李恵践

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イ・ヘチョン
各種表記
ハングル 이혜천
漢字 李惠踐
片仮名
(現地語読み仮名)
イ・ヘチョン
ラテン文字転写 Yi Hye-cheon
本人表記: Lee, Hei Chun
李 恵践 (イ・ヘチョン)
斗山ベアーズ #59
基本情報
国籍 韓国の旗 韓国
出身地 釜山広域市
生年月日 1979年3月12日(32歳)
身長
体重
184cm
88kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1998年 2次ドラフト2位
初出場 KBO / 1998年9月2日
NPB / 2009年5月4日
最終出場 NPB / 2010年10月8日
年俸 2億5000万ウォン(2012年)
経歴(括弧内は在籍年)

李 惠踐(イ・ヘチョン、1979年3月12日 - )は、大韓民国プロ野球選手投手)。斗山ベアーズ所属。

目次

[編集] 来歴・人物

[編集] 第一次斗山時代

1998年の2次ドラフト2位で韓国・OBベアーズ(現:斗山ベアーズ)に入団。2年目よりチームの中継ぎの柱として活躍。2006年には2006WBC‎韓国代表の予備エントリーメンバーに登録された。同年ドーハアジア大会の韓国代表に選ばれたが、銅メダルとなり兵役免除の恩恵は受けられなかった。

2007年シーズンは兵役に行くことが予定され、選手登録から外され公式戦には1試合にも登板しなかったが、持病の腰痛により結局軍には入隊しなかった。10月に日本でのフェニックスリーグで好投し、韓国シリーズではリリーフで登板した。

2008年オフにFA権を行使し、日本プロ野球へ移籍を図る。11月にヤクルトと2年契約を結んだ。

[編集] ヤクルト時代

左の先発候補として春季キャンプから高田繁監督から大いに期待されていたが、オープン戦5試合に先発し1勝3敗、防御率6.95と不安定な投球を続けると、開幕直前の3月31日には右ひじ軟骨挫傷により戦線を離脱した。 5月4日の広島戦で初登板初先発を果たした。8月2日の中日戦では森野将彦に対し右脇腹付近に死球を与えたが、謝罪をしなかったため乱闘騒ぎとなった[1]。 左のワンポイントとして、42試合に登板し防御率3.65の成績を残した。被安打与四球が多い事が課題である。

2010年11月15日、球団側から3年目以降の契約オファーされず、ヤクルトをFAとなった。後にヤクルト時代を振り返って、「日本の選手たちの態度は本当にひどい。表向きはよくしてくれるが心を開かない」「1人でたくさん泣いた」と語っている[2]

[編集] 第二次斗山時代

2010年12月8日、古巣の韓国・斗山への復帰が決まった。背番号は斗山で以前つけていた59ではなく、ヤクルト時代につけていた49となった。だが2011年は先発としてもリリーフとしても活躍できずたった1勝に終わり、試合前の練習中のケガで8月上旬2軍へ降格すると、シーズン中に1軍へ復帰することはなかった。2012年より背番号を59に戻した。

[編集] プレースタイル

最高時速152kmを投げ込む本格派左腕。持ち球はスライダースクリューなど。先発・中継ぎ・抑えと全ての役割を担う事が出来る事と、さらに数試合の連投も問題にしない驚異的なタフネスが持ち味。しかし、制球に難があり、持ち前の速球を生かしきれず、ボール球の乱発の挙げ句、カウント取りに来る球を痛打され、自滅する傾向がある。チームは左投げから繰り出されるその球速を重宝して何度も先発に定着させようとしたが、その度、制球難のため失敗に終わった。

しかし、制球の不安定から来る予測不可能さと球速と合わせて狙いを絞られず、彼を苦手にしている打者もおり、韓国時代の李承燁もその一人だった。

その制球難のため、入団から2004年までは中継ぎに留まり、2005年からようやく先発に転向している。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別投手成績





















































W
H
I
P
1998 OB
斗山
15 0 0 0 -- 0 0 0 -- ---- 43 10.1 5 0 6 0 1 9 0 0 2 2 1.74 1.06
1999 77 8 1 1 -- 8 4 0 -- .667 540 119.0 119 11 70 2 9 98 11 3 69 63 4.76 1.59
2000 78 2 0 0 -- 5 6 1 11 .455 384 84.1 88 9 50 3 4 76 6 2 51 47 5.02 1.64
2001 53 10 0 0 -- 9 6 3 6 .600 631 141.2 152 17 72 2 3 107 13 0 72 57 3.62 1.58
2002 78 3 0 0 -- 2 4 1 12 .333 352 79.0 72 7 46 3 9 75 5 0 46 41 4.67 1.49
2003 83 0 0 0 -- 5 3 0 11 .625 250 55.0 46 4 37 2 5 36 7 0 27 24 3.93 1.51
2004 79 2 0 0 -- 2 2 1 12 .500 235 52.0 52 5 31 0 3 35 4 0 35 34 5.88 1.60
2005 30 21 1 1 -- 7 4 0 3 .636 479 109.1 105 10 54 1 7 59 4 1 58 48 3.95 1.45
2006 32 22 0 0 -- 8 6 0 1 .571 594 142.0 119 4 56 0 12 104 5 1 52 44 2.79 1.23
2008 34 22 0 0 0 7 5 0 0 .583 482 109.1 110 14 43 0 13 83 5 0 59 57 4.69 1.40
2009 ヤクルト 42 1 0 0 0 1 1 1 12 .500 164 37.0 42 3 14 2 2 27 1 0 15 15 3.65 1.51
2010 19 0 0 0 0 0 1 0 5 .000 73 17.2 11 4 7 0 1 18 0 0 10 10 5.09 1.02
2011 斗山 32 3 0 0 0 1 4 1 4 .200 152 34.0 31 2 17 0 4 30 4 0 27 24 6.35 1.41
KBO:12年 591 93 2 2 0 54 44 7 60 .551 4142 936.0 936 83 482 13 70 712 64 7 498 441 4.24 1.47
NPB:2年 61 1 0 0 0 1 2 1 17 .333 237 54.2 53 7 21 2 3 45 1 0 25 25 4.12 1.36
  • 2010年度シーズン終了時
  • OB(OBベアーズ)は、1999年に斗山(斗山ベアーズ)に球団名を変更

[編集] 記録

NPB

[編集] 背番号

  • 59 (1998年 - 2008年、2012年 - )
  • 49 (2009年 - 2011年)

[編集] 脚注

  1. ^ 「ここは韓国じゃない、日本だ」…中日・森野が激高 『ZAKZAK』2009年8月3日更新、同日閲覧
  2. ^ 「1人で泣いた」金泰均、韓流アイドルにはなれない?『朝鮮日報』2011年8月2日

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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