神風型駆逐艦 (初代)

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神風型駆逐艦
IJN Ushio at Vladivostok Taisho 9.jpg
艦級概観
艦種 駆逐艦、後に三等駆逐艦・掃海艇
艦名
前級 春雨型駆逐艦
次級 海風型駆逐艦
性能諸元
排水量 常備:381t
満載:450t
全長 69.2メートル
全幅 6.6メートル
吃水 1.8メートル
機関 レシプロエンジン2基2軸、6,000hp
最大速力 29ノット
航続距離 11ノット/850カイリ
乗員 70人
兵装 80mm(40口径)単装砲 2門
80mm(28口径)単装砲 4門
450mm魚雷発射管 2門
春雨艦型図。神風型はほぼ同一艦型。

神風型駆逐艦(かみかぜかたくちくかん)は、大日本帝国海軍が保有した駆逐艦の艦級。朝風型とされる場合もある。一番艦の就役開始は1905年8月16日、退役完了は1930年6月1日。

概要[編集]

最初に国産化された春雨型駆逐艦の改良型として1904年(明治37年)に建造が開始された。改良型とはいえ、基本設計は同じ国産の春雨型とほぼ同等であり、準同型艦と言った方が正しい。

日露戦争に備え明治37年度計画で25隻、明治38年度計画で4隻、明治39年度計画で3隻、計32隻という大量建艦がおこなわれたが戦争には間に合わず、竣工はすべて終戦後となった。1912年(大正元年)8月28日三等駆逐艦に類別され、一部は後に掃海艇に転用された。

同型艦[編集]

※艦長等は『日本海軍史』第9巻・第10巻の「将官履歴」及び『官報』に基づく。階級は就任時のもの。

神風(かみかぜ)[編集]

1905年(明治38年)8月16日横須賀海軍工廠で竣工。1924年(大正13年)12月1日、掃海艇に編入。1928年(昭和3年)4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第8号と仮称。10月12日、廃船認許。
駆逐艦長
横尾義達 少佐:1905年12月12日 - 1906年1月25日
(兼)海老原啓一 少佐:1906年1月25日 - 8月30日
金崎彦四郎 大尉:1906年8月30日 - 1908年2月1日
犬山秀一 少佐:1908年2月1日 - 5月15日
堀江豊雄 大尉:1908年5月15日 - 11月20日
西田徳次 大尉:1908年11月20日 - 1909年10月15日
園田般二郎 大尉:1909年10月15日 - 1911年1月23日
原完二 大尉:1911年1月23日 - 1913年4月1日
杉浦正雄 大尉:1913年4月1日 - 1914年12月1日
林義寛 大尉:不詳 - 1916年4月4日
御堀伝造 少佐:1916年4月4日 - 12月1日
色川武夫 大尉:1916年12月1日 - 1917年12月1日[1]
村田章一 大尉:1917年12月1日[1] - 1918年12月1日[2]
岡田偆一 大尉:1918年12月1日 - 1919年3月10日
高山忠三 大尉:1919年3月10日[3] - 12月1日[4]
大島平 少佐:1919年12月1日[4] - 1920年12月1日[5]
園二郎 大尉:1920年12月1日[5] - 1922年6月10日[6]
福原一郎 大尉:1922年6月10日[6] - 1922年11月1日[7]
三塚俊男 大尉:1922年11月10日[8] -
勝野実 大尉:1923年12月1日 - 1924年12月1日
掃海艇長
勝野実 大尉:1924年12月1日 - 1925年8月1日
宮本定知 大尉:1925年8月1日 - 1926年12月1日

初霜(はつしも)[編集]

1905年8月22日、横須賀海軍工廠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第9号と仮称。10月12日、廃船認許。
艦長
海老原啓一 大尉:1905年7月21日 - 12月12日
駆逐艦長
海老原啓一 少佐:1905年12月12日 - 1906年9月28日
青木董平 大尉:1906年9月28日 - 1907年9月28日
南郷次郎 大尉:1907年9月28日 - 1908年3月16日
(兼)犬山秀一 少佐:1908年3月16日 - 5月15日
(兼)堀江豊雄 大尉:1908年5月15日 - 9月25日
田口刺戟 大尉:1908年9月25日 - 11月20日
山田虎雄 大尉:1908年11月20日 - 1910年2月16日
(兼)園田般二郎 大尉:1910年2月16日 - 12月1日
園田繁喜 少佐:1910年12月1日 - 1911年5月23日
神谷京 大尉:1911年5月23日 - 8月19日
中村有年 大尉:1911年8月19日 - 1912年5月22日
赤峰一郎 大尉:1912年5月22日 - 1913年5月24日
荒城二郎 大尉:1913年5月24日 - 6月25日
巨勢泰八 大尉:1913年6月25日 - 1914年12月15日
生田矢一 大尉:1914年12月15日 - 不詳
藪正毅 少佐:不詳 - 1915年12月13日
若山昇 大尉:不詳 - 1916年9月12日
(兼)高橋雄三郎 大尉:1916年9月12日 - 12月1日
出淵松夫 大尉:1916年12月1日 - 1918年12月1日[2]
町田進一郎 大尉:1918年12月1日 - 1919年12月1日
杉本嘉多雄 大尉:1919年12月1日[4] -
加藤仁太郎 大尉:1921年4月1日 - 1922年12月1日
須賀彦次郎 大尉:1922年12月1日 - 1923年9月1日
小島常次郎 大尉:1923年9月1日[9] -
掃海艇長
阪匡身 大尉:1924年12月1日 - 1926年12月1日

弥生(やよい/やよひ)[編集]

1905年9月23日、横須賀海軍工廠で竣工。1924年12月1日、雑役船に編入。1926年(大正15年)8月10日、廃船。豊後水道沖島沖で、標的として撃沈処分。
艦長
土師勘四郎 少佐:1905年9月1日 - 12月12日
駆逐艦長
土師勘四郎 少佐:1905年12月12日 - 1906年1月25日
庄野義雄 少佐:1906年1月25日 - 2月14日
大宮釤次郎 少佐:1906年2月14日 - 1907年2月9日
前川義一 大尉:1907年2月9日 - 9月28日
吉村信成 少佐:1907年9月28日 - 1908年7月16日
影浦喜次郎 大尉:1908年7月16日 - 11月20日
小沢八郎 大尉:1908年11月20日 - 1910年5月23日
横尾敬義 大尉:1910年5月23日 - 1911年5月23日
本宿直次郎 大尉:1911年5月23日 - 12月1日
藤田許太郎 大尉:1911年12月1日 - 1913年4月1日
松平胖 大尉:1913年4月1日 - 1913年12月1日
高辻広長 大尉:1913年12月1日 - 1914年5月27日
加藤雅一 大尉:1914年5月27日 - 1915年12月13日
塩島美雄 大尉:1915年12月13日 - 1916年4月11日
古川良一 少佐:1916年4月11日 - 1916年10月27日
渋谷荘司 大尉:1916年10月27日 - 1917年7月2日
水落高五郎 少佐:1917年7月2日 - 12月1日[1]
森田重房 大尉:1917年12月1日[1] -
石井順三 大尉:不詳 - 1918年12月1日[2]
奥野晃 大尉:1918年12月1日[2] - 1919年4月26日[10]
後藤英次 大尉:1919年4月26日 - 1921年9月1日
(兼)須藤平三郎 少佐:1921年12月1日[11] - 1922年4月8日[12]
福原一郎 大尉:1922年4月8日[12] - 6月10日[6]
園二郎 大尉:1922年6月10日[6] -
村瀬頼治 大尉:不詳 - 1924年2月5日[13]
(兼)宮武重敏 大尉:1924年2月5日[13] -

