トリスタンとイゾルデ

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トリスタンとイゾルデ』または『トリスタン物語』は、中世に宮廷詩人たちが広く語り伝えた恋愛物語。騎士トリスタン (Tristan) と、主君マルク王の妃となったイゾルデ (Isolde) の悲恋を描く。

イゾルデはドイツ語の音訳で、英語では『トリスタン(あるいはトリストラムTristram)とイズールト(Iseult)』、フランス語では『トリスタンとイズー(Iseut または Iseult, Yseut, Yseult)』と表記される。

概要[編集]

トリスタンとイゾルデ(エドモンド・レイトン画)

起源はケルトの説話であり、12世紀の中世フランスで物語としてまとめられた。まもなくドイツにも伝えられた。

元々は独立した文学であったが、まもなくアーサー王物語に組み込まれる。トリスタン円卓の騎士の一人に数えられ、ランスロットと並ぶ武勇を誇る騎士とされた。

ウィリアム・シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』は、この悲恋に影響を受けて書き上げられたと言われている。

あらすじ[編集]

生れ落ちてすぐ二親を亡くしたトリスタンは、やがて叔父マルク王に仕え、文武に優れ憐れみ深い騎士として広く知られていた。

トリスタンはコーンウォールに朝貢を要求するアイルランドの騎士モルオルトと決闘し破るが、モルオルトの剣に塗られていた毒により倒れる。死を覚悟し、一人海に漕ぎ出でたトリスタンは、偶然にもアイルランドに漂着する。トリスタンは「どんな毒でも取り除ける」と有名な王妃に預けられたが、モルオルトの仇であることが知られれば殺されるため、タントリスという偽名を使い、回復を待ってアイルランドを脱出した。

トリスタンの帰還を喜んだマルク王だが、マルク王の寵愛深いトリスタンが気に入らない諸侯に結婚するように求められる。困った王は、「では、ツバメが運んできたこの黄金の髪の女性を妻にしよう」と諸侯を煙に巻く。この黄金の髪がアイルランドの王女イゾルデのものであると気付いたトリスタンは、アイルランドに再び赴く。

その頃、アイルランド王は強暴な竜の存在に悩んでおり、《竜を退治した者に王女を与える》との布告を出していた。トリスタンは竜を退治するが、力尽きてその場で昏倒してしまう。かねてからイゾルデに想いをかけていた卑小な騎士が「竜を退治したのは自分だ」と名乗り出てイゾルデを要求する。不満に思ったイゾルデは侍女ブランジァンと従者ペリニスを伴い竜の住処へと赴き、そこで昏倒している騎士(トリスタン)を発見、城に連れて帰る。介抱する中でイゾルデはトリスタンが叔父モルオルトを殺した騎士であることに気付くが、トリスタンを許した。イゾルデを勝ち得たトリスタンは、叔父マルク王のため、またコーンウォールとアイルランドの友好のため、イゾルデがマルク王の妃となることをアイルランド王に求め、王はこれを了承した。

トリスタンとイゾルデは、アイルランドからコーンウォールに向かう船の中、「初夜にマルク王とともに飲むように」と王妃から託された媚薬を誤って飲んでしまい、激しい情愛に囚われることになってしまう。

典型的なアーサー王物語の人物はこのようなことを恥じるにもかかわらず、 媚薬はトリスタンとイゾルデを道から外れさせた。王の相談役は何度も二人が姦通しているのではないかと疑ったが、トリスタンとイゾルデは無実であるように見せかけ続けた。ベルールによる作品では媚薬の効果が切れ、二人には不貞をやめるか続けるかの選択肢が与えられたという。

アーサー王ランスロットグィネヴィアの三角関係のように、トリスタンとマーク王、イゾルデはお互いに対する愛を保ち続けた。トリスタンはマルク王を師また養父として尊敬し愛していたし、イゾルデは政略結婚であるにもかかわらず彼女に優しいマルク王に感謝していた。マルク王もトリスタンとイゾルデを息子、また妻として愛していた。しかし、三人は夜ごと恐ろしい未来を予告する悪夢に悩まされるようになる。マルク王はついにトリスタンとイゾルデの不貞に気づき、二人を罠にかけようとする。これは停戦協定が結ばれていたコーンウォールとアイルランドの間に滅亡の危機をもたらすこととなる。マルク王は二人の罪を確信し、処罰を与えることを決意する。それはトリスタンを火刑に処し、イゾルデを癩病患者の家に閉じ込めるというものであった。

