九八式軽戦車

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九八式軽戦車 ケニ
Type 98 light tank.jpg
大型転輪を装備した試作車(ケニB)
性能諸元
全長 4.11m
全幅 2.12 m
全高 1.82 m
重量 自重6.2t[1] 全備重量7.2t
懸架方式 シーソー式連動懸架(量産型)
独立懸架(ケニB)[2]
速度 50 km/h(量産型)
55 km/h(ケニB)[2]
行動距離 300 km
主砲 一〇〇式37mm戦車砲×1
副武装 九七式7.7mm車載重機関銃×1
(主砲同軸)
装甲 6~16 mm
エンジン 統制一〇〇型
空冷直列6気筒ディーゼル
130 馬力 / 2100 rpm
乗員 3 名(車長、操縦手、砲手)
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九八式軽戦車 ケニ(きゅうはちしきけいせんしゃけに)は九五式軽戦車の後継車輛である軽戦車。九五式軽戦車の後継として1938年から設計が開発されたが、実際の試作車の完成は1939年9月にずれ込んだ。

概要[編集]

車体全高が低く抑えられ、また装甲板の接合に溶接を取り入れたことで、最大装甲厚が九五式軽戦車の12mmから16mmへと強化されているにもかかわらず、重量も軽減された上に速度も向上した。被弾経始にも考慮され、九七式中戦車のように砲塔や車体上部が斜めの装甲板に囲まれている。

開発時には、後輪駆動の採用、油圧操縦による丸ハンドル式の操向装置を備え、独立懸架による大型転輪を片側に4個有し、最高時速55km/hを発揮するケニB[2]と呼ばれるタイプ(性能表参照)も試作されたが、量産型では従来通りのシーソー式連動懸架と前輪駆動を採用した。また従来では外部に露出していたサスペンション機構は車体内部に納められ、被弾にも強くなっている。

主砲には一〇〇式37mm戦車砲を採用し、九五式軽戦車の九四式37mm戦車砲に比べて攻撃力が改善されている。車載機銃は車体前面機銃と砲塔後部の機銃を廃止し、砲塔前面に主砲同軸に配置されている。このため敵歩兵への即応性が大幅に向上した。これにともなって砲塔は二名用となり、偵察能力も向上した。しかし車体に対し主砲の開発は遅れ、一〇〇式37mm戦車砲が制式化されたのは1941年(昭和16年)のことである。

エンジンは統制一〇〇型空冷直列6気筒ディーゼルに変更され、消音器(マフラー)は、機関室の右側面後方のフェンダー上に1つ配置されていた。本車の燃料タンク(燃料槽)の搭載容積は128Lであった[3]

九八式軽戦車は九五式軽戦車より多くの面で改良されたものの、決定的な性能差にはつながらなかった。このことから日本陸軍では既に生産が軌道に乗っており、信頼性も十分であった九五式軽戦車の生産を優先して行った。そのため九五式軽戦車の生産数2,378輛にたいし、九八式軽戦車の生産数は113輛にとどまっている。

本車の改良型に二式軽戦車ケトがある。

バリエーション[編集]

  • 試製対空戦車 タセ:九八式軽戦車の車台に、単装の九八式二十粍高射機関砲を砲塔形式で搭載した対空戦車
  • 試製対空戦車 ソキ:九八式軽戦車の車台に、連装(双連)の二式二十粍高射機関砲(ソキ砲)をオープントップ形式で搭載した対空戦車。
  • 試製47㎜戦車砲搭載型:戦車学校の要望により、九八式軽戦車の主砲を試製47㎜戦車砲(後の一式47mm戦車砲)に換装した試作車両。換装の際には専用の小型砲塔を用いたという。1940年(昭和15年)末~1941年(昭和16年)初頭に完成した[4]。しかし、小型砲塔では砲の操作が難しかったため採用されなかった。
  • 九八式軽戦車改:九八式軽戦車の車台にチハの新砲塔を一式47mm戦車砲付きでまるごと搭載した計画車輌。

登場作品[編集]

World of Tanks
Type 98 Ke-Niとして開発可能。
World of Tanks Blitz
Type 98 Ke-Niとして開発可能。クリスティー式サスペンションのケニBもKe-Ni Bとして販売されていたが、通常開発可能なKe-Niと比較して性能が優越しすぎていた為、バランスブレイカーであるとしてわずか2日で販売中止となった。
なお、両車とも主砲の37mm砲は何故か自動装填砲として扱われている。

脚注[編集]

  1. ^ 『機甲入門』p569
  2. ^ a b c 『四研史』、 54頁.
  3. ^ 『機甲入門』p568
  4. ^ 『帝国陸軍 戦車と砲戦車』p145

参考文献[編集]

  • 佐山二郎『機甲入門』光人社、2002年。
  • 『四研史 : 第四陸軍技術研究所の歩み』 四研会、1982年

関連項目[編集]