T1中戦車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
T1E1中戦車(M1中戦車)
性能諸元
全長 6.55 m
車体長 上に同じ
全幅 2.44 m
全高 2.88 m
重量 19.6 t
懸架方式 垂直コイル・スプリング
速度 40 km/h
行動距離 56 km
主砲 57 mm砲 あるいは 75 mm砲(131発)
副武装 M1919A4 7.62 mm 機銃(4200発)×2
装甲 9.5-25.4 mm
エンジン リバティ L-12 液冷V型12気筒ガソリン
338 hp/1,500 rpm
乗員 4 名
テンプレートを表示

T1中戦車(T1ちゅうせんしゃ、T1 Medium Tank)あるいはM1926中戦車(Medium Tank Model 1926)は、アメリカ陸軍の試作中戦車。後にM1中戦車と呼称された。

概要[編集]

1920年代前半、アメリカ陸軍のロック・アイランド造兵廠は、「M1921」、「M1922」(この2つは1921年から1923年にかけて開発された)、そして、「M1926」(後のT1中戦車)の三種類の中戦車を試作した。これらには大差は無かった。これらの設計仕様は歩兵科の要求に基づいていた。「M1926」は「M1924」という計画案に基づいて、1925年から1926年にかけて開発された。

車体はフレームに装甲板をリベット止めで製造されていた。車体の後半は機関室で占められていた。動力は「パッカード 8気筒エンジン 200 hp」であった。トランスミッションは遊星ギアボックスの機械式(前進4速・後退1速)であった。起動輪は前方にあった。 燃料容量は360リットルであった。舗装道路上を走行時の速度は22.5km/hであった。高速道路上で80 kmの航続距離があった。38度の傾斜を登坂し、0.75 mの高低差を乗り越え、0.6 mの水深を渡り、2.5 mの溝を越えることができた。砲塔は人力旋回方式であった。

1920年代前半、アメリカ陸軍では重戦車を装備することの必要性について議論され、結果、リバティ重戦車(マークVIII戦車)のような重戦車は時代遅れと判断され、以後の戦車の開発方針として、5トン級の軽戦車と15トン級の中戦車を主力として整備していくことになった。それが、後のT1軽戦車T2中戦車となる。

重量約20トンの「M1926」も上記基準では重すぎたが、一応、潜在的な戦闘能力を調べてみることになった。

1926年、「M1926」に対するテストプログラムが承認され、6ヶ月かけて整備された後、1927年5月にアバディーン性能試験場へと送られた。この時点で公式名称は「T1中戦車」に変更された。様々な種類のテストが1932年4月まで続けられた。演習にも参加した。これらの結果、一連の改良がなされた。

1928年、動力が「リバティ L-12 液冷V型12気筒ガソリンエンジン 338 hp」と改良された冷却装置に換装され、改良型は「T1E1」とされた。舗装道路上を走行時の速度は40 km/hに向上した。1928年2月頃、「M1中戦車」と呼称されるようになった。

最終的な改良型は「T1E2」とされた。

T1中戦車(M1中戦車)は、1935年頃、退役した。