白雲型駆逐艦

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白雲型駆逐艦
IJN Shirakumo in England Meiji 35.jpg
艦級概観
艦種 駆逐艦
艦名
前級 暁型駆逐艦
次級 春雨型駆逐艦
性能諸元
排水量 常備:322トン
全長 65.9m
全幅 6.3m
吃水
機関 2軸推進、7,000shp
最大速力 31ノット
航続距離
乗員
兵装 8.0cm単装砲2基
57mm単装砲5基
45cm水上発射管2門
白雲型艦型図

白雲型駆逐艦(しらくもかたくちくかん)は、大日本帝国海軍駆逐艦の艦級。

概要[編集]

明治30年度の第二期拡張計画で建造された駆逐艦。同型艦2隻はイギリスソーニクロフト社に発注された。改東雲型とも言える艦級。

同型艦[編集]

※艦長等は『日本海軍史』第9巻・第10巻の「将官履歴」及び『官報』に基づく。

白雲(しらくも)[編集]

当初の艦名は第15号駆逐艦。1901年10月1日に進水し「白雲」と命名[1]1902年(明治35年)2月13日、イギリス・ソーニクロフト社で竣工。同年2月27日、日本へ回航[2]。同年5月30日、呉に到着。1922年(大正11年)4月1日、特務艇(二等掃海艇)に類別変更。1923年(大正12年)4月1日、雑役船に編入。1925年(大正14年)7月21日豊後水道姫島沖で実艦標的として撃沈処分。
回航委員長
狭間光太 少佐:1901年6月26日 - 10月22日
艦長
狭間光太 少佐:1901年10月22日 -
駆逐艦長
鎌田政猷 少佐:1905年12月12日 - 1906年3月14日
角田貫三 大尉:1906年3月14日 - 4月1日
(兼)森本義寛 少佐:1906年4月1日 - 5月10日
森本義寛 少佐:1906年5月10日 - 9月13日
(兼)中原弥平 大尉:1906年9月13日 - 11月12日
(兼)園田般二郎 大尉:1906年11月12日 - 1907年5月17日
秋吉照一 大尉:1907年5月17日 - 1908年4月20日
(兼)山本泰洋 大尉:1908年4月20日 - 9月25日
秋吉照一 大尉:1908年9月25日 - 1909年2月20日
山中義勇 大尉:1909年2月20日 - 1910年4月1日
樺山信之 大尉:1910年4月1日 - 12月1日
大橋朝正 少佐:1910年12月1日 - 12月20日
(兼)野村与一 少佐:1910年12月20日 - 1911年4月28日
後藤章 大尉:1911年4月28日 - 1913年5月24日
館明次郎 大尉:1913年5月24日 - 12月1日
竹内正 少佐:1913年12月1日 - 不詳
小川子郎 大尉:不詳 - 1916年12月1日
野村仁蔵(直邦)大尉:1916年12月1日 - 1917年12月1日[3]
柏木英 大尉:1917年12月1日 - 1920年2月21日

朝潮(あさしお/あさしほ)[編集]

当初の艦名は第16号駆逐艦。1902年1月10日に進水し「朝潮」と命名[4]。同年5月4日、イギリス・ソーニクロフト社で竣工。同年7月7日、日本へ回航[5]。同年11月20日、横須賀に到着。1922年4月1日、特務艇(二等掃海艇)に類別変更。1923年4月1日、雑役船(標的船)に編入。1925年5月2日、廃船。1926年(大正15年)4月5日、売却。
回航委員長
堀内権三郎 少佐:1901年9月10日 - 1902年1月23日
艦長
堀内権三郎 少佐:1902年1月23日 - 1903年2月7日
松永光敬 少佐:1903年2月7日 -
南里団一 少佐:1904年9月11日 - 1905年8月5日
駆逐艦長
別府友次郎 少佐:1905年12月12日 - 1906年3月14日
柴内豪吉 大尉:1906年3月14日 - 4月1日
(兼)中原弥平 大尉:1906年4月1日 - 4月23日
岡田雄三 大尉:1906年4月23日 - 1908年2月1日
山本泰洋 大尉:1908年2月1日 - 11月20日
荒城二郎 大尉:1908年11月20日 - 12月14日
(兼)副島慶一 大尉:1908年12月14日 - 12月23日
(兼)秋吉照一 大尉:1908年12月23日 - 1909年2月20日
(兼)山中義勇 大尉:1909年2月20日 - 12月1日
太田浄信 大尉:1909年12月1日 - 1910年12月17日
(兼)荒城二郎 大尉:1910年12月17日 - 1911年4月28日
及川古志郎 大尉:1911年4月28日 - 1912年12月1日
藤好鉄之助 大尉:1912年12月1日 - 1913年12月1日
中川文一 大尉:1913年12月1日 - 不詳
宮部光利 少佐:不詳 - 1915年12月13日
岩城茂身 大尉:1915年12月13日 - 1916年7月3日
菊地豊吉 大尉:1916年7月3日 - 1917年8月11日
隈部信夫 大尉:1917年8月11日 - 12月1日[3]
成田二郎 大尉:1917年12月1日 - 1918年12月1日
中円尾義三 大尉:1918年12月1日 - 1920年12月1日
宮崎平 大尉:1920年12月1日[6] -

脚注[編集]

  1. ^ 『官報』第5481号、明治34年10月8日。
  2. ^ 『官報』第5594号、明治35年3月1日。
  3. ^ a b 『官報』第1601号、大正6年12月3日。
  4. ^ 『官報』第5557号、明治35年1月15日。
  5. ^ 『官報』第5704号、明治35年7月10日。
  6. ^ 『官報』第2501号、大正9年12月2日。

参考書籍[編集]

  • 福井静夫「日本海軍全艦艇史」
  • 艦船模型スペシャル No.17 日本海軍 駆逐艦の系譜 1
  • 海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第9巻、第10巻、第一法規出版、1995年。
  • 官報

関連項目[編集]