会式七号小型飛行機

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会式七号小型飛行機(かいしきななごうこがたひこうき)は、大日本帝国陸軍が試作した戦闘機(駆逐機)。初の日本製戦闘機となった。一般には会式七号駆逐機と呼ばれたほか、設計者の名前から沢田式とも呼ばれている。

概要[編集]

臨時軍用気球研究会沢田秀中尉は、1915年大正4年)秋に独自設計の推進式戦闘機の設計に着手した。機体は1916年(大正5年)6月11日に完成、6月13日に初飛行した。その後、沢田中尉の軍用機視察を目的とした訪欧を挟んだ1917年(大正6年)2月に本格的な飛行試験を開始したが、同年3月8日に所沢陸軍飛行場で飛行試験中、急降下から水平飛行に移った直後に空中分解する事故を起こし、自らテストパイロットを務めていた沢田中尉も殉職。開発は中止された。

機体は、当時日本に輸入されていたカーチス モデルDなどのカーチス製推進式曲技機を参考とした設計の、木製骨組に翼のみ羽布張りの小型軽快な双胴複葉機で、初飛行時には好成績を示している。降着装置は前輪式の固定脚。武装として固定機関銃1挺を装備する予定だったが、実際に装備されることはなかった。また、この機体が「会式」の名のつく最後の機体となった。

なお、「会式七号飛行機」と呼ばれる航空機はもう一種類存在する。1915年4月に完成したアンリ・ファルマン1914年型(輸入機)の改造機で、その用途から会式七号偵察機とも呼ばれた。同年9月に所沢で墜落事故を起こして大破し、エンジンは回収され会式七号駆逐機に転用されている。

諸元[編集]

  • 全長:9.00 m
  • 全幅:11.00 m
  • 翼面積:41.2 m2
  • 全備重量:734 kg
  • エンジン:カーチス OX-5英語版 水冷V型9気筒(最大100 hp) × 1
  • 最大速度:110 km/h
  • 武装:固定機銃 × 1(予定)
  • 乗員:1名

参考文献[編集]