JAGATARA

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。Yazdx (会話 | 投稿記録) による 2021年1月28日 (木) 04:57個人設定で未設定ならUTC)時点の版であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

JAGATARA(じゃがたら)
別名 エド&じゃがたら
エド&じゃがたらお春
財団呆人じゃがたらお春
財団法人じゃがたら
暗黒大陸じゃがたら
Jagatara2020
出身地 日本の旗 日本
ジャンル ロック
ファンク
ワールドミュージック
アフロビート
パンク・ロックポストパンク(初期)
活動期間 1979年 - 1990年
2020年 -
レーベル アグリーオーファン
バルコニー
BMGビクター
公式サイト Jagatara2020
メンバー 江戸アケミ(ヴォーカル)
EBBY(ギター)
OTO(ギター)
ナベ(ベース)
中村ていゆう(ドラムス)
篠田昌已(サックス)
ヤヒロトモヒロ(パーカッション)
村田陽一(トロンボーン)
エマーソン北村(キーボード)
南流石(コーラス)
政野早希子(コーラス)
旧メンバー 川辺徳行(ドラムス)
尾島秀紀(ギター)
金田トメ善裕(キーボード)
SAMMY(ドラムス)
吉田哲治(トランペット)
ユカリ(コーラス&サックス)
長嶌 BEM 宏(サックス)
ホワチョ(パーカッション)
オナガミドリ(パーカッション)
奥村恵子(パーカッション)

JAGATARA(じゃがたら)は、江戸アケミを中心とする日本のファンク・ロックバンド

1979年3月活動開始。1982年にアルバム『南蛮渡来』を発売。1983年から1985年にかけては江戸の精神的不調により活動休止。1989年にはアルバム『それから』でBMGビクターよりメジャーデビュー。1990年1月27日江戸の入浴中の事故死により、解散した。

その後も数度に亘り散発的に「JAGATARA」を冠した公演が行われ(後述)、江戸の没後30年を期した2020年1月27日(江戸アケミ命日)より「Jagatara2020」として再始動。

来歴

1979年3月8日、上馬ガソリンアレイにて初ライブを行う。この時の名称は「エド&じゃがたら」で、後に「エド&じゃがたらお春」「財団呆人じゃがたらお春」「財団法人じゃがたら」などと名称はライブを行うごとに徐々に変化。1980年頃から江戸が自分の額をナイフで切りつけて流血する、ニワトリやシマヘビを生きたまま食いちぎるなどの過激なパフォーマンスを吉祥寺マイナー自販機雑誌HEAVEN』主催の「天国注射の夜」などで行うようになり、それがエログロ的な関心を集め『週刊プレイボーイ』などの一般誌にも取り上げられた。ザ・スターリン遠藤ミチロウはこの影響を受け、過激なパフォーマンスを始めたと述べている[1]

1981年、自らのレーベル・アグリーオーファンレコードより、1st.シングル『LAST TANGO IN JUKU』をリリース。初の関西ツアーを行う。パフォーマンス目当ての客でどこでも大入りになるが、江戸は音楽がまともに聞かれない状況に嫌気がさし、このツアー以降、音楽だけで勝負する決意をする。9月にギターにOTOが参加しファンクアフロビート色を強め、バンド名を「暗黒大陸じゃがたら」に改称する。

1982年、1stアルバム『南蛮渡来』を発表。中村とうよう渋谷陽一らに絶賛され、初期の過激なパンクロックとこれ以降のファンク・アフロ・レゲエなどの要素が混淆した独特の音楽性は、プレスにおいても純粋に音楽的な評価を受けた。10月「ヤングTOUCH!」(テレビ東京)に出演、生放送ライブ中のスタジオに突然G.I.S.M.の横山SAKEVIらが乱入、江戸と乱闘になる。同月「渋谷陽一のサウンドストリート」(NHK-FM)に出演。多数のライブに出演し、以前のエログロイメージを吹っ切るかのように音楽中心の活動を展開した。

