糸井羊司

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いとい ようじ
糸井 羊司
プロフィール
愛称 糸ようじ
出身地 日本の旗 日本 三重県四日市市泊山崎町
生年月日 (1977-11-28) 1977年11月28日(43歳)
最終学歴 上智大学文学部新聞学科卒業
勤務局 NHK放送センター
部署 東京アナウンス室
職歴 福島名古屋東京アナウンス室札幌→東京アナウンス室
活動期間 2000年 -
ジャンル 報道、ニュースリーダー(影読み)
配偶者 あり
公式サイト NHKアナウンスルーム
出演番組・活動
出演中 本文参照
出演経歴 本文参照
備考
気象予報士

糸井 羊司(いとい ようじ、1977年11月28日 - )は、NHKアナウンサー

人物[編集]

三重県四日市市出身。小学校卒業後に神奈川県川崎市に転居する。神奈川県立多摩高等学校[1]上智大学文学部新聞学科卒業後、2000年に入局。気象予報士の資格を持つ[2]

挿話[編集]

幼い頃からクイズに興味を持ち、小学校6年生の時に『天才クイズ』(中部日本放送)に出場し、天才賞に輝いた。また、高校2年生から大学4年生まで『オールスター感謝祭』(TBSテレビ)のスタッフとして問題制作に参加していた時期がある[2][3]

アナウンサーを志したきっかけは、小学生の頃に好きだった『ザ・ベストテン』(TBSテレビ)が復活した際に司会をやりたい、というもの[2]1995年第42回NHK杯全国高校放送コンテストアナウンス部門で4位入賞している[1]

幼少からの熱烈な鉄道ファンでもあり、3人の息子とともに『NHKニュースおはよう日本』のブログで度々取り上げられている。また、『おはよう北海道 土曜プラス』担当時には北海道新幹線の話題が取り上げられた際、自身が所有してる新幹線Nゲージの模型を番組内で披露したことをブログで明かした。

2015年2月22日放送分の『今夜も生でさだまさし』にてメッセージを寄せ、2015年最初の定時ニュース(2015年1月1日 0:15 - 0:20)を担当したことについて、上司に「羊年の最初のニュースの担当になったのは意図的か」との問いに上司があっさり頷いた、とのエピソードを披露している。なお、糸井自身は巳年生まれで、名前の「羊司」はクリスチャンの母親が「羊を司る」ことに由来して当てたものだという[4]

2021年2月13日深夜発生の福島県沖地震を受けた、翌14日朝5時の定時ニュースを担当した際、冒頭の挨拶につづけて、「(深夜の大地震とその余震で)ほとんど眠れなかった方、早く目覚めてしまった方、ともにお疲れのことと思います」「できるだけ安全な場所で少し目を閉じながらでもかまいませんので、最新の情報をお聞きいただければと思います」と原稿にないメッセージを伝え、話題となった[5][6]

母子家庭で育つ。

4人の息子の父親。個人で中古の業務用カメラを所有しており、風景の移り変わりや子供らの成長を撮影するのが趣味になっているという[2]

現在の担当番組[編集]

過去の担当番組[編集]

福島放送局時代
  • 福島県のニュース・中継・リポート
名古屋放送局時代
東京アナウンス室時代(1度目)
札幌放送局時代
東京アナウンス室時代(2度目)

脚注[編集]

  1. ^ a b 放送コンテストの歩み”. NHK杯全国高校放送コンテスト公式サイト. 2021年3月21日閲覧。
  2. ^ a b c d アナウンサー仕事の流儀 糸井羊司”. NHKアナウンサールーム. 2021年3月21日閲覧。
  3. ^ まちかど情報室 臨時で担当です”. おはよう日本 出演者ブログ. 2016年5月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年3月21日閲覧。
  4. ^ 札幌放送局時代のプロフィールより
  5. ^ “地震伝えたNHK糸井アナがトレンド急上昇 温かい言葉が「一人ひとりに届く」”. デイリースポーツ. (2021年2月14日). https://www.daily.co.jp/gossip/2021/02/14/0014079641.shtml 2021年3月21日閲覧。 
  6. ^ テレビ災害報道の変化 L字放送の定番化、危機感伝わる呼びかけに”. NEWSポストセブン (2021年3月2日). 2021年3月21日閲覧。
  7. ^ a b c d 2019年度は滑川和男と、2020年度は小澤康喬の隔週交代。

外部リンク[編集]