西方駅

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西方駅
ホーム
ホーム
にしかた
Nishikata
薩摩大川 (3.9km)
(2.7km) 薩摩高城
所在地 鹿児島県薩摩川内市西方町3223番地
所属事業者 肥薩おれんじ鉄道
所属路線 肥薩おれんじ鉄道線
キロ程 99.6km(八代起点)
331.9km(門司港起点)
電報略号 オレニカ
駅構造 地上駅
ホーム 相対式 2面2線
乗車人員
-統計年度-
8人/日(降車客含まず)
-2015年-
乗降人員
-統計年度-
19人/日
-2015年-
開業年月日 1922年(大正11年)7月1日
備考 無人駅
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西方駅(にしかたえき)は、鹿児島県薩摩川内市西方町にある、肥薩おれんじ鉄道線

駅構造[編集]

相対式2面2線ホームの地上駅である。無人駅。上り方に保線用の側線が設けられている。

国鉄時代は2面3線構造の有人駅でコンクリート製の大きな白い駅舎が立ち、上り方に貨物用の側線と貨物ホーム、駅舎の両隣に国鉄官舎が設置されていた。ピーク時であった1970年代は夏休みや連休を中心に近隣の西方海水浴場への海水浴客や川内高城温泉への観光客、湯治客で大変賑わい、優等列車が臨時停車したり西鹿児島駅方面から当駅止まりの臨時列車も数本設定されていた。1983年に無人化され官舎などが撤去されて駅構内の規模は縮小していたが、1980年代末期まで多客期となる夏季の夏休み期間中に海水浴客対応のため川内駅から応援の駅員が派遣され、上田浦駅肥後二見駅折口駅と同じように期間限定の終日有人駅になっていた。その後、完全無人化に伴い1988年頃に駅舎が解体されるとともに簡易待合室が設置され、2000年頃に中線が使用停止され実質2面2線となって現在に至る。使用停止となった中線はその後信号機と架線、本線に交わるポイントレール部分が撤去された状態で長年放置されていたが、2004年3月に肥薩おれんじ鉄道に移管された際に線路が完全に撤去された。

近隣に西方海水浴場があるため、夏休みを中心に海水浴客で賑わう。また、毎年8月上旬に開催される「海・ふれ愛in西方夏祭り納涼大会」の最寄り駅であるため、開催日は駅前やホームが大変混雑する。そのためJR九州から経営移管された後も2006年開催日までは当駅 - 川内間で臨時列車が1往復設定されていた。

のりば[編集]

 のりば[編集]

のりば 路線 方向 行先 備考
1 肥薩おれんじ鉄道線 上り 出水水俣八代方面
1・2 下り 川内方面 大半の列車は1番のりば発着

基本的に上下列車とも1番線に入線し、列車交換を行う時のみ下り列車が2番線に入線する。2番線は出水方面・川内方面のどちらからも発着出来るが、2番線発着の上り列車は臨時列車を除いては設定されていない。

JR九州時代は2番線ホームの跨線橋のすぐ前に1927年に建てられた古い木造の待合室が残っていたが、肥薩おれんじ鉄道に経営移管されホームのかさ上げ工事が行われた際に取り壊されて撤去された。

駅周辺[編集]

駅前

利用状況[編集]

2015年度の1日平均乗車人員は8人である。

年度 1日平均
乗車人員
1日平均
乗降人員
2007 22 45
2008 25 53
2009 18 39
2010 19 40
2011 16 34
2012 11 26
2013 7 19
2014 7 17
2015 8 19

歴史[編集]

駅名の由来[編集]

開業当時の地名(薩摩郡高城村大字西方)が由来。

「西方」の地名の由来ははっきりしていないが、一説にはこの地には古くから高城郡が置かれ、西方は高城郡に西の端にしていた事から「西ノ方(にしのかた)」や「西端、西肩(にしかた)」などと読まれており、それが「西方」に転化したという説や、古代の出水郡国形郷の「国形」が転訛したものに由来しているという説もある[2]

隣の駅[編集]

※(▲):土休日のみ運転

肥薩おれんじ鉄道
肥薩おれんじ鉄道線
快速「オーシャンライナーさつま」(▲)
通過
快速「スーパーおれんじ」(1号のみ停車)(▲)・普通
薩摩大川駅 - 西方駅 - 薩摩高城駅

脚注[編集]

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  1. ^ 『川内市史 下巻』 p.553 川内市
  2. ^ 角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店 p.495

関連項目[編集]

外部リンク[編集]