日本大学藤沢高等学校・中学校
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| 過去の名称 | 日本大学農林高等学校 |
|---|---|
| 国公私立の別 | 私立学校 |
| 設置者 | 学校法人日本大学 |
| 併合学校 | 日本大学横須賀高等学校 |
| 設立年月日 | 1949年(昭和24年) |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 中高一貫教育 | 併設型 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 学期 | 3学期制 |
| 高校コード | 14553A |
| 所在地 | 〒252-8505 |
| 外部リンク | 公式サイト |
日本大学藤沢高等学校・藤沢中学校(にほんだいがくふじさわこうとうがっこう・ふじさわちゅうがっこう)は、神奈川県藤沢市にある日本大学付属の私立中学校・高等学校(生物資源科学部に併設)。通称は、「ポン高」(特に制服が変更される前の学ラン時代の通称)、「日藤(にちふじ)」、「日大藤沢」。
目次 |
[編集] 概観
例年、日本大学へは全生徒の約6割程度が進学。他大学については、いわゆるMARCHに多数、国公立・早慶上理に40名程度が合格または進学する。2000年度より2年次以降に他大学進学を目的とした特進クラスを設けたため、近年進学実績は、上昇している。高校受験のガイド本等では、トップ校の滑り止めで人気が高い事で紹介された。また、2008年度より1年次より特進クラスが設置されたため、より期待されている。
部活動がさかんであり、全国大会出場経験も豊富(野球部・サッカー部等)。1990年センバツ高校野球大会に初出場して初戦を突破、1995年には選手権大会に出場して、その年のセンバツ優勝校である観音寺中央にサヨナラ勝ちするなど活躍。1998年センバツ出場し、現在ヤクルトの館山を擁してベスト4に進出した。2007年にもセンバツに出場。 制服や頭髪に関する規制が厳しく[要出典]、携帯電話の持ち込みも禁止されている。 また、アルバイトも原則禁止されている。 校舎は2001年度に新築されたものであり、冷暖房完備の快的な空間で過ごすことが出来る。
ここ10年、近隣の進学塾の中には、日大藤沢コース(日大への内部進学を目的とした授業を行う)を設けているものもある。
開校60周年を記念して、2009年4月には、日本大学藤沢中学校を併設した。
[編集] 沿革
- 1949年 - 日本大学農林高等学校として創設。
- 1950年 - 日本大学藤沢高等学校に校名組織変更、普通課程高校に。
- 1951年 - 日本大学横須賀高等学校を併合。
- 1961年 - 工業化学科設置。
- 1962年 - 電気科設置。
- 1981年 - 工業科学科・電気科廃止。
- 1990年 - 第62回選抜高等学校野球大会に出場(春夏通じて初の甲子園出場)1勝。
- 1995年 - 第77回全国高等学校野球選手権大会に出場(夏の甲子園初出場)2勝を挙げ、選抜優勝の観音寺中央を破るなど旋風を巻き起こす。
- 1998年 - 第70回選抜高等学校野球大会に出場し、館山昌平を擁してベスト4入りを果たす。
- 2009年 - 日本大学藤沢中学校を創設。
[編集] 所在地
神奈川県藤沢市亀井野1866番地
[編集] 交通
[編集] 主な出身者
- 柳ジョージ - (歌手)
- 阿部まりな - (モデル)
- 井上真央 - (女優)
- 瀬川亮 - (俳優)
- 久野秀隆 - (俳優)
- 藤岡希隆 - (元・ミスタースリムカンパニー)
- 仲野信市 - (元・プロレスラー)
- 根鈴雄次- (野球選手・中退)
- 鎌野裕- (元プロ野球選手)
- 豊原経久- (元プロ野球選手)
- 嶋田信敏 - (元プロ野球選手・日本ハム)
- 山本昌 - (プロ野球選手・中日) - 実弟・秀明は現在、野球部監督
- 渡邉博幸 - (プロ野球選手・中日)
- 河野亮 - (元プロ野球選手・ダイエー)
- 尾形佳紀 - (プロ野球選手・広島)
- 館山昌平 - (プロ野球選手・ヤクルト)
- 黒羽根利規 - (プロ野球選手・横浜)
- 麻生知史-(プロ野球選手)
- 山本秀明 - (野球部監督、山本昌の弟)
- 栄村隆康 - (パ・リーグ審判員)
- 内藤友康 - (元Jリーグ・現福島ユナイテッドFC)
- 高田栄二 - (元・Jリーグ・川崎フロンターレ)
- 楢崎教子(旧姓 菅原) - (柔道)
- 佐藤文机子 - (ライフセービング)
- 佐伯伽耶 - (女優・歌手)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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