酒井忠篤 (安房勝山藩主)

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酒井 忠篤
時代 江戸時代中期
生誕 元禄16年(1703年
死没 元文2年5月13日1737年6月11日
別名 右近(通称)
戒名 潜龍院殿洞雲覚睡大居士
墓所 東京都港区愛宕青松寺
官位 従五位下、越前
幕府 江戸幕府
主君 徳川家宣家継吉宗
安房勝山藩
氏族 雅楽頭酒井家
父母 父:酒井忠胤、母:石川憲之の娘
正室空眠家子前田正甫の娘)
忠大、娘(関盛時正室)

酒井 忠篤(さかい ただあつ)は、安房勝山藩の第3代藩主。第2代主・酒井忠胤の長男。

正徳2年(1712年)、父の死去により跡を継いだ。享保2年(1717年)12月に叙任する。享保10年(1725年)、大坂加番を務めた。元文2年(1737年)5月13日、35歳で死去し、跡を長男の忠大が継いだ。