如月(きさらぎ)[編集]

1905年10月19日、横須賀海軍工廠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第10号と仮称。10月12日、廃船認許。
艦長
横尾尚 大尉:1905年10月12日 - 12月12日
駆逐艦長
横尾尚 大尉:1905年12月12日 - 1906年1月25日
大谷幸四郎 大尉:1906年1月25日 - 3月8日
粟屋雅三 大尉:1906年3月8日 - 1907年9月28日
宮野好二 大尉:1907年9月28日 - 1908年4月20日
(兼)角田貫三 大尉:1908年4月20日 - 7月31日
(兼)末次綱吉 大尉:1908年7月31日 - 9月25日
渡辺玉樹 大尉:1908年9月25日 - 11月20日
鈴木八百蔵 大尉:1908年11月20日 - 1911年6月28日
石川清 大尉:1911年6月28日 - 1912年3月1日
(兼)原完二 少佐:1912年3月1日 - 1912年5月22日
中村熊三 大尉:1912年5月22日 - 1913年12月1日
若山昇 大尉:1913年12月1日 - 不詳
尾本知 大尉:1914年9月16日 - 12月1日
高橋雄三郎 大尉:不詳 - 1916年12月1日
田川薫 少佐:1916年12月1日 - 1917年2月7日
江口喜八 大尉:1917年2月7日 - 12月1日[1]
高橋頴雄 大尉:1917年12月1日 - 12月15日
南雲忠一 大尉:1917年12月15日 - 1918年12月1日
斎藤二朗 大尉:1918年12月1日 - 1920年5月6日
金子豊吉 大尉:1921年2月10日 - 1922年12月10日
古橋亀一 大尉:不詳 - 1923年11月1日[14]
田村劉吉 大尉:1923年12月1日 - 1924年12月1日
掃海艇長
田村劉吉 大尉:1924年12月1日 - 1925年10月15日
渓口豪介 大尉:1925年10月15日[15] -
(兼)木村昌福 大尉:1926年8月1日 - 8月20日[16]
島津信夫 大尉:1926年8月20日[16] - 1926年12月1日[17]

白露(しらつゆ)[編集]

1906年8月28日三菱合資会社三菱造船所(三菱長崎)で竣工。1928年4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第1号と仮称。8月1日、雑役船に編入され、交通船兼曳船(公称第725号)に指定。1930年(昭和5年)2月12日、廃船認許。
駆逐艦長
(兼)守永喜三郎 大尉:1906年7月3日 - 8月30日
桂頼三 大尉:1906年8月30日 - 1907年4月5日
岡村友治 大尉:1907年4月5日 - 1908年4月20日
(兼)磯田敏祐 大尉:1908年4月20日 - 9月25日
八角三郎 大尉:1908年9月25日 - 11月20日
田辺金次郎 大尉:1908年11月20日 - 1911年5月23日
塚本克熊 大尉:1911年5月23日 - 1911年12月1日
牛島潔 大尉:1911年12月1日 - 1912年12月1日
志岐重吉 大尉:1912年12月1日 - 1913年12月1日
武田維幸 大尉:1913年12月1日 - 1914年12月1日
石田正一 少佐:不詳 - 1916年4月12日
井上桓征 大尉:1916年4月12日 - 12月1日
田尻敏郎 大尉:1916年12月1日 - 1917年12月1日[1]
山本政平 大尉:1917年12月1日[1] - 1919年12月1日[4]
須藤平三郎 大尉:1919年12月1日[4] - 1920年12月1日[5]
加藤正 大尉:1920年12月1日[5] - 1921年1月25日[18]
須賀彦次郎 大尉:1921年1月25日 - 1922年12月1日
五十嵐恵 大尉:1922年12月1日[19] -
新美和貴 大尉:1923年12月1日 - 1924年4月10日
西岡茂泰 大尉:1924年4月10日 - 1925年8月1日
勝野実 大尉:1925年8月1日 - 1925年12月1日
中川浩 大尉:1925年12月1日 - 1926年12月1日

白雪(しらゆき)[編集]

1906年10月12日、三菱長崎で竣工。1924年4月1日、除籍。
駆逐艦長
増田幸一 大尉:1906年8月30日 - 1907年9月28日
寺島宇瑳美 大尉:1907年9月28日 - 1908年1月10日
小倉卯之助 大尉:1908年1月10日 - 4月20日
戸名肱三郎 大尉:1908年4月20日 - 6月5日
(兼)加賀山幾 大尉:1908年6月5日 - 7月11日
(兼)中山友次郎 大尉:1908年7月11日 - 9月19日
戸名肱三郎 大尉:1908年9月19日 - 12月10日
吉田良鋭 大尉:1908年12月10日 - 1910年7月16日
荷村信夫 大尉:1910年7月16日 - 1912年4月1日
太田文次 大尉:1912年4月1日 -
白木豊 大尉:不詳 - 1913年1月8日
(兼)田中千代太郎 大尉:1913年1月8日 - 1月27日
小松三郎 大尉:1913年1月27日 - 1913年5月24日
小川正冬 少佐:1913年5月24日 - 不詳
池田武義 少佐:不詳 - 1916年12月1日
太田増右衛門 大尉:1916年12月1日 - 1917年12月1日[1]
斎藤直彦 大尉:1917年12月1日[1] - 1918年12月1日[2]
柳原信男 大尉:1918年12月1日[2] - 1919年12月1日[4]
山田梅蔵 大尉:1919年12月1日[4] - 1922年4月8日[12]
(兼)境澄信 大尉:1922年4月8日[12] -
後藤伝治郎 大尉:1922年12月1日[19] -
(兼)帖佐敬吉 少佐:不詳 - 1923年12月1日[20]

松風(まつかぜ)[編集]

1907年(明治40年)2月16日、三菱長崎で竣工。1924年4月1日、除籍。
駆逐艦長
(兼)横尾尚 少佐:1907年2月9日 - 4月5日
園田繁喜 大尉:1907年4月5日 - 1909年2月20日
(兼)春日正量 大尉:1909年2月20日 - 7月30日
(兼)黒田勇吉 大尉:1909年7月30日 - 12月1日
園田義治 大尉:1909年12月1日 - 1911年5月23日
園田信正 大尉:1911年5月23日 - 1913年12月1日
前田数馬 大尉:1913年12月1日 - 不詳
緒方末記 少佐:不詳 - 1916年12月1日
(兼)太田増右衛門 大尉:1916年12月1日 - 1917年3月1日
石井先知 大尉:1917年3月1日 - 1918年12月1日[2]
川村久右衛門 大尉:1918年12月1日[2] -
(兼)鈴木清 大尉:不詳 - 1920年3月15日[21]
工藤泉介 大尉:1920年3月15日[21] - 1920年11月12日[22]
奥信一 大尉:1920年11月12日 - 1921年12月1日
佐藤慶蔵 大尉:1921年12月1日[11] -
山上誠一 大尉:不詳 - 1923年1月20日[23]
遠藤昌 大尉:1923年1月20日[23] - 11月1日[14]

