東京朝鮮中高級学校

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東京朝鮮中高級学校
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東京朝鮮中高級学校(とうきょうちょうせんちゅうこうきゅうがっこう、도꾜조선중고급학교)は、東京都北区十条台にある学校法人東京朝鮮学園が運営する朝鮮学校である。各種学校(非一条校)に属し、日本の中学校・高等学校に相当する教育を行っていると謳っている。全盛期には中級部と高級部を併せて3,000名を超す生徒数のマンモス校であったが、近年は少子化のみならず朝鮮総連からの脱退や離反をした卒業生の増加、また日本の中学校や高等学校へ進学する生徒の増加に伴い生徒数が減少している(この学校に限ったことではなく、また、幼稚園から大学まで全体的な生徒数および学校施設自体の統廃合も進んでいる[1])。

校章[編集]

通称「三ペン」。三本のペンは勤勉三つのハンマーは勤労を象徴し、三千里錦繍江山と朝鮮民族三千万(当時の南北合計人口)を表現した。

沿革[編集]

  • 1946年 - 日本国内初、在日朝鮮人の中等教育機関として東京朝鮮中等学校 創立(現在の中級部)。
  • 1946年 - 東京都知事から設置認可を受ける。
  • 1948年 - 本校に高等部(現在の高級部)を併設、東京朝鮮中高等学校(後に東京朝鮮中高級学校)。
  • 1949年 - 朝鮮学校閉鎖令施行にともない、東京都立朝鮮人中高等学校になる。
  • 1951年 - 王子朝鮮人学校事件が起きる。
  • 1954年 - 本校高等部蹴球部が第33回全国高等学校蹴球選手権大会に都立高校として出場し、準決勝戦進出(vs.浦和高)。
  • 1955年 - 東京都から移管され学校法人東京朝鮮学園が運営する非一条校の朝鮮学校となる。
  • 1957年 - 西日本の朝鮮総連系在日商工人らによって秘密裏に工面された資金が、北朝鮮からの「第1次教育援助費・奨学金」という名目で贈られる。
  • 1962年 - 本校高級部に師範科を設置。
  • 1965年 - 鉄筋5階建て校舎(旧本館)を竣工。
  • 1970年 - 鉄筋4階建て校舎2号館を竣工。
  • 1971年 - 体育館(東京朝鮮文化会館)を竣工。
  • 1974年 - 本校高級部に商業科を設置。
  • 1977年 - 本校高級部2年生進級時、「文系クラス」と「理数系クラス」に学級編成を分ける。
  • 1987年 - 本校高級部の吹奏楽部が第35回全日本吹奏楽コンクール・高校の部(東京都杉並区にある普門館にて開催)へ東京支部代表として出場し銅賞を受賞(当大会のもう1つの東京支部代表は関東一高であり共に銅賞であった)。以後、1991年まで東京都吹奏楽コンクール(当該大会が支部大会であり全国大会への最終予選)へ出場。[2]
  • 1988年 - 本校高級部の吹奏楽部が、日本中国友好協会(東京都)からの推薦を受け、中華人民共和国(北京市吉林市瀋陽市)を親善訪問し特別演奏会を開催。金日成主席所縁の地である吉林毓文中学校を表敬訪問。
  • 1989年 - 日本高等学校吹奏楽連盟主催の第1回全日本高等学校選抜吹奏楽大会(静岡県浜松市にて開催)へ出場。翌1990年の第2回選抜大会へも連続出場。
  • 1990年 - 本校高級部の蹴球部OB会が発起人となり、その年の全国高校サッカー大会ベスト8校を含む全国の強豪校十数校を集めて《第1回イギョラ杯》を開催。
  • 1991年 - 本校高級部の野球部が全国高等学校野球連盟主催の公式大会に初出場。
  • 1994年 - 本校高級部の拳闘部員6名が東京都代表として全国高校総体に初出場。
  • 1997年 - 本校高級部の蹴球部が「全国高等学校サッカー選手権大会」東京都予選大会準優勝(決勝戦vs.帝京高)。
  • 1998年 - 新校舎を竣工。
  • 1998年 - 本校高級部に「情報処理科」及び「体育科」を新設。
  • 1999年 - 本校中級部の蹴球部が650余校が参加した「東京都中学校サッカー春季大会」で3位。
  • 2000年 - 本校高級部の闘球部が「全国高等学校ラグビー・フットボール大会」東京都予選大会準優勝(決勝戦vs.東京高)。
  • 2000年 - 本校高級部の舞踊部がアメリカを訪問して舞踊公演。
  • 2001年 - 本校高級部の生徒が「NHK青春メッセージ2001」に出場し「審査員特別賞」を受賞。
  • 2001年 - 本校高級部の拳闘部員が「全国高等学校ボクシング選抜大会」で優勝。
  • 2002年 - 本校高級部の生徒が「NHK青春メッセージ2002」に出場し「審査員特別賞」を受賞。
  • 2002年 - 本校中級部・高級部の生徒を含む「在日朝鮮学生少年芸術団」が初の大韓民国ソウル特別市全羅北道全州市で公演。
  • 2006年 - 本校創立60周年記念行事を盛大に開催。
  • 2006年 - 本校高級部の闘球部員1名が<第61回国民体育大会>に初選出。
  • 2006年 - 本校高級部の闘球部が「全国高等学校ラグビー・フットボール大会」東京都予選大会準優勝(決勝戦vs.東京高)。
  • 2007年 - 本校中級部の蹴球部が630余校が参加した「第46回東京都中学校総合体育大会 兼 第60回東京都サッカー選手権大会」で優勝(決勝戦vs.麻布中)、「第38回関東中学校サッカー大会(全国大会予選)」出場。
  • 2008年 - 本校中級部の蹴球部が630余校が参加した「第47回東京都中学校総合体育大会 兼 第61回東京都中学校サッカー選手権大会」で2年連続優勝(決勝戦vs.東村山第四中)、「第39回関東中学校サッカー大会(全国大会予選)」に2年連続出場。
  • 2008年 - 本校高級部2年生の蹴球部員1名が「第63回国民体育大会“チャレンジ!おおいた国体”」に初選出。 また闘球部員1名も選出。
  • 2009年 - 本校中級部に闘球部を創設、毎日新聞にも紹介される。
  • 2009年 - 「2009年度ラグビー高校日本代表候補選手」に本校高級部の闘球部員1名が選出。
  • 2009年 - 本校高級部の蹴球部が「関東高等学校サッカー大会」に初出場。
  • 2009年 - 本校高級部の闘球部が「全国高等学校ラグビー・フットボール大会」東京都予選大会準優勝(決勝戦vs.國學院大學久我山高)。
  • 2015年 - 本校高級部の闘球部が「全国高等学校ラグビー・フットボール大会」東京都予選大会優勝(決勝戦vs.明治大学付属中野高)。「第95回全国高等学校ラグビーフットボール大会」出場。