1983年、「じゃがたら」へバンド名を改称。駒場のマンションの屋上に専用の「じゃがたらスタジオ」を作る。町田町蔵らをゲストに迎え、そのスタジオでレコーディングした8インチEP『家族百景』をリリース。日比谷野外音楽堂で行われた雑誌『HEAVEN』主催の伝説的音楽イベント「天国注射の昼」に出演するなど精力的な活動を繰り広げるが、11月の関西ツアーの途中から江戸が精神疾患を患い、ライブをすっぽかす、ライブ中に急に歌わなくなる、ナベ以外のメンバーとは一切会話をしなくなる等の奇行を繰り返し、翌年から入院する為休養期間に入る。なお、江戸の休養中、バンドは解体の危機に瀕するもOTOを中心に「じゃがたら2世」として活動を続行し、江戸の復帰を待ち続けた。

故郷の高知県中村市(現四万十市)で静養に努めていた江戸は映画監督・山本政志の尽力もあり、1985年に日比谷野外音楽堂で行われたイベント「アース・ビート伝説'85」で復帰。そして、江戸の発病前後のライブの模様がアルバム『君と踊りあかそう日の出を見るまで』として発表される。

1986年から江戸が東京で暮らす準備ができ、本格的に活動再開。9月、MUTE BEATTOMATOSS-KEN & HOT BOMBOMSと共に、シリーズ・イベント「東京ソイソース」の第1回を開催(1988年まで計5回開催、第1回のみ渋谷ライブイン、2回目以降はインクスティック芝浦ファクトリー)。東京ソイソースでは、ライブとライブの間にDJが入るという初めての試みをし、いとうせいこう&タイニー・パンクス近田春夫ランキン・タクシーECDなども出演した。11月の六本木インクスティックでのライブでは以前のイメージとは結びつきそうになかった全員赤の揃いのジャケット姿で登場。12月「ライブ・ジャック」(フジテレビ)に出演。なお、1986年頃からライブや作品で「JAGATARA」とバンド名をクレジットするようになる。

1987年にアルバム『裸の王様』、『ニセ予言者ども』、山本政志の映画『ロビンソンの庭』サウンドトラックなど矢継ぎ早に作品を発表。4時間踊りっぱなしのライブ「DANCEMANIA 4 HOURS」(渋谷パルコ・パート3)、その他多数のライブ、学園祭等に出演し観客動員も急上昇する。また、横浜寿町フリーコンサートにも数度参加している。[2]

1989年にアルバム『それから』でついにBMGビクターよりメジャーデビュー。ミュージック・マガジンの1989年・日本のロック部門で1位に選ばれるなど高い評価を得た。同年末にはわずか3曲入りのアルバム『ごくつぶし』を発表。

さらにアフリカなどのミュージシャンとのコラボレーション・アルバム『おあそび』をレコーディング中(江戸の死後リリース)の翌1990年1月27日、江戸が入浴中に溺死するという事件が発生。中心人物の欠落によってバンドは解散した。なお江戸は死去直前にバンド脱退を申し出ていた。[3]

その後、1992年4月8日にはナベが急性肺炎で、1992年12月9日には篠田が心筋梗塞で相次いで世を去った。

なお、1990年(日比谷野外音楽堂)、1991年法政大学学生会館)、1993年渋谷ON AIR)、2000年下北沢CLUB QUE)、2003年新宿ロフト)、2004年(新宿ロフト、下北沢SHELTERCLUB CITTA')と「JAGATARAなきJAGATARA」、「JAGATARA残党組」、「JAGATARA族」等の名義で残存メンバーの一部が参加する追悼ライブ、2012年2015年(六本木新世界)には一部メンバーと渋さ知らズこだま和文など親交の深いミュージシャンでじゃがたらの楽曲を演奏するライブが開催された。

江戸アケミ没後30年となる2020年を期し、前年の2019年3月の「TOKYO SOY SOURCE 2019」にて、一部メンバーと追加メンバーからなる「Jagatara2020」として参加。同年中に数度のリハーサル・ライブを実施した後、江戸の祥月命日にあたる2020年1月27日に復活ライブ(渋谷クラブクアトロ)を実施し[4]、同29日には新作(ジャイアント・シングル)『虹色のファンファーレ』をリリースするなど、活動を再開した。