朝風(あさかぜ)[編集]

1906年2月24日川崎造船所で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第15号と仮称。1929年(昭和4年)1月31日、廃船。同年8月1日、湯谷湾外で榛名比叡の実弾射撃標的として撃沈処分。
駆逐艦長
(兼)鈴木氏正 少佐:1906年3月6日 - 5月10日
(兼)三上兵吉 中佐:1906年5月10日 - 9月13日
(兼)田中吉太郎 大尉:1906年9月13日 - 12月20日
玉岡吉郎 大尉:1906年12月20日 - 1907年10月15日
関干城 大尉:1907年10月15日 - 11月22日
武富咸一 大尉:1907年11月22日 - 1908年11月26日
江口金馬 大尉:1908年11月26日 - 1909年2月1日
児玉兼三郎 大尉:1909年2月1日 - 12月1日
(兼)木岡英男 大尉:1909年12月1日 - 1910年1月15日
荷村信夫 大尉:1910年1月15日 - 2月3日
(兼)木岡英男 大尉:1910年2月3日 - 12月1日
影浦喜次郎 大尉:1910年12月1日 - 1911年4月17日
(兼)岡田政次郎 少佐:1911年4月17日 - 5月22日
賀川五助 大尉:1911年5月22日 - 1912年5月22日
柘植道二 大尉:1912年5月22日 - 12月1日
倉島巽 大尉:1912年12月1日 - 1913年12月1日
柴山司馬 大尉:1913年12月1日 - 1914年12月1日
梅鉢義三 大尉:不詳 - 1915年12月13日
大久保義雄 大尉:1915年12月13日 - 1918年9月10日[24]
小島謙太郎 大尉:1918年9月10日 - 1918年12月1日
有馬直 大尉:1918年12月1日[2] - 1919年9月8日[25]
岩原盛恵 大尉:1919年9月8日[25] - 1922年2月1日[26]
(兼)日台虎治 大尉:1922年2月1日 - 1922年7月4日
太原進 大尉:1922年7月20日 - 1924年7月1日
前田芳雄 大尉:1924年7月1日[27] - 12月1日
掃海艇長
前田芳雄 大尉:1924年12月1日[28] - 1925年4月20日[29]
木村一郎 大尉:1925年4月20日[29] - 1925年10月15日[15]
(兼)床井春吉 大尉:1925年10月15日[15] - 1925年12月1日[30]
服部勝二 大尉:1925年12月1日 - 1926年12月1日

春風(はるかぜ)[編集]

1906年5月14日、川崎造船所で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第14号と仮称。1929年1月31日、廃船。
駆逐艦長
金子忠吉 大尉:1906年4月27日 - 12月20日
(兼)小泉親治 大尉:1906年12月20日 - 1907年1月18日
上瀧羽金 大尉:1907年1月18日 - 12月18日
佐久間勉 大尉:1907年12月18日 - 1908年4月20日
(兼)吉永武之 大尉:1908年4月20日 - 9月25日
石川庄一郎 大尉:1908年9月25日 - 12月23日
(兼)吉永武之 大尉:1908年12月23日 - 1909年2月1日
石川庄一郎 大尉:1909年2月1日 - 1910年4月28日
田辺栄次郎 大尉:1910年4月28日 - 12月1日
森岡喜作 大尉:1910年12月1日 - 1911年12月1日
市村久雄 大尉:1911年12月1日 - 1913年12月1日
村上正之助 大尉:1913年12月1日 - 1915年12月13日
坪井丈左衛門 大尉:1915年12月13日 - 1917年8月23日
畠山義赴 大尉:1917年8月23日 - 1919年12月1日[4]
佐倉武夫 大尉:1919年12月1日 - 1921年12月1日
横山茂 大尉:1921年12月1日[11] - 1922年1月10日[31]
杉山六蔵 大尉:1922年1月10日 - 1922年12月1日
山口常太郎 大尉:1922年12月1日[19] - 1923年5月10日[32]
長谷部喜蔵 大尉:1923年5月10日[32] -
掃海艇長
床井春吉 大尉:1924年12月1日[28] - 1926年2月1日[33]
森本信一 少佐:1926年2月1日[33] - 1926年12月1日[17]

時雨(しぐれ)[編集]

1906年7月11日、川崎造船所で竣工。1924年12月1日、除籍。1926年5月5日、売却。
駆逐艦長
(兼)渡辺真吾 少佐:1906年6月14日 - 8月30日
磯部忠次 少佐:1906年8月30日 - 1907年3月30日
笹尾源之丞 大尉:1907年3月30日 - 1908年4月20日
(兼)広沢恒 大尉:1908年4月20日 - 8月21日
熊沢伊勢雄 大尉:1908年8月21日 - 1910年2月16日
(兼)石川庄一郎 大尉:1910年2月16日 - 4月28日
(兼)田辺栄次郎 大尉:1910年4月28日 - 12月1日
瀧田吉郎 大尉:1910年12月1日 - 1911年5月23日
加島次太郎 大尉:1911年5月23日 - 1913年5月24日
高橋正雄 大尉:1913年5月24日 -
岩村兼言 大尉:1914年12月1日 - 1915年12月13日
長井実養 大尉:1915年12月13日 - 1918年7月2日[34]
(兼)緒方末記 少佐:1918年7月2日[34] - 1918年9月2日[35]
(兼)竹内正 少佐:1918年9月2日[35] -
次木亀作 大尉:1918年12月1日[2] - 1920年12月1日[5]
栗田健男 大尉:1920年12月1日 - 1921年6月8日
長尾惣助 大尉:1921年6月8日[36] - 1921年11月10日[37]
早川定三 大尉:1921年11月10日[37] - 1922年11月1日[7]
日野昇一 大尉:1922年11月1日[7] -
西岡茂泰 大尉:1923年11月10日 - 1924年4月10日

朝露(あさつゆ)[編集]

1906年10月16日大阪鉄工所桜島工場で竣工。1912年11月9日、七尾湾で座礁し、大破。1914年4月15日、除籍。
駆逐艦長
(兼)遠矢勇之助 少佐:1906年7月18日 - 12月20日
岡村秀二郎 大尉:1906年12月20日 - 1907年3月13日
(兼)遠矢勇之助 少佐:1907年3月13日 - 1907年3月21日
(兼)末次綱吉 大尉:1907年3月21日 - 8月26日
生野太郎八 少佐:1907年8月26日 - 1908年5月15日
(兼)林直親 大尉:1908年5月15日 - 9月25日
青木董平 大尉:1908年9月25日 - 12月10日
荒城二郎 大尉:1908年12月14日 - 1909年12月1日
(兼)前田数馬 大尉:1909年12月1日 - 1910年12月1日
中原市介 大尉:1910年12月1日 - 1912年5月22日
堀江豊雄 大尉:1912年5月22日 - 1913年10月14日
(兼)藤田三他人 大尉:1913年10月14日 - 12月1日
藤田三他人 大尉:1913年12月1日 -