学科[編集]

  • 高級部普通科
  • 高級部商業科
  • 高級部情報処理科
  • 中級部

クラブ活動[編集]

本校高級部の体育会クラブは、全国高等学校体育連盟は加盟資格を一条校に限定していたため[3]1955年に運営が東京都から学校法人東京朝鮮学園に移管されて非一条校の朝鮮学校となって以降、公式戦への出場資格を喪失した[4]

本校蹴球部は1954年に「東京都立朝鮮人学校」として全国高等学校サッカー選手権大会に出場した[4]。当時の本校は都立高校であったため出場資格を得ることができた[5]。しかし1955年以降は、高校サッカー選手権大会をはじめとする大会へ参加できない状態が続いていた。

一方で、1960年代から公式大会に出場していた吹奏楽部は1987年全日本吹奏楽コンクール(高等学校の部)へ東京支部代表として出場するなど、躍進を遂げていた[6]

こうした吹奏楽部の活躍もあってサッカー部や他の運動部の公式大会への出場に対する気運が高まり、サッカー部は李済華(東京朝鮮高級学校サッカー部監督)や尹台祚(茨城朝鮮高級学校サッカー部監督)の働きかけによって[7]、高体連には準加盟扱いで1994年よりインターハイに、1996年より高校サッカー選手権大会に出場できるようになった[3][4]。またイギョラカップは、高校サッカー選手権大会などに代わる場として、東京朝鮮中高級学校サッカー部OB会の主催で1990年に開始した[8]

体育会クラブ[編集]

高級部体育会クラブ[編集]

中級部体育会クラブ[編集]

  • 蹴球部(サッカー)
  • 闘球部(ラグビー)
  • 籠球部(バスケットボール)
  • 排球部(バレーボール)
  • 卓球部


文化芸術会クラブ[編集]

高等部文化芸術会クラブ[編集]

  • 吹奏楽部
  • 合唱部
  • 舞踊部
  • 民族管弦楽部
  • 美術部
  • 口演部
  • 数学部

中等部文化芸術会クラブ[編集]

  • 吹奏楽部
  • 舞踊部
  • 民族管弦楽部
  • 声楽部
  • 美術部

出身者[編集]

生徒数[編集]

2010年3月の時点で727人。[9]

2013年度には、599人(高級部432人、中級部167人)となった。[10]

所在地[編集]

十条駅東日本旅客鉄道(JR東日本)埼京線)から徒歩7分
東十条駅JR京浜東北線)から徒歩15分

脚注[編集]

関連文献[編集]

  • "東京朝鮮中高級学校 (作品と方法(1960-1975))." 建築 (176), p86-89, 1975-07. 中外出版. See profile at CiNii.

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度45分31.9秒 東経139度43分5.7秒 / 北緯35.758861度 東経139.718250度 / 35.758861; 139.718250