主なメンバー

ヴォーカル(1979年〜)
ギター(1979年〜) 
JAGATARAと並行してTHE FOOLSTOMATOSにも在籍。解散後はPHAT DOGS、MAMBABOOなどで活動。
ベース(1979年〜) 
JAGATARAと並行してTOMATOSにも在籍。解散後はイモンズを結成。
  • OTO(村田尚紀)
ギター(1981年〜) 
加入前は後にAUTO-MODを結成するジュネのMARIA023に在籍。またJAGATARAと並行してビブラストーンで活動。1991年にあがた森魚雷蔵へ参加。1994年に南流石らとTANGOSを結成。2004年に元ZELDAのサヨコらとサヨコオトナラを結成。
サックス(1983年〜) 
加入前は生活向上委員会、PUNGOなどに在籍。またJAGATARAと並行してチンドン楽団、オルケスタ・デル・ビエント、コンポステラなどでも活動。
  • 中村ていゆう(中村貞祐)
ドラムス(1983年〜) 
加入前はMARIA023、AUTO-MOD、ザ・スターリン、火の宮などに在籍。解散後はKUSU KUSUのマネジメントなどを行った。
トランペット(1981〜1989年)
加入前は生活向上委員会などに在籍。脱退後は自らのバンドFIVESなどで活動。
  • ヤヒロトモヒロ(八尋知洋)(1961年 - )
パーカッション(1985年〜) 
解散後は自らのバンド、オズ・ アマレーロスなどで活動。
トロンボーン(1986年〜) 
JAGATARAと並行して米米CLUBBIG HORNS BEEオルケスタ・デ・ラ・ルスにも在籍。解散後は自らのバンドSOLID BRASSなどで活動。
キーボード(1988年〜) 
解散後はMUTE BEATシアターブルックなどで活動。
コーラス&ダンス(1986年〜) 
コーラス兼ダンサー。解散後は主に振付師として活躍。1994年にOTOらとTANGOSを結成。2012年には佐藤タイジ大塚愛らとRabbitを結成。
  • ユカリ(塚越優香、1月9日 - )
コーラス&ダンス、サックス(1985年〜1989年) 
加入前はタンゴ・ヨーロッパに在籍。当初は南と共にコーラス兼ダンサーとして加入するが、篠田の薫陶を受けサックスを習得。バンド後期に脱退し、解散後は「Yukarie」(読みはユカリ)名義でサックスプレーヤーとしてTHE THRILLMean Machine河村隆一のバックメンバーなどで活動(Mean Machineではベース担当)。

一時的に在籍したメンバー

  • 川辺徳行(ドラムス)(1979〜1982年)※元連続射殺魔
  • 尾島秀紀(ギター)(1979〜1981年)
  • 金田トメ善裕(キーボード)(1980年)
  • ウメ(ドラムス)(1982年)※川辺の後任ドラマー、短期間で脱退。
  • 溝口(ドラムス)(1982年)※ウメの後任ドラマー、短期間で脱退。
  • SAMMY(ドラムス)(1982〜1983年)
  • 政野早希子(コーラス)(1989年〜) ※ユカリの後任コーラスとして加入。
  • 長嶌 BEM 宏(サックス)
  • ホワチョ(パーカッション) ※LIVEのみ参加。
  • オナガミドリ(パーカッション) ※LIVEのみ参加。
  • 奥村恵子(パーカッション) ※LIVEのみ参加。

Jagatara2020メンバ-

  • OTO(ギター)
  • EBBY(ギター)
  • 中村ていゆう(ドラムス)
  • 南流石(うた)
  • ヤヒロトモヒロ(パーカッション)
  • エマーソン北村(キーボード)
  • 吉田哲治(トランペット)
  • 村田陽一(トロンボーン)
  • 宮田岳(ベース)
    JAGATARA解散後の1991年生まれ。Jagatara2020以前は黒猫チェルシー、NOS等に参加。
  • 関根真理(パーカッション)
    渋さ知らズTHE END等にも参加。
  • ko2rock(ココロック)(サックス)
  • 北陽一郎(トランペット)
    渋さ知らズ等にも参加。