疾風(はやて)[編集]

1907年3月25日、大阪鉄工所桜島工場で竣工。1924年12月1日、除籍。1926年6月16日、廃船。1928年7月6日、廃駆逐艦第5号と仮称。1930年1月31日、売却。
駆逐艦長
(兼)森本義寛 少佐:1907年3月15日 - 7月1日
(兼)高橋律人 大尉:1907年7月1日 - 7月12日
林直親 大尉:1907年7月12日 - 1908年11月20日
森脇栄枝 大尉:1908年11月20日 - 1909年12月1日
(兼)館明次郎 大尉:1909年12月1日 - 1910年12月1日
広瀬豊 大尉:1910年12月1日 - 12月20日
大橋朝正 少佐:1910年12月20日 - 1911年6月1日
亥角喜蔵 大尉:1911年6月1日 - 1912年12月1日
関谷光平 大尉:1912年12月1日 - 1913年9月26日
(兼)牛島潔 大尉:1913年9月26日 - 12月1日
塚本克熊 大尉:1913年12月1日 - 1915年12月13日
西村七三郎 大尉:1915年12月13日 -
川越忠光 大尉:1917年10月10日 - 1918年12月1日
若木元次 大尉:1918年12月1日[2] -
境澄信 大尉:不詳 - 1921年3月9日[38]
須藤平三郎 少佐:1921年3月9日[38] -
(兼)実吉敏郎 大尉:不詳 - 1921年4月30日[39]
春日末章 大尉:1921年4月30日[39] - 12月1日[11]
須藤平三郎 少佐:1921年12月1日[11] -
安富芳介 大尉:不詳 - 1924年2月5日[13]
藤井音四郎 大尉:1924年2月5日[13] -

追風(おいて/おひて)[編集]

1906年8月21日舞鶴海軍工廠で竣工。1924年12月1日、除籍。1925年11月18日、雑役船に編入され、交通船兼曳船(公称第620号)に指定。1930年12月8日、廃船。1931年(昭和6年)5月28日売却。高知県で漁礁として海没。
駆逐艦長
遠矢勇之助 少佐:1906年7月3日 - 1907年3月21日
末次綱吉 大尉:1907年3月21日 - 1908年6月23日
園田信正 大尉:1908年6月23日 - 1909年12月1日
前田数馬 大尉:1909年12月1日 - 1911年5月23日
幸山三枝 大尉:1911年5月23日 - 1912年9月7日
宮部光利 大尉:1912年9月7日 - 1913年5月24日
藤田三他人 大尉:1913年5月24日 - 12月1日
丹下弘男 大尉:1913年12月1日 - 1915年12月13日
池田喜蔵 大尉:1915年12月13日 - 1917年12月1日[1]
倉田七郎 大尉:1917年12月1日[1] -
田中恒太郎 大尉:不詳 - 1918年9月12日[40]
大崎義雄 少佐:1918年9月12日[40] - 1919年12月1日[4]
村島徤三 大尉:1919年12月1日[4] -
斎藤二朗 大尉:1920年5月6日 - 1920年10月5日
(兼)中村熊三 中佐:不詳 - 1920年12月1日[5]
実吉敏郎 大尉:1920年12月1日[5] -
(兼)春日末章 大尉:不詳 - 1921年8月6日[41]
栗田健男 大尉:1921年8月6日 - 1921年9月6日
(兼)佐藤立一 大尉:不詳 - 1921年11月10日[37]
平岡貞 大尉:1921年11月10日[37] -
(兼)村瀬頼治 大尉:不詳 - 1924年2月5日[13]
(兼)宮武重敏 大尉:1924年2月5日[13] -

夕凪(ゆうなぎ/ゆふなぎ)[編集]

1906年12月25日、舞鶴海軍工廠で竣工。1924年12月1日、除籍。1925年4月1日、廃船認許。1926年5月5日、売却。
駆逐艦長
森本義寛 少佐:1906年11月22日 - 1907年7月1日
高橋律人 大尉:1907年7月1日 - 1908年4月20日
黒田勇吉 大尉:1908年4月20日 - 1909年2月20日
館明次郎 大尉:1909年2月20日 - 1911年12月1日
古川良一 大尉:1911年12月1日 - 1913年5月24日
牛島潔 大尉:1913年5月24日 - 1914年2月2日
村原彪一 大尉:1914年2月2日 - 1916年9月5日
日暮豊年 大尉:1916年9月5日 - 12月1日
岩城茂身 大尉:1916年12月1日 - 1917年12月1日[1]
原田文一 大尉:1917年12月1日[1] - 1918年11月18日[42]
野田謙三 大尉:1918年11月18日 - 1919年12月1日
浅井次郎 大尉:1919年12月1日[4] -
佐藤立一 大尉:不詳 - 1922年5月1日[43]
難波正 少佐:1922年5月1日[43] - 12月1日[19]

夕暮(ゆうぐれ/ゆふぐれ)[編集]

1906年5月26日佐世保海軍工廠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第7号と仮称。1929年11月12日、売却。1930年1月23日、千葉県君津沖で漁礁として海没。
駆逐艦長
守永喜三郎 大尉:1906年5月10日 - 1907年10月15日
玉岡吉郎 少佐:1907年10月15日 - 1908年12月10日
(兼)丸尾剛 大尉:1908年12月14日 - 1909年2月1日
中山友次郎 大尉:1909年2月1日 - 1909年12月1日
(兼)大金実 大尉:1909年12月1日 - 1910年10月12日
小沢八郎 大尉:1910年10月12日 - 1911年10月25日
(兼)武久完 大尉:1911年10月25日 - 12月1日
副島村八 少佐:1911年12月1日 - 1912年6月5日
岩村兼言 大尉:1912年6月5日 - 1913年12月1日
広瀬彦太 大尉:1913年12月1日 -
有地十五郎 大尉:1915年5月26日 - 12月13日
石川哲四郎 大尉:1915年12月13日 - 1917年7月2日
高橋真十郎 大尉:1917年7月2日 - 8月23日
今泉美啓 大尉:1917年8月23日 - 12月1日[1]
鎌田喜志衛 大尉:1917年12月1日[1] - 1919年6月1日[44]
岸本鹿子治 大尉:1919年6月1日 - 1919年9月20日
中込育三 大尉:1919年9月20日[45] -
実吉敏郎 大尉:不詳 - 1920年12月1日[5]
柳原信男 大尉:1920年12月1日[5] - 1921年11月20日[46]
杉山六蔵 大尉:1921年11月20日 - 1922年1月10日
横山茂 少佐:1922年1月10日[31] - 1923年12月1日[20]
掃海艇長
秋山輝男 大尉:1924年12月1日 - 1925年12月1日
木村昌福 大尉:1925年12月1日 - 1926年12月1日

夕立(ゆうだち/ゆふだち)[編集]

