ウェス・ヘルムズ

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ウェス・ヘルムズ
Wes Helms
Wes Helms.jpg
マーリンズ時代
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国の旗 ノースカロライナ州ガストニア
生年月日 1976年5月12日(38歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
220 lb =約99.8 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 内野手
プロ入り 1994年 ドラフト10巡目
初出場 1998年9月5日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ウェスリー・レイ・ヘルムズ(Wesley Ray Helms, 1976年5月12日 - )はアメリカ合衆国ノースカロライナ州ガストニア出身のプロ野球選手内野手)。右投右打。

叔父のトミーもシンシナティ・レッズなどでプレーした元野球選手。

経歴[編集]

1994年6月15日にアトランタ・ブレーブスと契約しプロ入り。1996年は、20歳ながらマイナーリーグで打率.290・17本塁打・76打点というハイレベルな成績を残した。1995年及び1997年にも2ケタ本塁打を放ち、3年連続で10ホームラン以上を記録した。

1998年9月5日に、メジャーデビューを果たす。同年、7試合の出場ながら打率.308・OPS0.923という成績をマークした。

1999年、メジャーでは試合に出場しなかった。一方マイナーでは、39試合で打率.336・8本塁打・36打点という打撃成績を記録し、強打を発揮した。守備面では、35試合のファースト守備で4失策を犯した。

2000年、2年ぶりにメジャー復帰を果たしたが、僅か6試合の出場に留まった。マイナーでは打率.288・20本塁打・88打点という好成績をマークし、2年連続で大砲として活躍した。他方、守備面では拙守を露呈してしまい、130試合でサードを守って23失策・守備率.933というレベルの低い内容だった。

2001年からは本格的にメジャー定着を果たし、100試合に出場して2ケタ本塁打を放った。前年マイナーで大量に失策を犯した守備では、ファーストをメインに守り (77試合) 、4失策・守備率.991という安定した成績を残した。また、サードとレフトを守る機会もあった。

2002年、85試合に出場して打率.243と、少し打率が上昇した。守備では内外野のユーティリティ・プレイヤーとして起用され、一塁45試合・三塁24試合・左翼5試合・右翼4試合を守った。シーズンオフに、レイ・キングとのトレードで、ジョン・フォスターと共にミルウォーキー・ブルワーズへ移籍。

2003年三塁手のレギュラーを獲得。8月に一時DL入りした期間があったものの[1]、23本塁打・67打点をマークしてメジャーで長打力が開花した。守備では、サードでフルシーズン起用されて130試合守ったが、19失策・守備率.945・DRS - 10と相変わらず拙守だった。

2004年もサードのレギュラーで起用されていたが、プエルトリコで公式戦が開催された時、球場へのトンネルで転倒して肘を故障し、DL入りした[2]。復帰後もサードで起用されたが、凄まじいペースでエラーを犯してエラーマシンと化し (66試合のサード守備で16失策・守備率.904) 、ラッセル・ブラニアンにレギュラーの座を奪われた[2]。しかし、ブラニアンは三振を量産して、2005年はエラーマシン・ヘルムズと三振マシン・ブラニアンで争う事になった[2]

2005年は代打での起用が主になった[3]が、95試合で打率.298・4本塁打・24打点という好成績をマークした。OPS0.815も、メジャーで80試合以上に出場したシーズンとしては、最高の数値 (当時) であり、2003年以来となる打棒復活を果たした。12月30日に、フロリダ・マーリンズへ移籍。

2006年、自己最高の140試合に出場して打率.329・10本塁打・47打点・OPS0.965という素晴らしい成績を記録した。守備ではエラーを量産していたが、この年は88試合のファースト守備で無失策だった。だが、DRSは - 3だった。サードを守ったのは24試合だった。シーズンオフの11月15日、フィラデルフィア・フィリーズと2年総額550万ドルの契約[4]を結んだ。

2008年4月2日にDFAとなり、5日にトレードでフロリダ・マーリンズへ移籍。

2011年8月13日に解雇され、17日にアトランタ・ブレーブスとマイナー契約を結ぶが、9月1日に解雇される。

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1999 ATL 7 13 13 2 4 1 0 1 8 2 0 0 0 0 0 0 0 4 0 .308 .308 .615 .923
2000 6 5 5 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .200 .200 .200 .400
2001 100 239 216 28 48 10 3 10 94 36 1 1 0 1 21 2 1 56 3 .222 .293 .435 .728
2002 85 231 210 20 51 16 0 6 85 22 1 1 1 6 11 2 3 57 5 .243 .283 .405 .688
2003 MIL 134 536 476 56 124 21 0 23 214 67 0 1 0 7 43 3 10 131 10 .261 .330 .450 .780
2004 92 306 274 24 72 13 1 4 99 28 0 1 1 2 24 1 5 60 10 .263 .331 .361 .692
2005 95 188 168 18 50 13 1 4 77 24 0 1 0 3 14 0 3 30 7 .298 .356 .458 .814
2006 FLA 140 278 240 30 79 19 5 10 138 47 0 4 6 5 21 1 6 55 7 .329 .390 .575 .965
2007 PHI 112 308 280 21 69 19 0 5 103 39 0 0 2 4 19 2 3 62 10 .246 .297 .368 .665
2008 FLA 132 278 251 28 61 11 0 5 87 31 0 0 0 5 17 0 5 65 6 .243 .299 .347 .646
2009 113 234 214 18 58 11 0 3 78 33 1 1 1 3 13 1 3 54 10 .271 .318 .364 .682
2010 127 287 254 25 56 12 4 4 88 39 0 2 0 3 26 1 4 76 7 .220 .300 .346 .646
2011 69 124 110 10 21 5 0 0 26 6 0 0 1 0 11 1 2 35 2 .191 .276 .236 .513
通算:13年 1212 3027 2711 280 694 151 14 75 1098 374 3 12 12 39 220 14 45 687 77 .256 .318 .405 .723

脚注[編集]

  1. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2004』 廣済堂出版、2004年、360頁。ISBN 4-331-51040-9
  2. ^ a b c 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2005』 廣済堂出版、2005年、371頁。ISBN 4-331-51093-X
  3. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2006』 廣済堂出版、2006年、268頁。ISBN 4-331-51146-4
  4. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』 廣済堂出版、2007年、269頁。ISBN 978-4-331-51213-5

外部リンク[編集]