MUTE BEAT

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MUTE BEAT
基本情報
出身地 日本の旗 日本
ジャンル ダブ
レゲエ
活動期間 1981年 - 1989年
レーベル OVERHEAT
公式サイト MUTE BEAT
旧メンバー
小玉和文(トランペット)
宮崎泉(ダブミックス)
屋敷豪太(ドラムス)
増井朗人(トロンボーン)
松永孝義(ベース)
坂本みつわ(キーボード)
朝本浩文(キーボード)
今井秀行(パーカッション、ドラムス)
エマーソン北村(キーボード)
内藤幸也(ギター)

MUTE BEAT(ミュート・ビート)は、1981年に結成された日本初のダブバンド。ヨーロッパの賛美歌メロディーとマーチングバンド、ジャマイカのダブを組み合わせる。[1] 独特のサウンドで、世界中で評価される。バンドの特徴的なサウンドはアシッドジャズトリップ・ホップのそれを先取りしていたともいえよう。[2]

来歴[編集]

1981年、元ルード・フラワーの小玉和文(こだま和文)、屋敷豪太などを中心に結成。桑原茂一が原宿に作ったクラブ「ピテカントロプス・エレクトス」を拠点にライブを行い、当時ピテカントロプスのアシスタント・ミキサーだった宮崎泉(Dub Master X)が加入し、ライブ・ダブ・バンドとしてのスタイルを確立。

1983年、ピテカントロプスが自主制作した8インチEP『MUTE BEAT』を発表。

1985年、カセット・マガジン「TRA」より60分カセット『Mute Beat TRA Special』を発表。このアルバムは翌年NYのインディーズ・レーベルROIRより『Japanese Dub』とタイトルを改めリリースされた。そして1990年には『No.0 Virgin Dub』とタイトルを改めCD化された。

1985年、石井志津男のOVERHEAT MUSIC Inc.とアーティスト契約、解散まで同レーベルだった。

1986年、OVERHEAT Recordsより12インチEP『MUTE BEAT』を発表。この12インチEPに収録された「COFFIA」はファミリーマートのCM曲としても使われた。 また、同年12月リリースの12インチ『Still Echo』はオーガスタス・パブロメロディカで参加したミックスだが、MUTE BEATだけのミックスもある。 同時期にはインクスティックにてJAGATARAトマトスS-KENと共に、シリーズ・イベント「東京ソイソース」を開催。

1987年3月、屋敷豪太でレコーディングした『Organ's Melody』をリリース。 5月にはこれらの12インチ・シングル 3枚をまとめてアルバム『STILL ECHO』としてリリース、そして6月には1st.アルバム『FLOWER』をリリース。このアルバムからシングルとして『HAT DANCE/Pain』をリリース。

1988年にはドラムの屋敷豪太が脱退、渡英する。後任に今井秀行が正式加入した。 4枚目の朝本浩文、増井明人の作曲による12インチEP『Sunny Side Walk/A Stairwell』を3月にリリース。 2nd.アルバム『LOVER’S ROCK』を6月にリリース。

1987年、ジャマイカの名ピアニスト、グラッドストーン”Gladdy"アンダースン、と青山スパイラルホールで共演。この映像は後にDVD化された。 そして渋谷クラブ・クアトロのオープニング公演としてスカタライツのサックス・プレイヤーだったローランド・アルフォンソと共演し、ライブ盤『R.Alphonso meets MUTE BEAT』としてリリースされた。 1988年にはルーツ・ラディックスと共演するなどジャマイカの伝説的アーティスト達とのコラボレーションをする。

1989年に朝本浩文が脱退。エマーソン北村が加入。 今までの曲から選出し、ジャマイカのダブの創始者達2名リー・ペリーキング・タビーと、宮崎(DMX)の3人がダブ・ミックスをしたアルバム『MUTE BEAT DUB WISE』をリリース。これはOVERHEATの石井志津男が企画したものであったが、当時のディストリビューター、ポニー・キャニオンにはリミックスという概念がなく、リリース不可能の決定があったものの、限定盤という条件でリリースされた。