1906年7月16日、佐世保海軍工廠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第6号と仮称。
駆逐艦長
平井徳蔵 少佐:1906年7月3日 - 1907年1月18日
山口宗太郎 大尉:1907年1月18日 - 1908年4月20日
(兼)玉岡吉郎 少佐:1908年4月20日 - 9月25日
丸尾剛 大尉:1908年9月25日 - 1909年2月20日
大金実 大尉:1909年2月20日 - 1911年4月1日
(兼)小沢八郎 大尉:1911年4月1日 - 4月17日
山中義勇 大尉:1911年4月17日 - 1911年12月1日
大谷箭太郎 大尉:1911年12月1日 - 1912年12月20日
山崎圭二 大尉:1912年12月20日 - 1914年5月27日
瀧田吉郎 大尉:1914年5月27日 - 1915年3月8日
土田数雄 大尉:不詳 - 1915年12月13日
石川光儀 大尉:1915年12月13日 - 1917年6月1日
赤沢堅三郎 大尉:1917年6月1日 - 1918年12月1日[2]
鈴木幸三 大尉:1918年12月1日 - 1920年4月29日
野田謙三 大尉:1920年4月29日 - 1921年11月20日
加賀屋要吉 大尉:1921年11月20日[46] - 1922年12月1日[19]
池田久雄 少佐:不詳 - 1923年12月1日[20]
橋本信太郎 大尉:1923年12月1日 - 1924年12月1日
掃海艇長
森友一 大尉:1924年12月1日 - 1925年12月1日
小沢三良 大尉:1925年12月1日[30] - 1926年12月1日[17]

三日月(みかづき)[編集]

1906年9月12日、佐世保海軍工廠で竣工。1928年4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第2号と仮称。7月21日、海没処分。
駆逐艦長
(兼)平井徳蔵 少佐:1906年8月10日 - 8月30日
宮村暦造 大尉:1906年8月30日 - 9月28日
田島條二 大尉:1906年9月28日 -
中桐啓太 大尉:1907年6月13日 - 9月28日
磯田敏祐 大尉:1907年9月28日 - 1909年4月29日
園田義治 大尉:1909年4月29日 - 12月1日
(兼)田辺金次郎 大尉:1909年12月1日 - 1910年12月1日
副島村八 大尉:1910年12月1日 - 1911年5月23日
柳原継雄 少佐:1911年5月23日 - 9月13日
武久完 大尉:1911年9月13日 - 1912年5月22日
山中義勇 大尉:1912年5月22日 - 12月1日
(兼)大谷箭太郎 大尉:1912年12月1日 - 12月20日
北村栄虎 少佐:1912年12月20日 - 1914年5月27日
長谷川清 少佐:1914年5月27日 - 8月24日
柘植道二 少佐:不詳 - 1916年6月1日
岡内弥三郎 大尉:1916年6月1日 - 12月1日
森田重房 大尉:1916年12月1日 - 1917年7月2日
佐藤六平 少佐:1917年7月2日 - 12月1日[1]
原精太郎 大尉:1917年12月1日 - 1919年8月20日
大熊政吉 大尉:1919年8月20日 - 1919年12月1日
(兼)鈴木幸三 大尉:1919年12月1日 - 1920年3月15日
藤堂功 大尉:1920年3月15日 - 1920年12月1日
中田操 大尉:1920年12月1日[5] - 1921年11月1日[47]
(兼)柳原信男 大尉:1921年11月1日[47] - 11月20日[46]
(兼)杉山六蔵 大尉:1921年11月20日 - 1921年12月1日
太田泰治 少佐:1921年12月1日 - 1922年1月10日
鈴木田幸造 大尉:1922年1月10日[31] - 1922年12月1日[19]
河原金之輔 大尉:1922年12月1日[19] -
新井清 大尉:不詳 - 1924年12月1日[28]
伊藤皎 大尉:1924年12月1日[28] -
山口次平 大尉:1925年5月1日 - 1926年12月1日

野分(のわき)[編集]

1906年11月1日、佐世保海軍工廠で竣工。1924年4月1日、除籍。
駆逐艦長
(兼)増田幸一 少佐:1906年10月20日 - 12月20日
横尾尚 少佐:1906年12月20日 - 1907年4月5日
渡辺玉樹 大尉:1907年4月5日 - 9月28日
加賀山幾 大尉:1907年9月28日 - 1908年7月11日
中山友次郎 大尉:1908年7月11日 - 1909年2月1日
(兼)吉田良鋭 大尉:1909年2月1日 - 12月1日
中山友次郎 大尉:1909年12月1日 - 1910年5月23日
巨勢泰八 大尉:1910年5月23日 - 1912年1月22日
高橋正雄 大尉:1912年1月22日 - 12月1日
田中千代太郎 大尉:1912年12月1日 - 1913年12月1日
初田甚三郎 大尉:1913年12月1日 - 1915年12月13日
江口喜八 大尉:1915年12月13日 - 1917年2月7日
彭城昌国 大尉:1917年2月7日 - 1917年12月1日[1]
白根貞介 大尉:1917年12月1日 - 1918年6月1日
染河啓三 大尉:1918年6月1日[48] - 1918年12月1日[2]
久我徳一 大尉:1918年12月1日[2] -
帖佐敬吉 少佐:不詳 - 1923年12月1日[20]

潮(うしお/うしほ)[編集]

1905年7月15日呉海軍工廠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第12号と仮称。1929年1月31日、廃船。
駆逐艦長
磯部忠次 少佐:1905年12月12日 - 1906年8月30日
(兼)成瀬美雄 大尉:1906年8月30日 - 10月25日
(兼)加々良乙比古 大尉:1906年10月25日 - 1907年1月12日
内倉利吉 大尉:1907年1月12日 - 1908年4月20日
鈴木辰雄 大尉:1908年4月20日 - 12月10日
西野作太郎 大尉:不詳 - 1909年4月12日
唐沢忠祥 大尉:1909年4月12日 - 1909年12月1日
(兼)佐川英夫 大尉:1909年12月1日 - 1910年12月1日
石川清 大尉:1910年12月1日 - 1911年1月23日
岡田政次郎 少佐:1911年1月23日 - 8月19日
臼井国 大尉:1911年8月19日 - 1912年5月22日
野田為良 少佐:1912年5月22日 - 1913年4月1日
小沢潔 大尉:1913年4月1日 - 12月1日
石田正一 大尉:1913年12月1日 - 1914年8月7日
福本百太郎 大尉:1914年8月7日 - 1915年12月13日
柘植慶太郎 大尉:1915年12月13日 - 1917年6月1日
畠山義赴 大尉:1917年6月1日 - 8月23日
坪井丈左衛門 少佐:1917年8月23日 - 12月1日[1]
馬瀬篤治 大尉:1917年12月1日[1] - 1918年5月21日[49]
小山与四郎 大尉:1918年5月21日[49] - 1918年12月1日[2]
吉田庸光 大尉:1918年12月1日 - 1919年9月15日
岩村清一 大尉:1919年9月15日 - 1919年12月1日
小林廉也 大尉:1919年12月1日[4] - 1920年11月15日[50]
鈴木田幸造 大尉:1920年11月15日[50] - 1922年1月10日[31]
(兼)山本正夫 大尉:1922年1月10日[31] -
阿部弘毅 大尉:1922年7月20日 - 1922年12月1日
藤田類太郎 大尉:1922年12月1日 - 1923年11月20日
大藤正直 大尉:1923年11月20日[51] -
掃海艇長
隈部勇 大尉:1924年12月1日[28] - 1925年12月1日[30]
牟田口格郎 大尉:1925年12月1日 - 1926年4月25日

