エステベ・ラバト

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はラバト第二姓(母方の)はベルガーダです。
エステベ・ラバト
Esteve Rabat 2011 Estoril.jpg
2011年 ポルトガルGP
国籍 スペインの旗 スペイン
生年月日 (1989-05-25) 1989年5月25日(28歳)
出身地 カタルーニャ州の旗 カタルーニャ州バルセロナ
ロードレース世界選手権での記録
- Moto2クラスに参戦 -
現在のチーム Marc VDS レーシングチーム
ゼッケン 53
チャンピオン 1
レース数 145
優勝回数 10
表彰台回数 26
PP回数 13
FL回数 8
通算獲得ポイント 1076
2014年の成績 1位 (346ポイント)
2009年 イギリスGP

エステベ・ラバト ( Esteve "Tito" Rabat Bergada, 1989年5月25日 - ) は、スペインバルセロナ出身のオートバイレーサー2011年よりロードレース世界選手権Moto2クラスに参戦。2014年Moto2クラスチャンピオン。

経歴[編集]

2002年、ラバトは12歳のときにレーシングカートからオートバイレースに転向、その後スペインロードレース選手権(CEV)を経て2006年の第9戦ダッチTTからロードレース世界選手権125ccクラスに本格参戦を開始した。BQR・ホンダチームのアレックス・エスパルガロがシーズン途中に250ccクラスにステップアップしたことから、その後継として得たシートだった[1]。この年ラバトは11戦に出場し、シリーズランキング23位の成績を残した。

2007年シーズンはアルベルト・プーチ率いるレプソル・ホンダ125ccチームに移籍し、ブラッドリー・スミスのチームメイトとして初のフルシーズンを戦った。第4戦中国GPで自身初表彰台となる3位を獲得し、シリーズランキングでは11位を記録した。

2008年、レプソルチームはマシンをKTMに変更。ラバトは新たにマルク・マルケスをチームメイトに迎えシーズンを戦ったが、表彰台の獲得は叶わずにシリーズ14位と成績を落とした。翌2009年シーズンは古巣のBQRチーム[2]に戻り、スコット・レディングをチームメイトにアプリリアファクトリーマシン・RSA125を駆ったが、最高位は7位に留まりシリーズ18位に沈んだ。

2010年、BQR125ccチームはラバト1台のみの参戦となったが、第2戦スペインGPでは2007年以来となる3位表彰台を獲得した。第10戦チェコGPでも3位獲得、それ以外のレースも3戦のリタイヤを除いて全て7位以上でフィニッシュする安定した成績を残し、年間ランキング6位を記録した。

2011年もラバトはチームに残留するが、中量級Moto2クラスにステップアップしヨニー・エルナンデスのチームメイトを務めることとなった[3]

ロードレース世界選手権 戦績[編集]

シーズン クラス バイク 出走 優勝 表彰台 PP ポイント シリーズ順位
2005年 125cc ホンダ 1 0 0 0 0 NC
2006年 125cc ホンダ 11 0 0 0 11 23位
2007年 125cc ホンダ 15 0 1 0 74 11位
2008年 125cc KTM 16 0 0 0 49 14位
2009年 125cc アプリリア 16 0 0 0 37 18位
2010年 125cc アプリリア 17 0 2 0 147 6位
2011年 Moto2
合計 76 0 3 0 318

脚注[編集]

  1. ^ レプソル・ホンダ250ccチームのセバスチャン・ポルトがシーズン途中に引退→ポルトの後釜にBQR250ccチームのマルティン・カルデナスがレプソルチームに移籍→カルデナスの後釜にBQR125ccチームのアレックス・エスパルガロがステップアップ→エスパルガロの後釜にラバトがBQR125ccチームに。
  2. ^ エントリー名はブルセンス・アプリリア
  3. ^ http://www.motogp.com/ja/news/2010/blusens+stx+announce+2011+moto2+and+125cc+lineup

外部リンク[編集]