ディスコグラフィー

シングル

  発売日 タイトル 規格品番 備考
Ugly Orphans Records
1st 1981年4月 LAST TANGO IN JUKU VOR-1001 (7inch EP) 「財団法人じゃがたら」名義
Doctor Records
2nd 1983年5月 家族百景 DC-2001 (8inch EP) -
BMGビクター
3rd 1989年4月21日 タンゴ完結ヴァージョン B10D-123 (8cmシングルCD)
B07S-46 (7inch EP)
B10T-46 (CT)
4th 1990年5月2日 そらそれ BVCR-9001 (マキシシングルCD) 江戸アケミ特別追悼盤
Pヴァイン
5th 2020年1月29日 虹色のファンファーレ PCD-20420(マキシシングルCD) 「Jagatara2020」名義、新曲と未発表ライブ音源を含むジャイアント・シングル

アルバム

  発売日 タイトル 規格品番 備考
Ugly Orphans Records / Doctor Records
1st 1982年5月 南蛮渡来 UOR-9007 (LP)
DC-1101 (LP)
「暗黒大陸じゃがたら」名義
LP再発盤は特典ソノシート付
1989年12月16日にCD発売 (B25D-13019)
Doctor Records
2nd 1987年3月 裸の王様 DC-1103 (LP) 1989年12月16日にCD発売 (B25D-13020)
3rd 1987年12月 ニセ予言者ども DC-1105 (LP) 1989年12月16日にCD発売 (B25D-13021)
RCAレコード (BMGビクター)
4th 1989年4月21日 それから RHL-8496 (LP)
R32H-1076 (CD)
RHT-8496 (CT)
メジャーデビューアルバム
5th 1989年12月6日 ごくつぶし R32H-1089 (CD) -
6th 1990年7月21日 おあそび BVCR-6 (CD) -

その他アルバム

  発売日 タイトル 規格品番 レーベル 備考
ライブアルバム 1985年10月 君と踊りあかそう日の出を見るまで DC-1102 (LP) Doctor Records 法政大学でのライブ(1983年11月23日)、
渋谷・屋根裏(1984年2月25日)でのライブを収録
1990年5月21日にCD発売 (APCA-14)
サウンドトラック 1987年10月 ロビンソンの庭 1LR-1103 (LP) 1ℓ Records 映画『ロビンソンの庭』サウンドトラック
A面がJAGATARA、B面が吉川洋一郎、Hamza El Din
1993年2月24日にJAGATARAのみのCDを発売 (BVCR-1501)
ミニアルバム 1987年4月 UKI UKI DC-1301 (12inch) Doctor Records 渋谷LIVE INN(1986年9月6日)でのライブを収録
ミニアルバム 1988年3月 JA・BOM・BE DC-1102 (12inch) Doctor Records 渋谷PARCOパート3・スペースパート3(1987年12月11日)でのライブを収録
ライブアルバム 1990年3月 JA・BOM・BE CAP-1044 (CD) Captain 12inchEP「UKI UKI」「JA・BOM・BE」を収録
ベストアルバム 1993年2月24日 西暦2000年分の反省
〜BEST OF JAGATARA
BVCR-1901〜2 (2CD) BMGビクター -
ライブアルバム 1993年6月20日 JAGATARAなきJAGATARA
1993.2.7
PSY-CD8 (CD) Psy-cho Music 1993年2月7日に渋谷ON AIRで行われた、
江戸アケミ、渡邊正巳、篠田昌已の追悼ライブを収録
7曲目のみ1989年7月6日(原宿クロコダイル)の音源
ベストアルバム 2004年12月22日 ゴールデン☆ベスト BVCK-38093 (CD) Ariola Japan ゴールデン☆ベストシリーズ
ライブアルバム 2010年12月15日 エド&じゃがたらお春 Live1979 FJSP-121 (CD) SUPER FUJI DISCS 「エド&じゃがたらお春」名義
上馬ガソリンアレイでのライブ(1979年9月18日)を収録