子日(ねのひ)[編集]

1905年10月1日、呉海軍工廠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第13号と仮称。1929年1月31日、廃船。
駆逐艦長
鈴木氏正 少佐:1905年12月12日 - 1906年9月13日
田中吉太郎 大尉:1906年9月13日 - 1907年2月9日
有田秀通 大尉:1907年2月9日 - 9月3日
副島慶一 大尉:1907年9月3日 - 1908年7月11日
(兼)武富咸一 大尉:1908年7月11日 - 9月25日
佐川英夫 大尉:1908年9月25日 - 1911年5月23日
大島衛義 大尉:1911年5月23日 - 1911年12月1日
伊東真三郎 少佐:1911年12月1日 - 1914年5月27日
黒田勇吉 少佐:1914年5月27日 - 不詳
増田重義 大尉:不詳 - 1915年12月13日
森繁二 大尉:1915年12月13日 - 1916年12月1日
染河啓三 大尉:1916年12月1日 - 1918年6月1日[48]
吉田健介 大尉:1918年6月1日[48] - 1919年12月1日[4]
島村綱雄 大尉:1919年12月1日[4] - 1920年12月1日[5]
大井吉郎 大尉:1920年12月1日[5] -
掃海艇長
河西虎三 大尉:1924年12月1日[28] - 1926年12月1日[17]

響(ひびき)[編集]

1906年9月6日、横須賀海軍工廠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第11号と仮称。同年10月12日、廃船認許。1930年2月13日、売却。
駆逐艦長
(兼)粟屋雅三 大尉:1906年7月16日 - 8月30日
長沢直太郎 大尉:1906年8月30日 - 1908年2月29日
角田貫三 大尉:1908年2月29日 - 7月31日
末次綱吉 大尉:1908年7月31日 - 1909年9月1日
志和為於菟 大尉:1909年9月1日 - 12月1日
(兼)鈴木八百蔵 大尉:1909年12月1日 - 1910年12月1日
浜田綴喜 大尉:1910年12月1日 - 1911年8月10日
福岡成一 大尉:1911年8月10日 - 12月27日
小沢潔 大尉:1911年12月27日 - 1912年12月1日
(兼)原完二 少佐:1912年12月1日 - 12月20日
堀江平弥 大尉:1912年12月20日 - 1913年8月2日
本宿直次郎 大尉:1913年8月2日 - 1914年12月1日
村田英男 大尉:不詳 - 1916年2月17日
公家種次 大尉:1916年2月17日 - 8月1日
(兼)御堀伝造 少佐:1916年8月1日 - 12月1日
山田松次郎 大尉:1916年12月1日 - 1917年12月1日[1]
松田鹿三 大尉:1917年12月1日[1] - 1919年12月1日[4]
原田文一 少佐:1919年12月1日[4] - 1920年3月15日[52]
関禎 大尉:1920年3月15日 - 1920年12月1日
原顕三郎 大尉:1920年12月1日 - 1921年12月1日
古瀬倉蔵 大尉:1921年12月1日[11] - 1923年12月1日[20]
大森仙太郎 大尉:1923年12月1日 - 1924年6月3日
板垣盛 大尉:1924年6月3日 - 1924年12月1日
掃海艇長
崎山釈夫 大尉:1924年12月1日 - 1925年12月1日
小島斉志 大尉:1925年12月1日 - 1926年12月1日

白妙(しろたえ/しろたへ)[編集]

1906年11月20日、三菱長崎で竣工。1914年8月31日、膠州湾外霊山島沖で座礁し、9月4日沈没。10月29日除籍。
駆逐艦長
加村康政 大尉:1906年11月5日 - 1907年5月17日
中桐啓太 大尉:1907年5月17日 - 6月13日
(兼)増田幸一 少佐:1907年6月13日 - 7月30日
(兼)大島正毅 中佐:1907年7月30日 - 9月3日
春日正量 大尉:1907年9月3日 - 1909年7月30日
黒田勇吉 大尉:1909年7月30日 - 1911年5月23日
泥川豊 大尉:1911年5月23日 - 1912年12月1日
(兼)園田信正 少佐:1912年12月1日 - 12月20日
宮田源八 大尉:1912年12月20日 - 1913年5月24日
白戸光久 大尉:1913年5月24日 - 12月1日
梅鉢義三 大尉:1913年12月1日 - 不詳

初春(はつはる)[編集]

1907年3月1日、川崎造船所で竣工。1924年12月1日、除籍。1926年6月16日、廃船。1928年7月6日、廃駆逐艦第4号と仮称。同年8月13日、航空母艦赤城鳳翔搭載機の爆撃標的として撃沈処分。
駆逐艦長
(兼)磯部忠次 少佐:1907年1月18日 - 3月30日
(兼)笹尾源之丞 大尉:1907年3月30日 - 1907年5月17日
広沢恒 大尉:1907年5月17日 - 1909年2月20日
伊東真三郎 大尉:1909年2月20日 - 1911年5月23日
志村実 大尉:1911年5月23日 - 1912年12月1日
山田虎雄 少佐:1912年12月1日 - 1914年5月27日
徳田伊之助 少佐:1914年5月27日 - 1915年2月1日
津田威彦 大尉:不詳 - 1916年4月1日
玉木豊之助 大尉:1916年4月1日 - 12月25日
安田貢 少佐:1916年12月25日 - 1917年12月1日[1]
和田省三 大尉:1917年12月1日 - 1919年7月29日
木村由之助 少佐:1919年7月29日[53] - 1919年12月1日[4]
清水長吉 大尉:1919年12月1日[4] -
藤堂功 少佐:1920年12月1日 - 1922年2月1日[26]
池田久雄 大尉:1922年2月1日[26] -
宮武重敏 大尉:1922年12月1日[19] -

若葉(わかば)[編集]

1906年2月28日、横須賀海軍工廠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第16号と仮称。1929年1月31日、廃船。
駆逐艦長
成瀬美雄 大尉:1906年1月25日 - 10月25日
加々良乙比古 大尉:1906年10月25日 - 1907年7月1日
(兼)玉岡吉郎 大尉:1907年7月1日 - 1907年10月15日
(兼)関干城 大尉:1907年10月15日 - 11月22日
(兼)武富咸一 大尉:1907年11月22日 - 12月18日
日高謹爾 大尉:1907年12月18日 - 1908年2月20日
松下惣吉 大尉:1908年2月20日 - 1909年5月1日
木岡英男 大尉:1909年5月1日 - 1911年12月1日
横田亨 大尉:1911年12月1日 - 1912年12月1日
(兼)伊東真三郎 少佐:1912年12月1日 - 12月20日
川田功 大尉:1912年12月20日 - 1913年12月1日
前原謙治 大尉:1913年12月1日 - 1915年9月8日
後藤章 大尉:1915年9月8日 - 1916年9月5日
金田光太郎 大尉:1916年9月5日 -
神山忠 大尉:1917年10月10日[54] - 1918年12月1日[2]
浅野千之介 大尉:1918年12月1日[2] - 1920年12月1日[5]
小林徹理 大尉:1920年12月1日 - 1921年12月1日
日台虎治 大尉:1921年12月1日 - 1922年11月1日
柴田力 大尉:1922年11月1日 - 1924年8月20日
掃海艇長
中島新太郎 大尉:1924年12月1日[28] -
宮坂市郎 大尉:不詳 - 1926年10月15日[55]

