東雲型駆逐艦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
東雲型駆逐艦
IJN Kagero at Kure Taisho 9.jpg
艦級概観
艦種 駆逐艦
艦名
前級 雷型駆逐艦
次級 暁型駆逐艦
性能諸元
排水量 常備:322トン
全長 63.6m
全幅 6.0m
吃水
機関 2軸推進、5,475shp
最大速力 30ノット
航続距離
乗員
兵装 8.0cm単装砲1基
57mm単装砲5基
45cm水上発射管2門

東雲型駆逐艦(しののめかたくちくかん)は、大日本帝国海軍駆逐艦の艦級。

概要[編集]

明治29年度の第一期拡張計画で建造された日本初の駆逐艦。同型艦6隻はイギリスソーニクロフト社に発注された。全艦が日露戦争に参戦、日本海海戦にも参加している。

同型艦[編集]

東雲(しののめ)[編集]

1899年(明治32年)2月1日イギリス・ソーニクロフト社で竣工。同年4月1日、横須賀に到着。1913年(大正2年)7月20日淡水から馬公に回航の途中、安平港北西沖で暴風のため座礁。同年7月23日、船体切断し沈没。同年8月6日、除籍。同年11月29日、沈没のまま売却。
東雲型駆逐艦艦型図

叢雲(むらくも)[編集]

1898年(明治31年)12月29日、イギリス・ソーニクロフト社で竣工。翌年4月23日、横須賀に到着。1919年(大正8年)4月1日、雑役船(潜水艇母船兼掃海船)に指定、叢雲丸と改称。1920年(大正9年)7月1日、特務艇(二等掃海艇)に編入され、叢雲に再改称。1922年(大正11年)4月1日、再度雑役船(標的船)に編入。1925年(大正14年)3月12日、廃船認許。同年6月4日、千葉県洲崎灯台沖で実艦標的として撃沈処分。

夕霧(ゆうぎり/ゆふぎり)[編集]

1899年3月10日、イギリス・ソーニクロフト社で竣工。同年6月22日、横須賀に到着。1919年4月1日、雑役船(潜水艇母船兼掃海船)に指定、有霧丸と改称。1920年(大正9年)7月1日、特務艇(二等掃海艇)に編入され、夕霧に再改称。1922年(大正11年)4月1日、再度雑役船(標的船)に編入。1924年(大正13年)3月14日、廃船認許。

不知火(しらぬい/しらぬひ)[編集]

1899年5月13日、イギリス・ソーニクロフト社で竣工。同年11月10日、横須賀に到着。1922年(大正11年)4月1日、特務艇(二等掃海艇)に編入。1923年(大正12年)6月30日、二等掃海特務艇に類別変更。同年8月1日、雑役船(運貨船)に編入され、公称第2625号に改称。1925年2月25日、廃船認許。

陽炎(かげろう/かげろふ)[編集]

発注時の艦名は第9号水雷艇駆逐艇[1]。1899年10月31日、イギリス・ソーニクロフト社で竣工。翌年3月14日、佐世保に到着。1922年4月1日、雑役船(曳船兼交通船)に編入。1924年(大正13年)10月8日、廃船認許。

薄雲(うすぐも)[編集]

発注時の艦名は第10号水雷艇駆逐艇[1]1900年(明治33年)2月1日、イギリス・ソーニクロフト社で竣工。同年5月14日、鹿児島に到着。1922年4月1日、特務艇(二等掃海艇)に編入。1923年(大正12年)6月30日、二等掃海特務艇に類別変更。同年8月1日、雑役船(運貨船)に編入、同時に公称第2525号に改称。1925年2月25日、廃船。同年4月29日、伊豆大島沖で実艦標的として撃沈処分。

脚注[編集]

  1. ^ a b 『官報』第4550号、明治31年8月29日。

参考書籍[編集]

  • 福井静夫「日本海軍全艦艇史」
  • 艦船模型スペシャル No.17 日本海軍 駆逐艦の系譜 1
  • 海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第一法規出版、1995年。
  • 官報

関連項目[編集]