ブラッキー (ギター)

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ブラッキーを演奏するエリック・クラプトン
ブラッキー(エリック・クラプトン・トリビュート・モデル)
ブラッキー(エリック・クラプトン・トリビュート・モデル)

ブラッキー (Blackie) は、エリック・クラプトンが愛用したフェンダー・ストラトキャスターに名付けられた愛称。および、この個体をもとにフェンダー社のカスタムショップが製造販売したストラトキャスターの商品名。

「BLACKIE」はフェンダー社の商標として登録され、R(レジスター)マークが添付されている。

歴史[編集]

クラプトンは1970年にジミ・ヘンドリックスブラインド・フェイスのバンドメイトであるスティーヴ・ウィンウッドの影響を受け、それまで使用していたギブソンのギターではなく、ストラトキャスターを使用するようになった。始めに使っていたストラトキャスターは2カラー・サンバースト(ブラウン・サンバースト)のフィニッシュだったので、ブラウニーという名前を付け、『いとしのレイラ』で使用した。

同じ年、クラプトンはナッシュビルにある「Sho-Bud」という楽器店に入り、ここで6本のヴィンテージ・ストラトキャスターをそれぞれ"一本たった100ドル"で購入した。6本のうち3本をジョージ・ハリスンピート・タウンゼントスティーヴ・ウィンウッドに譲り、残された3本を分解して最良のパーツを選び出して(1956年~1957年のものだった)、このブラッキーを組み上げた。この名前の由来はフィニッシュがブラック(黒)だったからである。同年代のストラトキャスターで黒はオプションのカラーだった為、非常にレアなものである。

ストラトキャスターは当時ジャガージャズマスターにシェアを奪われ、不人気機種とされていた為、一時生産打ち切りを真剣にフェンダー社が考えたほどであったことから、楽器店のみならず質屋でも捨て値同然で売られていたため、クラプトンもこれだけのギターをまとめて買うことができたという事情がある。その後ジミ・ヘンドリクスの登場によってストラトキャスターが再評価されるまでこの傾向は続いた。現在では一本数万ドルで取引される個体も存在することは周知の事実である。

初めて演奏されたのは1973年1月13日で、アルバム『エリック・クラプトン・レインボー・コンサート』にその模様が残されている。クラプトンはその後もステージ、スタジオ、プライベートと弾き続けて、ヒット作を多数残す。しかし1985年に行われたハートフォードでの公演を最後に、老朽化を理由にブラッキーを引退させてしまう。毎日のように弾き続けていたため、メイプル製ネック自体の木材が大きく磨り減り、スキャロップ指板のようだったという。電気系統には全く問題はなかったものの、フレットも指板にめり込み、ネックの中央部分では1弦と6弦がはみ出しそうな程に摩滅してしまったため修正が不能となり、演奏性にも問題が出ていたのが引退に至った理由である。

世界最高額のギター[編集]

クラプトンが設立したドラッグとアルコールのリハビリ施設、クロスロード・センターを支援するために、ブラッキーをクリスティーズの競売に出品。これを楽器チェーン店を経営するギター・センターが95万9500ドルで競り落とし、史上最も高価なギターとなった(これは2004年に260万ドルで競り落とされるまで続いた記録)。

2006年11月24日、フェンダー社はブラッキーを復刻して限定275本を販売。発売後の数時間で売り切れ、収益の一部はクロスロード・センターへ寄付された。

その他[編集]

1980年代末に登場したエリック・クラプトンモデル・ストラトキャスターのネックのグリップは、このブラッキーのネックをプロファイリングした上で、エリック・クラプトン本人の好みや所有しているギターのネックを基に、最もベストのグリップとなる形状を決めている。

外部リンク[編集]