初雪(はつゆき)[編集]

1906年5月17日、横須賀海軍工廠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年4月1日、除籍。同年7月6日、廃駆逐艦第17号と仮称。1929年1月31日、廃船。
駆逐艦長
渡辺真吾 少佐:1906年5月10日 - 10月25日
小泉親治 大尉:1906年10月25日 - 1907年9月28日
東条政二 大尉:1907年9月28日 - 1908年3月3日
吉永武之 大尉:1908年3月3日 - 1909年5月25日
森山明 大尉:1909年5月25日 - 10月25日
徳田伊之助 大尉:1909年10月25日 - 12月1日
(兼)伊東真三郎 大尉:1909年12月1日 - 1910年12月1日
鈴木武雄 大尉:1910年12月1日 - 1911年3月8日
小栗信一 大尉:1911年3月8日 - 12月1日
田辺栄次郎 少佐:1911年12月1日 - 1912年12月1日
大谷箭太郎 大尉:1912年12月20日 - 1913年5月24日
酒井重之助 少佐:1913年5月24日 - 1913年12月1日
中山友次郎 少佐:1913年12月1日 - 1914年12月15日
神谷京 大尉:1914年12月15日 - 1916年9月12日
(兼)坪井丈左衛門 大尉:1916年9月12日 - 12月1日
中島直熊 大尉:1916年12月1日 - 1918年12月1日[2]
保村禎一 大尉:1918年12月1日[2] - 1919年12月1日[4]
野田謙三 大尉:1919年12月1日 - 1920年2月21日
柏木英 大尉:1920年2月21日 - 1920年12月1日
奥本武夫 大尉:1920年12月1日[5] - 1921年2月5日[56]
千葉慶蔵 大尉:1921年2月5日 - 1922年1月10日[31]
太田泰治 少佐:1922年1月10日 - 1922年12月1日
阿部弘毅 大尉:1922年12月1日 - 1923年5月10日
(兼)長谷部喜蔵 大尉:1923年5月10日[32] -
掃海艇長
園田昇 大尉:1924年12月1日[28] - 1925年12月1日[30]
益田康彦 大尉:1925年12月1日[30] - 1926年12月1日[17]

卯月(うづき)[編集]

1907年3月6日、川崎造船所で竣工。1924年12月1日、除籍。1926年6月16日、廃船。1928年7月6日、廃駆逐艦第3号と仮称。同年4月1日、東京湾で無線操縦の被操縦艦となる。
駆逐艦長
(兼)小泉親治 大尉:1907年1月18日 - 5月30日
(兼)東島乙吉郎 少佐:1907年5月30日 - 1907年7月1日
(兼)加々良乙比古 大尉:1907年7月1日 - 9月28日
(兼)原完二 大尉:1907年9月28日 - 1908年1月10日
安東昌喬 大尉:1908年1月10日 - 4月20日
馬島専之助 大尉:1908年4月20日 - 6月5日
(兼)山崎正策 大尉:1908年6月5日 - 1908年6月23日
(兼)町田亀彦 大尉:1908年6月23日 - 9月19日
馬島専之助 大尉:1908年9月19日 - 1911年5月23日
小沢潔 大尉:1911年5月23日 - 12月27日
浜田豊太郎 大尉:1911年12月27日 - 1913年5月24日
泥川豊 大尉:1913年5月24日 - 1914年3月23日
山下正一 大尉:1914年3月23日 - 不詳
藤好鉄之助 少佐:不詳 - 1916年9月12日
佃久米太郎 大尉:1916年9月12日 -
白根貞介 大尉:1917年2月7日 - 7月2日
倉田三雄 大尉:1917年7月2日 - 1919年4月1日[57]
佐久間敬太郎 大尉:1919年4月1日[57] - 1920年10月1日[58]
(兼)中原市介 中佐:1920年10月1日[58] - 12月1日[5]
樋口通達 大尉:1920年12月1日[5] - 1922年7月1日[59]
中原達平 大尉:1922年7月1日[59] - 1923年2月15日[60]
池田七郎 大尉:1923年2月15日[60] -
(兼)安富芳介 大尉:不詳 - 1924年2月5日[13]
(兼)藤井音四郎 大尉:1924年2月5日[13] -

水無月(みなづき)[編集]

1907年2月14日、三菱長崎で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年8月1日、第10号掃海艇に改称。1930年6月1日、除籍され、廃駆逐艦第10号(2代目)と仮称。同年7月2日、廃船。1931年5月28日、売却され、高知県で漁礁として海没。

長月(ながつき)[編集]

1907年7月31日浦賀船渠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年8月1日、第11号掃海艇に改称。1930年6月1日、除籍され、廃駆逐艦第11号(2代目)と仮称。同年7月2日、廃船。1931年5月28日、売却。
駆逐艦長
(兼)河合退蔵 大尉:1907年6月5日 - 7月1日
河合退蔵 大尉:1907年7月1日 - 9月3日
水谷耕喜 大尉:1907年9月3日 - 9月28日
山崎正策 大尉:1907年9月28日 - 1908年6月23日
伊東真三郎 大尉:1908年6月23日 - 1909年2月20日
山本節介 大尉:1909年2月20日 - 10月1日
柘植道二 大尉:1909年10月1日 - 1911年12月1日
松浦四郎 大尉:1911年12月1日 - 1912年12月1日
松本謙之助 大尉:1912年12月1日 - 不詳
北川保橘 少佐:不詳 - 1916年12月1日
村田章一 大尉:1916年12月1日 - 1917年12月1日[1]
松岡弘人 大尉:1917年12月1日[1] - 1918年3月12日[61]
角田貞雄 大尉:1918年3月12日[61] - 1919年4月1日[57]
本田源三 大尉:1919年4月1日[57] - 1921年3月9日[38]
伊藤長 大尉:1921年3月9日[38] - 1922年11月1日[7]
直塚八郎 大尉:1922年11月10日 - 1923年12月1日
高橋一松 大尉:1923年12月1日 - 1924年12月1日
掃海艇長
高橋一松 大尉:1924年12月1日 - 1925年12月1日
杉本道雄 大尉:1925年12月1日 - 1926年10月15日
高橋棐 少佐:不詳 - 1928年12月10日[62]
佐藤康夫 大尉:1928年12月10日 - 1929年5月10日

菊月(きくづき)[編集]

