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赤い竜 (ウェールズの伝承)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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ウェールズの旗

赤い竜(あかいりゅう)、ウェールズ語ア・ドライグ・ゴッホY Ddraig Goch, IPA[ə ðraiɡ ɡox])は、ウェールズの象徴たるドラゴンのことであり、ウェールズの国旗にも描かれている。英語でウェルシュ・ドラゴンWelsh Dragon)とも呼ばれる。本項ではケルト伝承とウェールズ国にとっての竜とは何かを扱う。

起源

Dacian Draco (ダキアの軍旗)

大地ができた頃、地中には地震を起こし災厄を招く黒い[要出典]竜がおり、それを水の神である赤い竜が倒してこの地に平和をもたらしたという、ケルト伝承に由来する。 もう一つの由来は、2世紀小アジアで大勝利を得たローマ軍パルティアダキア人の使っていた蛇のような軍旗(ローマ人はこれをドラコ(draco)と呼んだ)を知り、それを持ち帰ったものとされる。ローマ皇帝トラヤヌスはこれをローマ軍旗として棹の先に付けることを命じた。主に小隊に使用されたという。ただし、当初のローマ軍旗は紫のドラゴンであったともされる。ローマ軍がこのドラゴンをローマの属州ブリタンニアにもたらした。西暦5世紀初頭、ローマ軍がブリテン島から撤退して以降、ブリトン人がこれを軍旗として使用したことからケルトのドラゴン、すなわち国の象徴として用いられた。

ローマ軍撤退によって生じた軍事力不在のブリテン島にサクソン人アングル人が渡来した。そこでブリトン人とサクソン人の戦いが始まる。赤い竜はウェールズの守り神、白い竜はサクソン人アングル人の守り神であったという。これは両者の民族の象徴がぶつかり合った時代の伝承である。

伝承

ルード王(ルッド王)は恐るべき唸り声が昼も夜も鳴り響く原因をつきとめるべく、弟のフランス王レヴェリス(Llefelys)に尋ねた。レヴェリスは恐ろしい声の正体はブリテンへとやってきたゲルマン民族の守護神たる白い竜と戦うため大地の守護神である赤竜が地中から舞い上がるための雄たけびだと告げた。ブリテン人の守護神である赤竜は退治できないため、ルード王は2匹のドラゴンを封印することを画策した。ブリテン島の東西南北の中心地に穴を掘り、そこに蜂蜜酒を大量に注ぎその上に巨大な網をかぶせるという策略であった。 やがて白竜がブリテンの大地に降り立つと赤竜が大地から蘇り、上空で鎬を削った。2匹のドラゴンは大きな穴を見つけると互いにそこに落とそうと絡み、落ちていった。ドラゴン達は蜂蜜酒の中で争ったがやがて酒に酔い、深き眠りについた。ルード王はこれを見て絹で2匹を覆い、さらに石で出来た箱に閉じ込め、地中深くに封印した。こうして守護神たる竜は2匹とも封印されることとなったのである。竜の復活とは戦乱が近づいていることをも意味する。全部いいことばかりではないのである。こうして封印することによって戦乱をも一旦は収まることとなったという。

戦乱の予言、そして守護神たる竜の封印が破られる時

赤竜と白竜の戦いの場面

ブリトンの大君主ヴォーティガンはサクソン人とともに戦うため堅固な塔を建設しようとした。ところが土台を造る段階になって、地面の下にある何かが建設を邪魔しているのを知った。そこで、王はその原因を突き止めることの出来る者を募った。すると、夢魔を父に持つ少年魔術師マーリンが現れ、地底で戦う2匹の竜のためだと告げた。ヴォーティガーンは半信半疑のまま塔の下を掘らせてみると、大きな泉が出てきた。王は「泉の下には何があるのか」と聞いたところ、マーリンは、「知りたければ泉の水を吸い上げてみるが良い」といった。水を吸い上げてみると、現れたのは大きな2つの石の箱だった。王が「石の箱には何が入っているのか」と訊ねた。マーリンは「知りたければ開けてみるがよい」と進言した。箱を開けると、そこには確かに遠い神話時代に封印された伝説上の赤き竜と白き竜がいた。2匹は互いの姿を認めると再び戦いを始めた。驚いているヴォーティガンにマーリンは「赤い竜はブリトン人、白い竜はサクソン人。この争いはコーンウォールの猪が現れて白い竜を踏みつぶすまで終わらない。」と予言した。やがて、壮絶なる竜同士の戦いは赤竜が勝った。この予言は、コーンウォールの猪ことアーサー王がサクソン人を破るという形で成就されることとなる。

ペンドラゴンの伝承

ユーサー・ペンドラゴン

その後、ヴォーティガーンはサクソン人とともに暴政を敷く。そのため大陸に逃れていた反乱軍が次々結成され、とうとうヴォーティガーンは討ち死した。ヴォーティガーンの死後、ブリタニアを治めていたアンブロシウス・アウレリアヌスも殺され、無政府状態となった。アウレリアヌスの弟ユーサーは、サクソンとの戦いの最中で軍を率いていたが、その時、突然空に明るく輝く大きな星が現れた。その星はまるで燃える火の竜のようであった。光の尾を引き、その一つはガリアを指し、もう一つはアイリッシュ海を指していた。

