キ94 (航空機)

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キ94(ききゅうよん)は、太平洋戦争末期における日本陸軍の計画による試作高高度防空戦闘機。形状の全く異なるキ94Iとキ94IIがある。設計は立川飛行機。設計主務は長谷川龍雄技師。

開発の経緯[編集]

1943年(昭和18年)前半、それまで練習機や他社機の転換生産を主に手掛けていた立川飛行機は、若手の長谷川技師を中心に戦闘機の自社開発に乗り出した。しかし主力戦闘機の分野では経験豊富な中島飛行機川崎航空機と競合した場合、後発の立川が採用される可能性は低かった。そこで、過去に試作した高高度試験機の経験を活用し対爆撃機用の高高度戦闘機とすることを決定。2基のエンジンを胴体の前後に配置した串型双発、降着装置に前輪式を採用した双胴単座戦闘機として計画案を纏め上げ陸軍へ提案した。同年6月、陸軍の承認を得てキ94として試作指示を受ける。

キ94I[編集]

キ94Iの木製モックアップ(前方から)
キ94Iの木製モックアップ(後方から)

串型双発、双胴の特異な基本型は変わらず。主要な要求性能は以下の通り。

任務
高高度における敵機、とくに敵爆撃機の撃墜。
特性
高度上昇力に卓越し、とくに高高度性能に優れたもの。
最高速度
高度10,000mで水平最大速度750km/h。
上昇性能
実用上昇限度15,000m。
航続力
全力0.5時間、巡航2.5時間(増槽装備時+2.5時間)。
武装
大口径機関砲(20、30、40mmを検討)、防弾装備等。

なお試作1号機の完成期限は1944年(昭和19年)12月とされた。

後に陸軍側との打ち合わせに基づき一部要求性能が下方修正されるが爆装・自動操縦・機上索敵・気密室・排気タービン等の装備を追加して設計を進め、1944年(昭和19年)2月にモックアップ審査にこぎつけた。

審査そのものは順調に進展したが、2月末に行われた陸軍側との検討会にて脱出時に後方プロペラに巻き込まれる危険性やエンジンの生産等に問題ありとして設計中止、以降の方針は未定になる。更に設計上も排気タービンや中間冷却器の装備等に問題が山積していたこともあり事実上の計画中止となった。

また、1943年7月にはキ94Iの襲撃機型である「キ104」の試作指示も行われているが、キ94Iの計画中止に伴いこちらの計画も中止されている[1]

キ94II[編集]

キ94IIの試作機

ところが1944年(昭和19年)3月末、陸軍から中島キ87の設計を流用し、気密室を装備した単発機として設計を再開するよう指示を受ける。しかし立川はキ87を基本型としたのでは充分な高高度性能が得られないこと、中島でも独自に気密室装備のキ87改造案を計画しており後発のキ94は不採用の可能性があることからこの指示を拒否、キ94開発の辞退を申し出た。

これに激怒した陸軍航空本部の駒村少将が直接立川に来社し、キ87改造案の推進を強く求める事態となるが、同時期に中島から気密室の技術供与を打診されたことでキ87の開発が難航していると判断し、独自設計の単発機を開発する方針を固める。後日再び来社した駒村少将らとの協議の結果、キ87改造案は一旦棚上げされ独自案キ94IIの設計が開始された。

試作初期の要求性能は以下の通り。

最高速度
高度10,000mで最大水平速度750km/h。抵抗の軽減のため層流翼を採用する。
上昇性能
実用上昇限度15,000m。パイロットの負担軽減のため気密室を装備する。
航続力
全力0.5時間(高度8,000m)、巡航2.5時間(速度465km/hで高度4,000m、増槽装備時+2.5時間)
武装
30mm機関砲×1または2、20mm機関砲×2
エンジン
可能な限り高出力のものに、これも最大の排気タービンを採用する。

その他、工作の容易化・機械的信頼性の確保が求められた。

同年5月、キ87とのプロペラ装備に関する比較検討が行われ大直径プロペラを備えるキ94IIの優位が明らかになるなどして、翌6月にはキ87改造案は取り下げられ、独自案の採用が承認された。

さらに、その後モックアップ審査・排気タービンに関する研究会を挟み、最終的に1944年(昭和19年)11月、陸軍から増加試作機36機の正式発注を受ける。納期は昭和20年8月末とされた。1945年(昭和20年)1月には軍需省の方針で海軍の烈風との競争試作とすることが定められている。

しかし、米軍による爆撃が激化する中で試作機の製造は遅々として進まず、同年7月末ようやく試作1号機の組み立てが完了。 翌8月8日には地上運転に成功するが、8月17日の飛行試験に向けて不具合箇所の改修作業中に終戦を迎えた。

