柴田光太郎

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しばた こうたろう
柴田 光太郎
本名 柴田 英光
しばた ひでみつ
生年月日 1966年1月13日(50歳)
出生地 日本の旗 日本東京都
身長 184cm
血液型 B型
職業 俳優
ジャンル テレビドラマ・舞台・映画
活動期間 1998年 -
活動内容 1995年:レポーターとして芸能界デビュー。
1998年:俳優デビュー。
配偶者 あり
著名な家族 田宮二郎(父)
藤由紀子(母)
田宮五郎(弟)
事務所 ブレイブ
公式サイト 柴田光太郎オフィシャルウェブサイト
主な作品
テレビドラマ
『必要のない人』
映画
ボディ・ジャック
時をかける少女

柴田 光太郎(しばた こうたろう、1966年1月13日 - )は、日本俳優司会者、テレビリポーター、教育者高等学校教師)。本名、柴田 英光(しばた ひでみつ)。愛称は、柴ちん

東京都出身。ブレイブ所属。

父は「クイズタイムショック」や「白い巨塔」などの代表作で知られる俳優司会者田宮二郎、母は元女優の藤由紀子、弟は俳優の田宮五郎(偶然にも同じ誕生日)。

略歴[編集]

人物[編集]

学習院大学文学部英米文学科卒業、学習院大学大学院人文科学研究科イギリス文学専攻博士前期課程を修了後、中学・高校(学習院中等科・高等科)の英語教師、フランスでの語学留学を経験している。

学習院教員時代は生徒から「柴ちん」の愛称で親しまれたが、僅か3年で教職を辞め、フランスに語学留学。

1995年、米国留学を9月に予定していたが、フランスに留学中の8月にテレビ番組への出演要請により、10月フジテレビジョンワイドショーおはよう!ナイスデイ」のレポーターとしてテレビデビューし、硬派ジャーナリストとしての期待も高まりつつあった。

1998年7月からテレビ朝日ワイド!スクランブル」のレポーターも担当。同年10月にNHK総合テレビ水曜ドラマ「必要のない人」で父と同じ俳優業に進出し、テレビ・舞台で活躍を続けている。

2002年3月、福祉関係の仕事をしている女性と結婚[1]。1男2女を儲ける。

2007年4月広尾学園高等学校にて教鞭を執っている(英語科)。但し芸能活動は完全に引退せず、教職を第一・教職業務に支障のない範囲に限定し芸能活動を続行し今日に至る。

エピソード[編集]

  • 少年時代に死去した父についてマスコミから冷たい記事ばかり書かれ、「父を失った家族のことを考えずにこの人たちは何を考えているんだろう?」と思いレポーターになったとテレビ番組で号泣しながら語っている。
  • 初めてレポーターを務めた際、父の自殺でマスコミから取材攻めにされたトラウマがフラッシュバックして何も喋れなくなってしまった。
    その日の本番終了後、カメラマンから「オレは片方の眼でファインダーを、もう片方の眼でお前を見ている。だから、お前はオレの眼に向かって話すことだけ考えろ!」と言われ、どうにかトラウマを克服したという(週刊文春誌のインタビューより[要追加記述])。
  • 一時期は「テレビレポートの勉強になるから」という理由で、東京都内のタクシー会社で配車係もしていた経験がある(週刊文春誌のインタビューより[要追加記述])。
  • 秋篠宮文仁親王黒田慶樹黒田清子の夫)とは学習院初等科からの同級生であり、黒田のことは「クロちゃん」と呼んでいる。
  • タイムショック21テレビ朝日)では解答者として、親子2代の出演を果たす。
  • 5時に夢中!の4代目MCを2008年1月 - 12月まで務め、番組内では「変態キャラ」を確立させて、岩井志麻子中瀬ゆかりからいじられていた。
  • 5時に夢中!降板後は、岩井志麻子の長男の家庭教師をしていた。

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

舞台[編集]

  • ア・フューグッドメン(1998年)
  • 友情〜秋桜のバラード〜(1999年)
  • 夢番地一丁目(2000年)
  • ファイティングベイビー(2004年)
  • 幸せ猫 〜夢のかたちを探して〜(2004年)

映画[編集]

ラジオドラマ[編集]

バラエティ[編集]

その他のテレビ番組[編集]

脚注[編集]

  1. ^ “故田宮二郎の長男ができちゃった婚”. 夕刊フジ (産経新聞社). (2002年8月5日). http://www.zakzak.co.jp/geino/n-2002_08/g2002080505.html 2014年11月30日閲覧。 
  2. ^ THE HYBRID 鵺の仔

外部リンク[編集]