「一体あの彗星は何を意味するのか」ユーサーは魔術師マーリンを呼んで尋ねた。そこでマーリンは兄アウレリアヌスの死を告げ、悲しみにくれながらも、ブリトンの民がサクソンに勝たねばならぬこと、あの星の筋がユーサーに生まれるという息子が立派な王になることを示していること、子孫は皆ブリタニアを治めていくだろうということを語った。

ユーサーは兄の死を嘆きつつもサクソンに勝利した。新たなブリトンの王となったユーサーは、火の竜の星を記念して2匹の黄金の竜を作り、「ユーサー・ペンドラゴン」(Uther Pendragon:竜の王、竜の頭の意)と呼ばれるようになった。後にユーサーの子アーサー王もアーサー・ペンドラゴンと名乗るようになる。

竜王の名を継ぐ者

バイユーのタペストリー。1066年のハレー彗星の出現。

その後、11世紀にノルマンディー公ウィリアム征服王がブリテンへの侵入を開始した。ウィリアムはノルマン人であるにもかかわらずブルターニュのブリテン人が流れていることをいいことにアーサー王とも血が繋がっているとしたのだ。ヘイスティングズの戦いの最中に、ブリテン島の上空にハレー彗星が現れた。そこで、ウィリアムはこの「あの星の筋がユーサーに生まれるという息子が立派な王になることを示していること、子孫は皆ブリタニアを治めていくだろう」という、流星=赤き竜の伝説を利用して、こう宣言した。「われこそはアーサーの再来なり。竜の星が空に燃えている間に、いにしえの予言を実現し、サクソンの簒奪者を打ち倒し、アーサーの王国を奪い返さん」

ウィリアム征服王はノルマン人にもかかわらず、戦時の場において、アーサー王の象徴たる赤竜の王旗を持つ資格があることをここに宣言した。これがきっかけで再び赤きケルトの竜は有名となり、その後も人々の心の中に生き残った。赤竜はもはやアーサー王の象徴でもあり、王の象徴でもあった。

竜の国民として

ヘンリー7世の紋章。サポーターにWelsh Dragon
シティの紋章

ドラゴン関係本などに記載されている「ドラゴン」の説明において、たいていは「西洋世界におけるドラゴンは邪悪とされる」とあるがウェールズでは土地も国民も「我々はレッド・ドラゴンである」としており、赤い竜は国や民族の象徴・化身であり、守護獣としての象徴である。キリスト教の中で生きているドラゴンといえる。またラグビーウェールズ代表は愛称は「レッド・ドラゴン」であり、強豪チームとして恐れられたこともあった。そのためウェールズは「ドラゴン=ハート(精神)の国」として有名である。

ウェールズ首都カーディフの市旗では竜が旗を持ち、その横にリーキが植えられている。

プランタジネット朝ヘンリー3世はドラゴン紋の旗をウェストミンスターのセント・ピーター教会に旗を寄進し、安置させたという。このときのドラゴン紋も赤い竜であったという。ヘンリー3世はウェストミンスター寺院を大改築したことでも知られている。

テューダー朝の祖ヘンリー7世は、自らの王権を正当化するためにアーサー王伝説と絡めつつ、ウェールズ公家に繋がる血筋を最大限に利用した。ゆえに、ロンドン・シティの紋章もテューダー家の流れを汲む紋章であり、首都ロンドン中心部の象徴となった。ただしシティのドラゴンの色は赤竜ではなく赤が混じる銀竜となった。

赤竜はアーサー王の象徴でもあり、ウェールズだけの竜ではなく、英国特にイングランドの象徴の一部にもなったのである。

しかし、このロンドンの竜は矛盾している。この赤十字はセント・ジョージ・クロスなのである。あの竜殺しのゲオルギウスの赤十字のサポーターとなっているのである。この矛盾点の詳細は白い竜 (サクソン伝承) を参照していただきたい。

英国の国旗について

英国の国旗は連合王国の源流である3王国(イングランドスコットランドアイルランド)の象徴を組み合わせた旗になっているが、「赤い竜」だけは入っていない。これはイングランドがすでにウェールズを併合していたためである。詳しくは「イギリスの国旗」を参照。

ウェールズの旗が現在の形になったのは1950年代からであり、実は新しいものである。

黙示録の赤竜との違い

ヨハネの黙示録』の「赤い竜」は7つの頭と10の角、頭に7つの冠を載せていると書かれている(ウェールズの国旗の竜には角も冠もない)。この竜はエデンの園でイブをそそのかしたサタンの化身であって、色は同じなれどウェールズの赤い竜とは無関係である。

参考文献

  • 久保田悠羅とF.E.A.R. 著 『ドラゴン』 新紀元社 <Truth In Fantasy> 2002年.
  • 『幻獣ドラゴン』新紀元社1990.
  • 竹原威滋・丸山顯德編「世界の龍の話」三弥井書店,2002.
  • ジェフリー・オブ・モンマス『ブリタニア列王史
  • デイヴィッド・デイ著、山本史郎訳『図説 アーサー王伝説物語』原書房
  • 不破有理「紅いドラゴンの行方 -ウェールズ伝承およびアーサー王年代記におけるドラゴンの表象」『慶應義塾大学日吉紀要 英語英米文学』通号52号,2008.

関連項目