平島崇
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| 平島崇 | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 愛称 | ヒラジ | |
| カタカナ | ヒラジマ タカシ | |
| ラテン文字 | HIRAJIMA Takashi | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1982年2月3日(27歳) | |
| 出身地 | 大阪府堺市 | |
| 身長 | 176cm | |
| 体重 | 73kg | |
| 血液型 | B型 | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | セレッソ大阪 | |
| ポジション | DF | |
| 背番号 | 13 | |
| クラブチーム1 | ||
| 年 | クラブ | App (G) |
| 2000-2006 2007-2008途 2008途-現在 |
アビスパ福岡 京都サンガF.C. セレッソ大阪 |
97 (4) 50 (0) 8 (0) |
| 1. 国内リーグ戦に限る。2008年12月8日現在。 ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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平島 崇(ひらじま たかし、1982年2月3日 - )は、大阪府堺市出身でセレッソ大阪所属のサッカー選手。ポジションはディフェンダー。
目次 |
[編集] 略歴
高校卒業後の2000年、アビスパ福岡と契約し1年目からレギュラーとして出場する。U-19代表にも選ばれ、将来を嘱望されていた。
しかし2001年、選手寮内で中学3年生に金銭を渡し猥褻な行為をしたとして 児童買春禁止法違反容疑で逮捕される。福岡は選手としての契約を解除したものの、19歳という若さを考慮して「臨時職員」という形でチームに残ることになった。翌2002年は事務の仕事や知的障害者施設でのボランティア活動などに励む。
その努力が認められ、2003年再びアビスパ福岡に選手登録される。記者会見で「いろいろな人に迷惑をかけたことをおわびしたい。失った信頼を取り戻すのは時間がかかるが、めげずに頑張りたい」と抱負を語った[1]。
2004年12月の入れ替え戦第2戦前に右足前十字じん帯断裂の重傷を負い、2005年シーズンは前半戦を棒に振ったが現在は完治。
2006年シーズン終了時に福岡から戦力外通告されるも、2007年シーズン開幕直前に練習生として練習に参加していた京都サンガF.C.と正式に契約。
右サイドの選手であったが移籍を機に左サイドバックに挑戦し、第8節からはスタメン出場を果たし、第11節ではアシスト1を記録している。
2008年7月、セレッソ大阪へ期限付き移籍。2009年1月には完全移籍となることが発表された。
[編集] プレースタイル
- 高卒ルーキーでJリーグ出場を果たした右サイドバックのスペシャリストであったが、上に述べたとおり現在は左右両サイドをこなすことができる。
- ロングスローを得意とする。
[編集] 所属クラブ
ユース経歴
プロ経歴
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 1997 | 初芝橋本高 | - | - | - | 1 | 0 | 1 | 0 | |||
| 1998 | 初芝橋本高 | - | - | - | 2 | 1 | 2 | 1 | |||
| 1999 | 初芝橋本高 | 2 | - | - | - | 2 | 1 | 2 | 1 | ||
| 2000 | 福岡 | 39 | J1 | 23 | 2 | 4 | 0 | 2 | 0 | 29 | 2 |
| 2001 | 福岡 | 16 | J1 | 20 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 21 | 1 |
| 2003 | 福岡 | 32 | J2 | 11 | 0 | - | 3 | 0 | 14 | 0 | |
| 2004 | 福岡 | 19 | J2 | 36 | 1 | - | 1 | 0 | 37 | 1 | |
| 2005 | 福岡 | 21 | J2 | 5 | 0 | - | 2 | 0 | 7 | 0 | |
| 2006 | 福岡 | 24 | J1 | 2 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 |
| 2007 | 京都 | 34 | J2 | 38 | 0 | - | 0 | 0 | 38 | 0 | |
| 2008 | 京都 | 20 | J1 | 12 | 0 | 4 | 0 | - | 16 | 0 | |
| C大阪 | 34 | J2 | 8 | 0 | - | 1 | 0 | 9 | 0 | ||
| 2009 | C大阪 | 13 | J2 | - | |||||||
| 通算 | 日本 | J1 | 57 | 3 | 11 | 0 | 2 | 0 | 70 | 3 | |
| 日本 | J2 | 98 | 1 | - | 7 | 0 | 105 | 1 | |||
| 日本 | 他 | - | - | 5 | 2 | 5 | 2 | ||||
| 総通算 | 155 | 4 | 11 | 0 | 14 | 2 | 180 | 6 | |||
- 上記のほかJ1・J2入替戦に1試合出場(2004年)
[編集] 経歴
- Jリーグ初出場 - 2000年3月25日 J1 1st 第3節 対鹿島アントラーズ戦 (博多の森球技場)
- Jリーグ初得点 - 2000年4月8日 J1 1st 第6節 対ジュビロ磐田戦 (ジュビロ磐田スタジアム)
[編集] タイトル・代表歴
- U-19、U-20日本代表
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
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