神風型駆逐艦 (初代)

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神風型駆逐艦
IJN Ushio at Vladivostok Taisho 9.jpg
艦級概観
艦種 駆逐艦、後に三等駆逐艦・掃海艇
艦名
前級 春雨型駆逐艦
次級 海風型駆逐艦
性能諸元
排水量 常備:381t
満載:450t
全長 69.2メートル
全幅 6.6メートル
吃水 1.8メートル
機関 レシプロエンジン2基2軸、6,000hp
最大速力 29ノット
航続距離 11ノット/850カイリ
乗員 70人
兵装 80mm(40口径)単装砲 2門
80mm(28口径)単装砲 4門
450mm魚雷発射管 2門
春雨艦型図。神風型はほぼ同一艦型。

神風型駆逐艦(かみかぜかたくちくかん)は、大日本帝国海軍が保有した駆逐艦の艦級。朝風型とされる場合もある。一番艦の就役開始は1905年8月16日、退役完了は1930年6月1日。

概要[編集]

最初に国産化された春雨型駆逐艦の改良型として1904年(明治37年)に建造が開始された。改良型とはいえ、基本設計は同じ国産の春雨型とほぼ同等であり、準同型艦と言った方が正しい。

日露戦争に備え明治37年度計画で25隻、明治38年度計画で4隻、明治39年度計画で3隻、計32隻という大量建艦がおこなわれたが戦争には間に合わず、竣工はすべて終戦後となった。1912年(大正元年)8月28日三等駆逐艦に類別され、一部は後に掃海艇に転用された。

同型艦[編集]

神風(かみかぜ)[編集]

1905年(明治38年)8月16日横須賀海軍工廠で竣工。1924年(大正13年)12月1日、掃海艇に編入。1928年(昭和3年)4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第8号と仮称。10月12日、廃船認許。

初霜(はつしも)[編集]

1905年8月22日、横須賀海軍工廠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第9号と仮称。10月12日、廃船認許。

弥生(やよい/やよひ)[編集]

1905年9月23日、横須賀海軍工廠で竣工。1924年12月1日、雑役船に編入。1926年(大正15年)8月10日、廃船。豊後水道沖島沖で、標的として撃沈処分。

如月(きさらぎ)[編集]

1905年10月19日、横須賀海軍工廠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第10号と仮称。10月12日、廃船認許。

白露(しらつゆ)[編集]

1906年8月28日三菱合資会社三菱造船所(三菱長崎)で竣工。1928年4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第1号と仮称。8月1日、雑役船に編入され、交通船兼曳船(公称第725号)に指定。1930年(昭和5年)2月12日、廃船認許。

白雪(しらゆき)[編集]

1906年10月12日、三菱長崎で竣工。1924年4月1日、除籍。

松風(まつかぜ)[編集]

1907年(明治40年)2月16日、三菱長崎で竣工。1924年4月1日、除籍。

朝風(あさかぜ)[編集]

1906年2月24日川崎造船所で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第15号と仮称。1929年(昭和4年)1月31日、廃船。同年8月1日、湯谷湾外で榛名比叡の実弾射撃標的として撃沈処分。

春風(はるかぜ)[編集]

1906年5月14日、川崎造船所で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第14号と仮称。1929年1月31日、廃船。

時雨(しぐれ)[編集]

1906年7月11日、川崎造船所で竣工。1924年12月1日、除籍。1926年5月5日、売却。

朝露(あさつゆ)[編集]

1906年10月16日大阪鉄工所桜島工場で竣工。1912年11月9日、七尾湾で座礁し、大破。1914年4月15日、除籍。

疾風(はやて)[編集]

1907年3月25日、大阪鉄工所桜島工場で竣工。1924年12月1日、除籍。1926年6月16日、廃船。1928年7月6日、廃駆逐艦第5号と仮称。1930年1月31日、売却。

追風(おいて/おひて)[編集]

1906年8月21日舞鶴海軍工廠で竣工。1924年12月1日、除籍。1925年11月18日、雑役船に編入され、交通船兼曳船(公称第620号)に指定。1930年12月8日、廃船。1931年(昭和6年)5月28日売却。高知県で漁礁として海没。

