桜型駆逐艦

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桜型駆逐艦
IJN Sakura at Sasebo Taisho 7.jpg
艦級概観
艦種 二等駆逐艦
艦名 樹木
前級
次級 樺型駆逐艦
性能諸元
排水量 基準:530トン
常備:600トン
全長 83.5m
全幅 7.32m
吃水 2.21m
機関 イ号艦本式缶5基[1]
直立連成レシプロエンジン2基[2]
3軸、9,500馬力
速力 30ノット
航続距離 15ノットで2,400海里
乗員 92名
兵装 12cm単装砲1基
8cm単装砲4基
45cm連装魚雷発射管2基4門

桜型駆逐艦(さくらかたくちくかん)は、かつて大日本帝国海軍に所属した駆逐艦の艦級。

概要[編集]

海風型と並行して、1907年(明治40年)度計画で建造された駆逐艦。駆逐艦は数をそろえる必要があるが予算の制約で一等駆逐艦は多数建造できない。そこでより小型の二等駆逐艦も並行して整備することとした。本型はその第一弾である。イギリス式設計の流れを汲み、同時期の海風型一等駆逐艦をそのまま小型化したような艦形となった。ただし武装は艦型に比較して重武装であった。

同型艦[編集]

※艦長等は『日本海軍史』第9巻・第10巻の「将官履歴」及び『官報』に基づく。

桜(さくら)[編集]

1912年(明治45年)5月21日、舞鶴海軍工廠で竣工。1932年(昭和7年)4月1日除籍。
駆逐艦長
青木董平 少佐:1912年2月26日 - 12月1日 *兼舞鶴海軍工廠艤装員(- 1912年5月22日)
秋吉照一 少佐:1912年12月1日 - 1913年12月1日
柴田菊枝 少佐:1913年12月1日 - 1914年8月1日
田辺金次郎 少佐:1914年8月1日 - 不詳
荷村信夫 少佐:不詳 - 1915年12月13日
岩村兼言 少佐:1915年12月13日 - 1917年12月1日
佐藤六平 少佐:1917年12月1日[3] - 1918年12月1日[4]
中島直熊 少佐:1918年12月1日[4] - 1919年12月1日[5]
(心得)角田貞雄 大尉:1919年12月1日[5] -
(心得)松岡弘人 大尉:不詳 - 1920年12月1日[6]
広岡正治 少佐:1920年12月1日[6] -
中田操 少佐:不詳 - 1925年12月1日[7]
樋口通達 少佐:1925年12月1日[7] -
(兼)池田久雄 少佐:不詳 - 1926年12月1日[8]
中里隆治 少佐:1926年12月1日[8] - 1927年12月1日[9]
板倉得止 少佐:1927年12月1日 - 1929年11月30日
加瀬三郎 少佐:1929年11月30日 - 1931年4月1日

橘(たちばな)[編集]

1912年6月25日、舞鶴海軍工廠で竣工。1932年4月1日除籍。
駆逐艦長
樺山信之 少佐:1912年4月5日 - 1913年12月1日 *兼舞鶴海軍工廠艤装員(- 1912年6月25日)
館明次郎 少佐:1913年12月1日 - 1914年8月15日
福岡成一 少佐:不詳 - 1915年12月13日
園田義治 少佐:1915年12月13日 - 1916年1月28日
砥川三郎 少佐:1916年1月28日 - 1916年6月1日
柘植道二 少佐:1916年6月1日 - 9月12日
神谷京 少佐:1916年9月12日 - 1917年12月1日[3]
村上正之助 少佐:1917年12月1日[3] - 1918年12月1日[4]
赤沢堅三郎 大尉:1918年12月1日[4] - 1919年12月1日[5]
高山忠三 少佐:1919年12月1日[5] -
(兼)荒糺 少佐:1921年1月7日 - 7月26日
藤田寅治 少佐:不詳 - 1921年12月1日[10]
谷田武夫 少佐:1921年12月1日[10] -
一ノ瀬英太 少佐:不詳 - 1923年11月1日[11]
(心得)佐藤慶蔵 大尉:1923年11月1日[11] - 12月1日[12]
佐藤慶蔵 少佐:1923年12月1日[12] -
直塚八郎 少佐:1925年5月1日 - 1925年12月1日
直塚八郎 少佐:不詳 - 1926年2月5日[13]
(兼)樋口通達 少佐:1926年2月5日[13] -
(兼)池田七郎 少佐:不詳 - 1926年12月1日[8]
秋山輝男 少佐:1926年12月1日 - 1928年1月20日
河西虎三 少佐:不詳 - 1928年12月10日[14]
高橋一松 少佐:1928年12月10日 - 1929年11月1日
(兼)板倉得止 少佐:1929年11月1日 - 1929年11月30日
(兼)加瀬三郎 少佐:1929年11月30日 - 1931年4月1日

脚注[編集]

  1. ^ 『駆逐艦』巻末の表より缶数5基とした。同書の本文中の表(p105)では缶数4基となっている。次型の缶数と比較し5基が適当と判断した。
  2. ^ 『駆逐艦』の本文中の表(p105)より2基としたが、軸数から3基の間違いの可能性がある。
  3. ^ a b c 『官報』第1601号、大正6年12月3日。
  4. ^ a b c d 『官報』第1900号、大正7年12月3日。
  5. ^ a b c d 『官報』第2199号、大正8年12月2日。
  6. ^ a b 『官報』第2501号、大正9年12月2日。
  7. ^ a b 『官報』第3982号、大正14年12月2日。
  8. ^ a b c 『官報』第4283号、大正15年12月2日。
  9. ^ 『官報』第279号、昭和2年12月2日。
  10. ^ a b 『官報』第2801号、大正10年12月2日。
  11. ^ a b 『官報』第3359号、大正12年11月2日。
  12. ^ a b 『官報』第3385号、大正12年12月4日。
  13. ^ a b 『官報』第4034号、大正15年2月6日。
  14. ^ 『官報』第587号、昭和3年12月11日。

参考書籍[編集]

  • 艦船模型スペシャル No.17 日本海軍 駆逐艦の系譜 1
  • 片桐大自『聯合艦隊軍艦銘銘伝』(光人社、1993年) ISBN 4-7698-0386-9
  • 堀元美『駆逐艦 その技術的回顧』(原書房、1969年)ISBN 4-562-01873-9
  • 海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第9巻、第10巻、第一法規出版、1995年。
  • 官報