1907年9月20日、浦賀船渠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年8月1日、第12号掃海艇に改称。1930年6月1日、除籍され、廃駆逐艦第12号(2代目)と仮称。
駆逐艦長
町田亀彦 大尉:1907年8月5日 - 1908年12月3日
岡田政次郎 大尉:1908年12月3日 - 1909年2月1日
(兼)伊東真三郎 大尉:1909年2月1日 - 2月20日
(兼)山本節介 大尉:1909年2月20日 - 10月1日
(兼)柘植道二 大尉:1909年10月1日 - 12月1日
徳田伊之助 大尉:1909年12月1日 - 1911年5月23日
中村淳一 大尉:1911年5月23日 - 1912年10月5日
小栗信一 大尉:1912年10月5日 - 1913年12月1日
長井実 大尉:1913年12月1日 - 1915年9月8日
木田新平 大尉:1915年9月8日 - 1916年9月1日
生島賢二 大尉:1916年9月1日 - 1917年12月1日[1]
松川晃 大尉:1917年12月1日[1] - 1919年12月1日[4]
松岡弘人 大尉:1919年12月1日[4] -
掃海艇長
多田武雄 大尉:1924年12月1日 - 1925年12月1日
大橋硠 大尉:1925年12月1日[30] - 1927年12月1日[63]
荘司喜一郎 大尉:1927年12月1日 - 1929年3月15日
佐々木健爾 大尉:1929年3月15日[64] - 1929年9月5日[65]
(兼)上田光治 大尉:1929年9月5日[65] -

浦波(うらなみ)[編集]

1908年(明治41年)10月20日、舞鶴海軍工廠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年8月1日、第8号掃海艇に改称。1930年6月1日、雑役船に編入。曳船兼交通船(公称第758号)に改称。1935年(昭和10年)10月25日、廃船。1936年(昭和11年)2月27日、売却。
駆逐艦長
角田貫三 大尉:1908年7月31日 - 1909年4月23日
坂倉幸利 大尉:1909年4月23日 - 1910年1月15日
(兼)大谷喜雄 大尉:1910年1月15日 - 10月12日
小副川敬治 大尉:1910年10月12日 - 1911年5月23日
関根繁男 大尉:1911年5月23日 - 1913年12月1日
新山良幸 大尉:1913年12月1日 - 1915年12月13日
熊谷秀夫 大尉:1915年12月13日 - 1916年12月1日
斎藤直彦 大尉:1916年12月1日 - 1917年12月1日[1]
角田貞雄 大尉:1917年12月1日[1] - 1918年3月12日[61]
松岡弘人 大尉:1918年3月12日[61] - 1919年12月1日[4]
吉田庸光 大尉:1919年12月1日 - 1920年12月1日
一ノ瀬英太 少佐:1920年12月1日[5] - 1921年12月1日[11]
石橋三郎 少佐:1921年12月1日[11] -
佐藤慶蔵 大尉:不詳 - 1923年11月1日[14]
掃海艇長
稲垣義穐 大尉:1924年12月1日[28] - 1925年8月1日[66]
板倉得止 大尉:1925年8月1日 - 1927年12月1日
副田久幸 大尉:1927年12月1日[63] -

磯波(いそなみ)[編集]

1909年(明治42年)4月2日、舞鶴海軍工廠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年8月1日、第7号掃海艇に改称。1930年6月1日、雑役船に編入。曳船兼交通船(公称第756号)に改称。1935年4月9日、廃船。
駆逐艦長
園田繁喜 大尉:1909年3月7日 - 1910年2月16日 *兼舞鶴海軍工廠艤装員
(兼)児玉兼三郎 大尉:1910年2月16日 - 12月1日
小川正冬 大尉:1910年12月1日 - 1912年11月13日
池中健一 大尉:1912年11月13日 - 1913年4月1日
藤田許太郎 少佐:1913年4月1日 - 不詳
猪原薫一 大尉:不詳 - 1916年12月1日
(兼)斎藤直彦 大尉:1916年12月1日 - 1917年3月1日
松田鹿三 大尉:1917年3月1日 - 12月1日[1]
松葉(渡辺)彛治 大尉:1917年12月1日[1] - 1919年12月1日[4]
(兼)吉田庸光 大尉:1919年12月1日 - 1920年12月1日
後藤鉄五郎 大尉:1920年12月1日[5] -
金子豊吉 大尉:1922年12月10日 - 1923年11月10日
高間完 大尉:1923年11月10日 - 1924年12月1日
掃海艇長
藤井音四郎 大尉:1924年12月1日[28] - 1926年11月1日[67]
村上暢之助 大尉:1926年11月1日 - 1927年11月15日
小西要人 大尉:1927年11月15日 - 1929年2月14日
吉村真武 大尉:1929年2月14日[68] -
(兼)有田貢 少佐:1931年12月1日[69] -

綾波(あやなみ)[編集]

1909年6月26日、舞鶴海軍工廠で竣工。1924年12月1日、掃海艇に編入。1928年8月1日、第9号掃海艇に改称。1930年6月1日、雑役船に編入。曳船兼交通船(公称第757号)に改称。1933年4月19日、廃船認許。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad 『官報』第1601号、大正6年12月3日。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 『官報』第1900号、大正7年12月3日。
  3. ^ 『官報』第1979号、大正8年3月11日。
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w 『官報』第2199号、大正8年12月2日。
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r 『官報』第2501号、大正9年12月2日。
  6. ^ a b c d 『官報』第2957号、大正11年6月12日。
  7. ^ a b c d 『官報』第3077号、大正11年11月2日。
  8. ^ 『官報』第3085号、大正11年11月11日。
  9. ^ 『官報』号外第15号、大正12年9月14日。
  10. ^ 『官報』第2018号、大正8年4月28日。
  11. ^ a b c d e f g h 『官報』第2801号、大正10年12月2日。
  12. ^ a b c d 『官報』第2903号、大正11年4月10日。
  13. ^ a b c d e f g h 『官報』第3434号、大正13年2月6日。
  14. ^ a b c 『官報』第3359号、大正12年11月2日。
  15. ^ a b c 『官報』第3945号、大正14年10月16日。
  16. ^ a b 『官報』第4199号、大正15年8月21日。
  17. ^ a b c d e 『官報』第4283号、大正15年12月2日。
  18. ^ 『官報』第2543号、大正10年1月26日。
  19. ^ a b c d e f g h 『官報』第3102号、大正11年12月2日。
  20. ^ a b c d e 『官報』第3385号、大正12年12月4日。
  21. ^ a b 『官報』第2283号、大正9年3月16日。
  22. ^ 『官報』第2486号、大正9年11月13日。
  23. ^ a b 『官報』第3140号、大正12年1月22日。
  24. ^ 『官報』第1833号、大正7年9月11日。
  25. ^ a b 『官報』第2130号、大正8年9月9日。
  26. ^ a b c 『官報』第2849号、大正11年2月2日。
  27. ^ 『官報』第3557号、大正13年7月2日。
  28. ^ a b c d e f g h i j 『官報』第3684号、大正13年12月2日。
  29. ^ a b 『官報』第3796号、大正14年4月21日。
  30. ^ a b c d e f 『官報』第3982号、大正14年12月2日。
  31. ^ a b c d e f 『官報』第2830号、大正11年1月11日。
  32. ^ a b c 『官報』第3232号、大正12年5月11日。
  33. ^ a b 『官報』第4030号、大正15年2月2日。
  34. ^ a b 『官報』第1775号、大正7年7月3日。
  35. ^ a b 『官報』第1826号、大正7年9月3日。
  36. ^ 『官報』第2656号、大正10年6月9日。
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参考文献[編集]

  • 海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第9巻、第10巻、第一法規出版、1995年。
  • 官報

関連項目[編集]