酒井忠克

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酒井 忠克(さかい ただたえ、1883年明治16年)11月2日 - 1939年昭和14年)6月17日[1])は、日本の宮内官僚政治家華族貴族院伯爵議員

経歴[編集]

東京府出身。伯爵酒井忠道の二男として生まれる[1][2]1906年学習院高等科を卒業し、さらに東京帝国大学法科大学を修了[2][3]。父・忠道の死去に伴い、1920年3月10日、家督を相続し伯爵を襲爵した[1][4]

1914年以降、主猟官、式部官兼主猟官、中央失業対策委員会委員などを務めた[3]

1925年7月、貴族院伯爵議員に選出され、研究会に属して死去するまで在任した[3]

栄典[編集]

親族[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 『平成新修旧華族家系大成』上巻、645-646頁。
  2. ^ a b 『人事興信録』第10版 上、サ107頁。
  3. ^ a b c 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』26頁。
  4. ^ 『官報』第2279号、大正9年3月11日。
  5. ^ 『官報』第1499号・付録「辞令二」1931年12月28日。

参考文献[編集]

  • 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成』上巻、霞会館、1996年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 人事興信所編『人事興信録』第10版 上、1934年。


日本の爵位
先代:
酒井忠道
伯爵
小浜酒井家第2代
1920年 - 1939年
次代:
酒井忠博