技術的特徴[編集]

B-29撃墜を目標に掲げ高高度・高速性能を実現するため、大出力の排気タービン付きエンジンや気密室等の高高度装備をキ94Iでの失敗を教訓として空間的余裕のある機体に搭載したため、総重量7tに及ぶ大型機となった。

主翼には長谷川技師の独自研究による層流翼型「TH翼」を採用。このTH翼は翼断面の後方まで厚みがあり後縁に半径を持つのが特徴で、フラップの機構・武装や燃料の搭載スペースの確保にも有効だった。フラップは速度低下を嫌い抗力の小さいザップ式を装備。また、主翼表面の平滑さを保つため厚く丈夫な外板を使用して縦通材を廃し、リベットを減らしてスポット溶接を多用したので工作の容易化にもつながった。

プロペラは直径4 mで6翅と4翅の2案が検討されており、モックアップでは6翅を使用したが実機では4翅を使用した。

気密室は直径1 m、長さ1.5 m程度の円筒形で、前部風防と一体になったものが胴体内に組み込まれている。被弾時の急減圧を考慮して与圧高度を6,000 m相当に抑えたため、簡単なパッキンを備えたスライドキャノピーで密閉が保たれたが、酸素ボンベとの併用が必要だった。与圧には排気タービンで圧縮された高温高圧の空気を使用。同時に風防の曇り止めや暖房にも利用された。排気タービンの位置もキ87が胴体の側面に取付けたのに対し、胴体下面にバランスよく配した。

武装は30mmと20mm機関砲各2門を翼内に搭載。高空での安定性を確保し射撃精度を高めるために胴体の形状を上から見て細く、横から見て太い縦長にし、垂直尾翼も背の高い大面積の物を使用した。

他にも排気管の余熱を利用した機関砲凍結防止の暖房も備え、滑油冷却器・中間冷却器とも空気密度が低く熱が奪われにくい高高度に対応して大容量の物を使用するなど、立川が持つ高高度機の経験を活用した設計がなされた。

主要諸元[編集]

キ94I[編集]

計画値

  • 機種用途:高高度防空戦闘機
  • 設計:立川飛行機
  • 型式:低翼・単葉・引込脚・串型双発
  • 乗員: 1 名
  • 全長: 13.05 m
  • 全幅: 15.00 m
  • 全備重量: 8800~9400 kg
  • 動力: ハ-211ル 空冷複列星型18気筒エンジン×2
  • 離昇出力: 2200HP×2
  • 最大速度: 780 km/h /高度10000 m
  • 実用上昇限度: 14000 m
  • 武装: 37mm機関砲×2 30mm機関砲×2 50kg爆弾×2

キ94II[編集]

計画値(昭和20年4月)

  • 形式:低翼・単葉・引込脚 
  • 乗員: 1 名
  • 全長: 12.00 m
  • 全幅: 14.00 m
  • 全高: 4.65 m
  • 主翼面積: 28.0m2
  • 全備重量: 6450 kg
  • 動力: ハ-44-12ル 空冷複列星型18気筒エンジン
  • 離昇出力: 2500HP
  • プロペラ: 4翅 ペ32 ラチエ電気式定速プロペラ
  • 最大速度: 712 km/h /高度12000 m
  • 実用上昇限度: 14100 m
  • 上昇力:10.000m/17'38"
  • 武装:ホ5 20mm機関砲×2(200発) ホ155-II 30mm機関砲×2(100発) 

戦後のキ94[編集]

唯一完成していた試作1号機は、米軍の接収を受け米本土に移送されたが、飛行試験は行われなかった。その後1号機の所在は不明となり、エンジンも主翼も脱落し雨ざらしになった機体の残骸の写真を残すのみとなる。

脚注[編集]

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  1. ^ 佐原晃 『日本陸軍の試作・計画機 1943〜1945』 イカロス出版2006年、50頁。ISBN 978-4-87149-801-2

参考文献[編集]

  • 前間孝則『マン・マシンの昭和伝説 上 航空機から自動車へ
  • 碇義朗『幻の「亜成層圏戦闘機」開発物語』 
  • 潮書房『丸』1994年3月号 No.575 p67~p77
  • 碇義朗 『幻の戦闘機』 光人社NF文庫、2003年、p72~p81。
  • 松葉稔 作図・解説『航空機の原点 精密図面を読む10 日本陸軍戦闘機編』(酣燈社、2006年) ISBN 4873572223 p146~p157

外部リンク[編集]