チマチョゴリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
チマチョゴリ
各種表記
ハングル 치마 저고리
漢字
発音 チマ チョゴリ
ローマ字 chima jeogori
テンプレートを表示
1910年代 チマチョゴリを着用した母子
チョゴリを着用する男性

チマチョゴリ朝鮮語: 치마 저고리英語: chima jeogori)は、朝鮮民族衣装である朝鮮服の一種で、チマとチョゴリを着た女性の装いである。

概要[編集]

女性用朝鮮服は、男女共通の上着であるチョゴリ(襦)と、巻きスカートであるチマ(裳)によって構成される。

韓国では、現在 袖のやわらかな曲線、全体を引きしめる白地のトンジョン(半襟)、合わせ着のように着る形が、「民族衣装韓服の3大美」とされている。しかし、近年では合わせ襟でない形式のチョゴリも登場している。

日本国内にある朝鮮学校では、女子学生の制服としてチマチョゴリの様式を取り入れている(→朝鮮学校#制服の項参照)。これは白いチョゴリと黒いチマを着用するものだが、北朝鮮ではこの色彩のチマチョゴリが女性の正装になっている。なお、韓国ではこの色彩のチマチョゴリは一般に見られない。

歴史[編集]

1910年代 乳房を露出したチョゴリを着用する庶民階級の女性

李氏朝鮮前期にはキーセン文化が根強い朝鮮半島では両班の求めに応じて妾になることが要求されたため女性が乳房を隠す事を禁じられた。朝鮮女性は自らも露命を繋ぐために自ら乳房を露出して両班を誘惑して妾になることが誇りとされてきた。華奢な上体と豊満な下体が美しいとされ、チョゴリの身丈は急速に短くなってチマは長く幅広くなった。やがて妓女服の影響で身丈の短いチョゴリと狭い幅の袖が流行し、服の着脱の度に袖をほどかなければならないほどになったこともあった。

朝鮮人は1897年李氏朝鮮時代になっても未だ針一本作れず染色技術も乏しいため一般庶民は白衣を身に着けた。土地の所有権ナシ、商店ナシ、行商人のみアリ[1]。シナ地域と朝鮮半島は全く対等ではなかった。今で言えば、先進技術国の隣に極貧国があるようなものである。朝鮮には一次産品以外売るものがなかった。シナの針や染色衣料などの技術品を得ようとすれば、米・布が流れ出し、飢餓輸出になってしまう。12世紀からは銀が流出し、2世紀あまりで朝鮮半島の銀山は掘りつくされてしまうのである[1]。李氏朝鮮時代になると朝鮮半島の経済はずっとシナ地域に対して防衛的になった。特権商人が対馬との交易でシナの白糸と日本銀を交換する。その日本銀で朝貢使節に下人や馬夫身分で200人、300人単位でついてゆき、支配階級のために北京で高度な技術品や芸術品を買い付けるのである。人数分ご褒美もくれるのでこれも売り物になった。女真族がシナ地域の征服者になり清朝を開くと、大きな貢物を要求されたので、この供給も彼らの仕事になった[1]。李氏朝鮮は18世紀まで古代に固定されていた。これがガラガラと崩れてゆく。17世紀以来の商人ギルドは、支配階級自らが他の商人たちと個別に結託したので穴あきになり、他方民間では自前の染料がないので民衆は白衣姿、結局針一本作れない技術水準のまま近代日本に併呑された[1]。というのは有名である。李氏の禁令とキーセン文化の象徴でチョゴリが乳房を覆えなくなるほど身丈が短くなると、両班の妾は通常胸覆いを使うこともあったが、一般的には胸を露出してすごしていた。特に男児を生んだ女性は乳房を露出することもあり、李朝時代に描かれた風俗画や李朝末期から20世紀半ばにかけての朝鮮風俗を撮った写真には、乳房を露出した女性の姿が多く見られる。

日韓併合後には、路上で女性が乳房を露出して風紀を乱す事を禁止されたため、女性は胸を隠しチョゴリの身丈は長くなった。また日本統治によって何世紀も続いていたキーセン文化女・子どもの売買が禁じられ、女・子どもにも名前がつけられるようにもなった。[要出典]

現在一般に見られるチマチョゴリは化学繊維の生地に原色を使い刺繍など派手な物が多い。しかし、李氏朝鮮は何世紀も続いた紛争で極貧のどん底。伝染病が蔓延し病人がでれば山にすててきた。1897年李氏朝鮮時代になっても土地なし、商店なし、行商人のみあり、針一本作る技術なし原始生活をしていた。染料技術が乏しいため生成りのチマチョゴリを主にきていた。色付き柄付きチマチョゴリは中国から購入した刺繍された生地を物々交換して入手する贅沢品のため、一般人には入手できず。両班の妾か中国に献上された韓国人女性だけにきる事ができた贅沢品であった。欧米の来訪者から「白衣民族」といわたこともあった。昔は通常漂白されていない生成りの白い服を着用していた。また洗濯すると生地が傷むといってそのまま着用しつづけることが多かった。この背景には李氏朝廷による庶民に対する色付きの服の着用の制限の影響もある。ただし女性のチマはこの限りでは無く、少女と未婚女性および花嫁は赤いチマ、既婚女性や中年女性は藍色のチマ、老女はあさぎ色や灰色のチマとチョゴリを着用することもあった。日韓併合期に色彩は更に多様化し、従来使用しない色合いや複数色・細かい装飾を施されたチマチョゴリを「倭色」と呼んだ。これは日本の和服の影響や、明治維新以降に大量生産され始めた織物の流入によるものである。

チマチョゴリ用語[編集]

チョゴリ / 저고리
上着。男女共通ではあるが、女性用チョゴリの身丈は男性用より短い。
オッコルム / 옷고름
装飾用のリボン状の紐。本来は着用のためについていた服の結び紐。
チマ / 치마
巻きスカート。胸からくるぶしまでの長さがある。
ソッチョゴリ / 속저고리
チョゴリの下に着用する下着。
ソッチマ / 속치마
スリップ状の下着。本来はチマと同型。
ソッパジ / 속바지
ズボン状の下着。
ポソン / 버선
靴下、足袋。男女共通。

着用方法[編集]

  1. ソッパジを着る
  2. ポソンを履く
  3. ソッチマを着る
  4. チマを着る:ひもは胸の下で結び、固定する。
  5. ソッチョゴリを着る
  6. チョゴリを着る:内側のひも又はボタンで留める。
  7. オッコルムを結ぶ:片方が輪になるように結ぶ。
  8. (動画[1]

関連図書[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]