大屋駅
大屋駅 | |
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駅舎(2006年11月) | |
おおや ŌYA | |
◄田中 (3.4 km) (2.4 km) 信濃国分寺► | |
所在地 | 長野県上田市大屋454 |
所属事業者 | しなの鉄道 |
所属路線 | しなの鉄道線 |
キロ程 | 34.7 km(軽井沢起点) |
電報略号 | オウ←ヲウ |
駅構造 | 地上駅 |
ホーム | 2面2線 |
乗降人員 -統計年度- |
2,660人/日 -2006年度- |
開業年月日 | 1896年(明治29年)1月20日 |
備考 |
終日駅員配置 標高:482m |
大屋駅(おおやえき)は、長野県上田市大屋にあるしなの鉄道線の駅である。
長野県北部方面から諏訪方面へ抜ける玄関口として、駅前を通る国道152号と共に発展。地元住民や諏訪方面からの利用客らの運動によって、路線開通後に新設された駅であり、国内初の「請願駅」となった。
駅構造
相対式(下り線)および島式(上り線)の2面2線構造。
かつては貨物用の中線(JR時代に撤去)、および上り待避線(しなの鉄道になってから撤去)を持つ駅だった。しなの鉄道社員配置駅。
駅周辺
歴史
諏訪地域の蚕糸業者は、それまで甲州街道を使用して甲武鉄道の八王子駅まで陸送していたが、信越線が開通すると、和田峠を越えて田中駅まで陸送するようになり、生糸の輸出を行う横浜まで鉄道による直送が可能となった。しかし諏訪地域から田中駅までは遠く不便ため、生糸輸送により効率の良い場所に駅を設置するための陳情を行い、田中駅 - 上田駅間に大家駅[1]が1896年1月に開業した[2]。
かつては上田丸子電鉄丸子線の接続駅だった。
上田丸子電鉄大屋駅について
上田丸子電鉄の大屋駅は上田丸子電鉄丸子線が丸子鉄道線の第一期線として開業したさい起点駅として設置された。通称、電鉄大屋駅は開業時から貨物輸送の関係からスイッチバック機能を持っていて信越本線を介しての貨車受渡しを行っていたが、第二期線として上田東駅まで延伸すると珍しいスイッチバック方式の交換駅となり線路が複雑となった。そこで1959年には当時としては全国でも珍しい電気式系伝装置を装着し、交換を容易にする改良を施した。ホームは現在の駅舎の待合室の隣にあり改札は丸子鉄道~上田丸子電鉄初期は共通であったが1956年に自前の駅舎が完成すると分離、廃止まで続いた。
電鉄大屋駅跡地は、現在しなの鉄道直営の駐車場となっている。
年表
- 1896年(明治29年)1月20日 - 官設鉄道信越線の駅として開業。
- 1918年(大正7年)11月21日 - 丸子鉄道(後の上田丸子電鉄)が開業し、乗り入れ。
- 1925年(大正14年)8月1日 - 丸子鉄道が上田東駅まで延伸。スイッチバック方式の交換駅となる。
- 1956年(昭和31年)4月 - 上田丸子電鉄丸子線大屋駅駅舎が完成。改札口が分離。
- 1969年(昭和44年)4月19日 - 上田丸子電鉄丸子線廃止。(大屋駅舎は解体され駐車場となる。)
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道に継承。
- 1997年(平成9年)10月1日 - 長野新幹線開業に伴う経営分離により、しなの鉄道に移管。
路線バス
佐久上田線を除く上田駅方面行きと、JRバスは、駅ロータリーに進入せず、大屋駅前交差点南側の新聞販売店前(対面の居酒屋前)にて客扱いを行う。佐久上田線のみ国道18号線上大屋西交差点東側付近(徒歩約5分)に停留所(大屋北)がある。その他は駅正面左側に停留所がある。
- JRバス関東
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- 大屋駅 - 丸子駅 - 長久保 - 姫木平中央
- 大屋駅 - 上田駅
- 東信観光バス
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- 大屋駅 - 虎御前 - 牛鹿 - 芦田役場前
- 上田市 オレンジバス
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- 神川・神科コース : 火・金曜日のみ運行で1日2便運行。駅前ロータリー発着
- 上田市 丸子地域循環バス まりんこ号
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- 東コース : 石井バス停(県道大屋芦田線石井交差点東側付近。東信観光バス、または徒歩にて連絡、約500m)1日上下2便ずつ運行
脚注
参考文献
- 老川慶喜『鉄道』(初版)東京堂出版〈日本史小百科 - 近代〉、1996年9月17日。ISBN 978-4490202908。