春雨型駆逐艦

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春雨型駆逐艦
IJN Murasame at Sasebo Taisho 8.jpg
艦級概観
艦種 駆逐艦
艦名
前級 白雲型駆逐艦
次級 神風型駆逐艦 (初代)
性能諸元
排水量 常備:375トン
全長 69.2m
全幅 6.6m
吃水
機関 2軸推進、6,000shp
最大速力 29ノット
航続距離
乗員
兵装 8.0cm単装砲2基
57mm単装砲4基
48cm水上発射管2門
春雨艦型図

春雨型駆逐艦(はるさめがたくちくかん)は、大日本帝国海軍駆逐艦の艦級。

概要[編集]

明治33年度計画で建造された駆逐艦。イギリス製駆逐艦を導入した海軍はその長所を取り入れた国産駆逐艦の建造に着手した。本級7隻は初の国産駆逐艦であった。

同型艦[編集]

春雨(はるさめ)[編集]

1903年(明治36年)6月26日横須賀造船廠で竣工。1911年(明治44年)11月24日三重県的矢湾で荒天により擱座沈没。同年12月28日、除籍。1912年(大正元年)8月1日、沈没のまま売却。

村雨(むらさめ)[編集]

1903年(明治36年)7月7日、横須賀造船廠で竣工。1922年(大正11年)4月1日、特務艇(二等掃海艇)に類別変更。1923年(大正12年)4月1日、雑役船(魚雷標的船)に編入。翌年2月14日、廃船。

速鳥(はやとり)[編集]

1903年(明治36年)8月24日、横須賀造船廠で竣工。1904年(明治37年)9月3日旅順港閉塞作戦中、小平島南方で触雷沈没。1905年(明治38年)6月1日、喪失公表[1]。同年6月15日、除籍。

朝霧(あさぎり)[編集]

1903年(明治36年)9月18日、横須賀造船廠で竣工。1922年4月1日、特務艇(二等掃海艇)に類別変更。1923年(大正12年)4月1日、雑役船(魚雷標的船)に編入。翌年2月14日、廃船。

吹雪(ふぶき)[編集]

1905年(明治38年)2月28日呉海軍工廠で竣工。1924年12月1日、除籍。1926年(大正15年)5月5日、売却。

霰(あられ)[編集]

1905年(明治38年)5月10日、呉工廠で竣工。1924年4月1日、除籍。

有明(ありあけ)[編集]

1905年(明治38年)7月30日、横須賀造船廠で竣工。1924年(大正13年)12月1日、除籍。翌年4月10日、廃船認許。同年11月12日内務省に移管、東京水上警察署取締船となる。

脚注[編集]

  1. ^ 『官報』第6574号、明治38年6月1日。

参考文献[編集]

  • 福井静夫『写真日本海軍全艦艇史 Fukui Shizuo collection 別冊付録:資料篇』ベストセラーズ、1994年。
  • 『艦船模型スペシャル No.17 日本海軍 駆逐艦の系譜 1』モデルアート社、2006年。
  • 片桐大自『聯合艦隊軍艦銘銘伝』光人社、1988年。
  • 海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第一法規出版、1995年。
  • 官報

関連項目[編集]