酒井忠告

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酒井忠告
時代 江戸時代中期
生誕 元禄2年12月28日1690年2月7日
死没 明和4年7月19日1767年8月13日
改名 森之助(幼名)→忠告
別名 監物(通称)
戒名 天戒院殿弥山観高大居士
墓所 東京都葛飾区高砂町の崇福寺
官位 従五位下、信濃守、下野
幕府 江戸幕府
上野伊勢崎藩
氏族 西尾氏酒井氏
父母 父:西尾忠成、母:小畠氏
養父:酒井忠寛
兄弟 西尾忠尚忠告
正室:牧野英成の娘
忠儔、次男、娘、
養子:忠温
養女:酒井忠儔の娘(忠温正室)

酒井 忠告(さかい ただつぐ)は、江戸時代中期の大名上野伊勢崎藩の第2代藩主。雅楽頭系酒井家支流2代。

元禄2年(1689年)12月28日、遠江横須賀藩主・西尾忠成の五男として横須賀に生まれる。元禄16年(1703年)に酒井忠寛が嗣子無くして死去したため、養子として宝永元年(1704年)に跡を継いだ。宝永4年(1707年)に叙任し、延享4年(1747年)6月に大坂定番となる。宝暦元年(1751年)には奏者番となるが、宝暦8年(1758年)6月に辞職する。宝暦13年(1763年)6月27日、嫡男の忠儔が早世していたため、養子の忠温に家督を譲って隠居し、明和4年(1767年)7月19日に死去した。享年79。