夕凪(ゆうなぎ/ゆふなぎ)[編集]

1906年12月25日、舞鶴海軍工廠で竣工。1924年12月1日、除籍。1925年4月1日、廃船認許。1926年5月5日、売却。

夕暮(ゆうぐれ/ゆふぐれ)[編集]

1906年5月26日佐世保海軍工廠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第7号と仮称。1929年11月12日、売却。1930年1月23日、千葉県君津沖で漁礁として海没。

夕立(ゆうだち/ゆふだち)[編集]

1906年7月16日、佐世保海軍工廠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第6号と仮称。

三日月(みかづき)[編集]

1906年9月12日、佐世保海軍工廠で竣工。1928年4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第2号と仮称。7月21日、海没処分。

野分(のわき)[編集]

1906年11月1日、佐世保海軍工廠で竣工。1924年4月1日、除籍。

潮(うしお/うしほ)[編集]

1905年7月15日呉海軍工廠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第12号と仮称。1929年1月31日、廃船。

子日(ねのひ)[編集]

1905年10月1日、呉海軍工廠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第13号と仮称。1929年1月31日、廃船。

響(ひびき)[編集]

1906年9月6日、横須賀海軍工廠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第11号と仮称。同年10月12日、廃船認許。1930年2月13日、売却。

白妙(しろたえ/しろたへ)[編集]

1906年11月20日、三菱長崎で竣工。1914年8月31日、膠州湾外霊山島沖で座礁し、9月4日沈没。10月29日除籍。

初春(はつはる)[編集]

1907年3月1日、川崎造船所で竣工。1924年12月1日、除籍。1926年6月16日、廃船。1928年7月6日、廃駆逐艦第4号と仮称。同年8月13日、航空母艦赤城鳳翔搭載機の爆撃標的として撃沈処分。

若葉(わかば)[編集]

1906年2月28日、横須賀海軍工廠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第16号と仮称。1929年1月31日、廃船。

初雪(はつゆき)[編集]

1906年5月17日、横須賀海軍工廠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第17号と仮称。1929年1月31日、廃船。

卯月(うづき)[編集]

1907年3月6日、川崎造船所で竣工。1924年12月1日、除籍。1926年6月16日、廃船。1928年7月6日、廃駆逐艦第3号と仮称。同年4月1日、東京湾で無線操縦の被操縦艦となる。

水無月(みなづき)[編集]

1907年2月14日、三菱長崎で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年8月1日、第10号掃海艇に改称。1930年6月1日、除籍され、廃駆逐艦第10号(2代目)と仮称。同年7月2日、廃船。1931年5月28日、売却され、高知県で漁礁として海没。

長月(ながつき)[編集]

1907年7月31日浦賀船渠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年8月1日、第11号掃海艇に改称。1930年6月1日、除籍され、廃駆逐艦第11号(2代目)と仮称。同年7月2日、廃船。1931年5月28日、売却。

菊月(きくづき)[編集]

1907年9月20日、浦賀船渠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年8月1日、第12号掃海艇に改称。1930年6月1日、除籍され、廃駆逐艦第12号(2代目)と仮称。

浦波(うらなみ)[編集]

1908年(明治41年)10月20日、舞鶴海軍工廠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年8月1日、第8号掃海艇に改称。1930年6月1日、雑役船に編入。曳船兼交通船(公称第758号)に改称。1935年(昭和10年)10月25日、廃船。1936年(昭和11年)2月27日、売却。

磯波(いそなみ)[編集]

1909年(明治42年)4月2日、舞鶴海軍工廠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年8月1日、第7号掃海艇に改称。1930年6月1日、雑役船に編入。曳船兼交通船(公称第756号)に改称。1935年4月9日、廃船。

綾波(あやなみ)[編集]

1909年6月26日、舞鶴海軍工廠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年8月1日、第9号掃海艇に改称。1930年6月1日、雑役船に編入。曳船兼交通船(公称第757号)に改称。1933年4月19日、廃船認許。

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第一法規出版、1995年。

関連項目[編集]