トリスタンは礼拝堂から飛び降りて処刑から逃れ、イゾルデを救出する。二人は森へ隠れ、マルク王に発見されるまでの日々をそこで過ごした。しかしながら、トリスタンはイゾルデをマルク王に返し、自身はコーンウォールを去るという条件で王と和解する。トリスタンはブルターニュへ赴き、そこで美しく先の恋人と同じ名前を持つ、ブルターニュ王の娘、白き手のイゾルデと結婚する。

一連の散文では、トリスタンはイゾルデのためにハープを奏でていた時に、マルク王によって毒槍で致命傷を負わされたという。

登場人物[編集]

トリスタン
「悲しみ」という意味の名を持つ、勇敢な騎士。詳細はトリスタン参照のこと。
“金髪の”イゾルデ(イズー)
アイルランド王女。政略結婚によりマルク王の妃となるが、トリスタンとの不義の愛に苦悩する。
マルク王
コーンウォールの王で、トリスタンの母方の叔父。トリスタンを息子のように愛するが、トリスタンとイゾルデの不義の愛に、マルク王も苦悩することになる。
ゴルヴナル
トリスタンの従者。元々はトリスタンの養育係であり、トリスタンに忠節を誓っている。
ブランジァン
イゾルデの侍女。献身的にイゾルデに尽くす。
モルオルト
アイルランド王妃イゾルデ(娘と同名)の弟で“金髪の”イゾルデの母方の叔父。トリスタンと決闘し死亡する。
カエルダン
ブルターニュ公の息子。トリスタンがブルターニュ公の窮地を救ったことから、トリスタンと友人となる。
“白い手の”イゾルデ
カエルダンの妹。同名ゆえにトリスタンの妻となるが、“金髪の”イゾルデへの思慕が絶ちがたいトリスタンは彼女に一度として触れず、彼女もまた一人苦悩する。

流布本系と騎士道本系[編集]

『トリスタンとイゾルデ』の物語には異本が多いが、大きく流布本(俗伝本)系と騎士道本(宮廷本)系という二つの流れに分けられている。流布本系では荒々しい登場人物が情熱や衝動のままに動く物語であるが、北フランスの宮廷詩人(吟遊詩人)たちが12世紀に新しくあらわれてきた「ミンネ」という語で表される恋愛思想に当てはめて作り直し、騎士道本系の流れが生まれた。前者の代表作としてはドイツの詩人ゴットフリート・フォン・シュトラースブルク (Gottfried von Strassburg) のもの(1170年頃)が、また、後者の代表作としてはフランスのトマのもの(12世紀後半)がある。

物語のなかで重要な役割を占めるのは母イゾルデが持たせた媚薬だが、その役割の解釈は流布本と騎士道本とで異なっている。騎士道本ではミンネの観念からいって、恋には一定の作法がなくてはならず、情熱に突き動かされた求愛は騎士にふさわしい恋ではない。ましてや薬のような外部からの力による恋は考えられない。しかし、流布本で既につくり上げられた物語は魅力もあり、定着しているため、宮廷詩人たちは解釈のほうを変えることにした。すなわち媚薬はもともと隠れていた感情を呼び覚ます薬であって二人の恋愛感情はもともと存在したが抑えつけられていたものだ、という解釈である。

邦訳[編集]

  • 新倉俊一ほか訳『フランス中世文学集』全4巻、白水社、1990年~1996年
第1巻にベルールブリテンのトマなどのトリスタン物語の異本数点を収録。
それぞれ損傷のあるトマやブルール、ゴットフリート等のトリスタン物語を合わせて一つの物語にまとめたもの。
イギリスの小説家ローズマリー・サトクリフによる再話。トリスタンとイズーは媚薬を飲むことなく、自然に互いに惹かれあう。

参考文献[編集]

  • 渡邉浩司「西欧中世の韻文<トリスタン物語>におけるイズー像とその原型をめぐって」、佐藤清編『フランス-経済・社会・文化の位相』中央大学出版部、2005年、pp.97-112

本作を題材にした作品[編集]

映画[編集]

音楽[編集]

舞台[編集]

トリスタン・真帆志ぶき、イゾルデ・加茂さくら
トリスタン・稔幸、イゾルデ・秋園美緒

関連する名称[編集]