新メンバーでアルバム『MARCH』、そしてライブ・アルバム『MUTE BEAT LIVE』と立て続けにリリース。 初の北米ツアー(SF, LA, SOB's NY)を敢行。 帰国後、リーダー小玉和文が脱退を表明。残ったメンバーで再始動する予定をOVERHEATが発行するフリーペーパー「Riddim」に告知し1度のライブを行ったが、その後解散した。

それから19年後の2008年に「Riddim」創刊25周年を記念して、恵比寿リキッドルームにて、小玉和文、増井明人、朝本浩文、松永孝義、屋敷豪太、宮崎泉という初期メンバーが集まり、伝説の一夜限りのライブが行われた。

2012年7月12日 ベースの松永孝義 他界。

メンバー[編集]

ディスコグラフィー[編集]

アルバム

  • 「Mute Beat TRA Special」(1985) ※カセット・マガジン「TRA」から発表されたカセット・テープ
  • 「Japanese Dub」(1986) ※「Mute Beat TRA Special」をNYのインディーズ・レーベルROIRよりタイトルを改めリリース(カセット・テープ)
  • 「STILL ECHO」(1987)(OVERHEAT) ※「MUTE BEAT」「STILL ECHO」「ORGAN'S MELODY」 の12インチEP3枚をまとめたアルバム。2011年に楽曲追加とデジタルリマスタリングを施してリイシュー。
  • 「FLOWER」(1987)(OVERHEAT)
  • 「LOVER'S ROCK」(1988)(OVERHEAT)
  • 「MUTE BEAT DUB WISE」(1989)(OVERHEAT) ※ダブ・アルバム
  • 「MARCH」(1989)(OVERHEAT)
  • 「MUTE BEAT LIVE」 (1989)(OVERHEAT) ※北米ツアー、グラッドストーン”Gladdy"アンダースンやローランド・アルフォンソとの共演など、1988年~1989年のライブ・アルバム
  • 「No.0 Virgin Dub」(1990) ※「MUTE BEAT SPECIAL」(「Japanese Dub」)がタイトルを改めCD化、スタジオ録音、ピテカントロプス・エレクトスでのライブなどを収録
  • 「DOCUMENT 1989 LIVE AT INKSTICK」(1996) ※1989年6月17日インクスティック芝浦ファクトリーでのライブを収録
  • 「Mute Beat in Dub」(1996) ※ダブ・アルバム
  • 「Tribute To Roland Alphonso-R.ALPHONSO meets MUTE BEAT」(1999)(OVERHEAT) ※ローランド・アルフォンソの追悼として発表された1988年の共演ライブ・アルバム
  • 「MUTE BEAT 14 ECHOES +1 20th Anniversary Edition」(2002) ※ポニーキャニオンによる20周年記念アルバムで、メンバー及びOVERHEAT RECORDSは関与していない。
  • 「THE BEST OF MUTE BEAT」(2011)(OVERHEAT) ※全メンバーが厳選した10曲に、OVERHEATがボーナスで追加したグラッドストーン”Gladdy"アンダースンとのコラボレーション音源を加えた11曲を収録した初のベスト・アルバム

シングル

  • 「MUTE BEAT」(1983) ※ピテカントロプスが自主制作した8インチEP
  • 「MUTE BEAT」(1986)(OVERHEAT) ※12インチEP
  • 「STILL ECHO」(1986)(OVERHEAT) ※12インチEP
  • 「ORGAN'S MELODY」(1987)(OVERHEAT) ※12インチEP
  • 「HAT DANCE / PAIN」(1987)(OVERHEAT) ※7インチEP
  • 「Something Special」(1987) ※日本のレーベル(OVERHEAT)が初めてジャマイカでリリースしたGladstone “Gladdy”Anderson/MUTE BEAT名義の7インチEP
  • 「SUNNY SIDE WALK」(1988)(OVERHEAT) ※12インチEP

DVD

  • 「GLADDY meets MUTE BEAT」(2011)(OVERHEAT) ※1987年2月青山スパイラルホールで行われた、グラッドストーン”Gladdy"アンダースンとのセッションの模様を収録

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

OVERHEAT RECORDS : http://www.overheat.com/artist/mutebeat/index.html