演した尾崎豊のライブ・ビデオ『LIVE CORE』に収録されている「紙切れとバイブル」とライブ・ビデオ『告白 (Confession)』にも、本イベントでのライブ映像が使用されている。
また、BS2で2003年(平成15年)4月26日に放送された尾崎豊の特集番組の「永遠の肖像」では、本イベントで歌われた「Driving All Night」と「Bow!」が、2007年(平成19年)4月28日に放送された「尾崎豊 15年目のアイラブユー」では、「Bow!」と「街角の風の中」が放送されている。
映画『ベイビー大丈夫かっ BEATCHILD1987』
ベイビー大丈夫かっ BEATCHILD1987 | |
---|---|
監督 | 佐藤輝 |
製作 | テル ディレクターズ ファミリィ |
製作総指揮 | 佐藤輝 |
出演者 |
佐野元春 白井貴子 BOØWY 岡村靖幸 HOUND DOG THE STREET SLIDERS RED WARRIORS 尾崎豊 渡辺美里 THE BLUE HEARTS |
主題歌 | 「音楽はあるか」ウラニーノ(EPIC Records) |
製作会社 | 「ベイビー大丈夫かっ BEATCHILD1987」制作委員会 |
配給 | ライブ・ビューイング・ジャパン、マイシアター |
公開 | 2013年12月31日(限定再上映) |
上映時間 | 130分 |
製作国 | 日本 |
言語 | 日本語 |
『ベイビー大丈夫かっ BEATCHILD1987』(べいびーだいじょうぶかっ ビートチャイルドいちきゅうはちなな)は2013年10月26日に公開され、同年12月31日に一日限定で再上映されたドキュメンタリー映画[1]。
概要
上記イベント「BEAT CHILD」を映画化したもの。
これまで一部の映像は公開されていたが、権利問題の関係や音源の紛失から、映画化やDVD化は長らく難しいとされてきていた。しかし、2013年5月にイベントを企画制作したマザーエンタープライズの倉庫から雨音やノイズなどのないクリアなマスターテープが発見され、映像化への動きが一気に加速。尾崎豊をはじめ美空ひばりや矢沢永吉ら数多くのミュージシャンの映像作品を手掛けた佐藤輝が監督となり、当時のファンやスタッフなどの声も集め、ライブドキュメンタリー映画化した[7][6]。
公式サイトでは「TV放送、DVD化、ネット配信一切なし」「劇場限定、特別ロードショー」を標榜しており、実際に2022年現在も本作のメディア化および放送・配信は一切行われていない[11]。
BEAT CHILDにRED WARRIORSとして出演したダイアモンド☆ユカイは映画化の発表記者会見で「ついに来たか。本当にロックが熱かったころの世代の人たちが、これだけ集まってとにかくすごかった。あの時代の空気感とにおいを楽しんでくれ」と語っている[7]。
出演者
映画化にあたり、前座として登場したTHE HEARTと、UP-BEAT、小松康伸のステージは収録されていない。また、スタッフとして参加している六平直政の姿が、一瞬、映し出される。
- THE BLUE HEARTS
- RED WARRIORS
- 岡村靖幸
- 白井貴子&CRAZY BOYS
- HOUND DOG
- BOØWY
- THE STREET SLIDERS
- 尾崎豊
- 渡辺美里
- 佐野元春 with THE HEARTLAND
脚注
- ^ a b c d 濱口英樹「昭和62年 音楽 『新旧混在で市場拡大! 音楽の多様化が始まった。』 日本初のオールナイト・ロック・フェス開催!」『昭和40年男』2014年10月 vol.27、クレタパブリッシング、100頁。
- ^ チケット料金は前売りが¥4,500で当日は¥5,000であった(全ブロック指定)。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t 映画秘宝編集部(馬飼野元宏)「白井貴子が語る伝説のフェス『BEAT CHILD』の真実!」『映画秘宝』2013年12月号、洋泉社、24–25頁。
- ^ BEAT CHILD (ビートチャイルド) 映画公式サイト「ベイビー大丈夫かっ BEATCHILD1987」イントロダクション
- ^ a b BEAT CHILD (ビートチャイルド) 映画公式サイト「ベイビー大丈夫かっ BEATCHILD1987」ビートチャイルドとは?
- ^ a b c d e 『MUCHCOLOR マチカラ press vol.42』2013年10月号
- ^ a b c 26年ぶり蘇る!伝説のロックフェスが銀幕に!- SANSPO.COM
- ^ BEAT CHILD (ビートチャイルド) 映画公式サイト「ベイビー大丈夫かっ BEATCHILD1987」当時の記事
- ^ a b 田家秀樹『読むJ-POP 1945-1999私的全史』徳間書店、p258-261
- ^ イベントについて(広島ピースコンサート) | こうせつについて | 南こうせつ
- ^ ただし公式YouTubeチャンネルなどで「予告編」は公開されている。
外部リンク
- BEATCHILD (ビートチャイルド) 映画公式サイト「ベイビー大丈夫かっ BEATCHILD 1987」 - ウェイバックマシン(2016年4月17日アーカイブ分)
- BEAT CHILD 1987 (beatchild) - Facebook
- BEAT CHILD 1987 (@BEATCHILD_movie) - X(旧Twitter)
- BEATCHILD 1987 - YouTubeチャンネル