ビデオ・DVD

  • 天国注射の昼 VHS(1984) 
    1983年8月21日、9月17日に日比谷野外音楽堂で行われたイヴェントのオムニバス
  • 「み・ん・な」 VHS(1986) 
    1986年9月26日豊島公会堂でのライブを収録。CSV渋谷初回特典のみ「タンゴ(SOUND SYSTEM MIX)/ヘイセイ(1986年9月6日東京ソイソースVol.1(渋谷ライブイン)」7インチEP付
  • 「例のヤツ」 VHS(1987) 
    1987年12月11日「HEY! GOGGLE TOUR」(渋谷パルコ・パート3)と1987年10月4日「東京ソイソースVol.3」(インクスティック芝浦ファクトリー)を収録
  • 「HEY!GOGGLE」 VHS(1988) 
    1987年12月11日「HEY! GOGGLE TOUR」ほかを収録
  • 「ナンのこっちゃいI〜HISTORY OF JAGATARA」 VHS/DVD(1990) 
    アケミの死にともない制作された、10年間の活動のドキュメント
  • 「ナンのこっちゃいII〜HISTORY OF JAGATARA」 VHS/DVD(1990) 
    アケミの死にともない制作された、10年間の活動のドキュメントの続巻
  • 「ナンのこっちゃいIII〜HISTORY OF JAGATARA」 VHS/DVD(1990) 
    アケミの死にともない制作された、10年間の活動のドキュメントの最終巻
  • 「ベイビー!ごきげんにやってるかい」 VHS(1993) 
    1989年8月12日「横浜寿町フリーコンサート」を収録
  • 「この〜!!(もうがまんできない)」 DVD(2005) 
    1989年8月12日「横浜寿町フリーコンサート」、1987年10月4日「東京ソイソースVol.3」、1988年9月17日インクスティック芝浦ファクトリーでのライブ、死の直前の1990年1月24日に行われた鮎川誠との対談(CATV「ROCK THE ROCK」)を収録
  • 「ナンのこっちゃい HISTORY OF JAGATARA SPECIAL EDITION」 Blu-ray(2021) 

書籍

  • 江戸正孝(江戸アケミ)「それから-江戸アケミ詩集」 思潮社(1993)
  • 松原研二「じゃがたら写真集」 オークラ出版(2000)
    「LAST TANGO IN JUKU / HEY SAY!(ロックを葬り去る歌)」のシングルCD付
  • 陣野俊史「じゃがたら」 河出書房新社(2000)
    2009年に「江戸アケミ墓参記」を追加した増補版発行
  • OTO・こだまたけひろ「つながった世界-僕のじゃがたら物語」 ele-king books(Pヴァイン)(2014)
  • ele-king編集部「別冊ele-king じゃがたら──おまえはおまえの踊りをおどれ」 Pヴァイン(2020)

レコーディングに参加した主なミュージシャン

親交の深い人物

出典・脚注

  1. ^ 筋肉少女帯の深夜改造計画1989年11月20日放送分
  2. ^ 1979年〜1987年までの来歴は、『南蛮渡来』再発LP付録(CD『君と踊りあかそう日の出を見るまで』に再録)の バイオグラフィー「黒い種馬1979-1987」八木康夫(ヤギヤスオ)著を参照。
  3. ^ 陣野俊史著「じゃがたら」(河出書房新社)より
  4. ^ Jagatara2020と多数ゲストの「虹色のファンファーレ」、江戸アケミは「夢の海」を歌う(音楽ナタリー 2020年2月2日)

参考文献

  • 八木康夫(ヤギヤスオ)著 「黒い種馬1979-1987」 『南蛮渡来』再発LP付録バイオグラフィー

(CD『君と踊りあかそう日の出を見るまで』に再録)

  • 陣野俊史著 「じゃがたら」 河出書房新社

関連項目

外部リンク