八田直樹

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八田直樹 Football pictogram.svg
名前
愛称 ハチ
カタカナ ハッタ ナオキ
ラテン文字 HATTA Naoki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1986年6月24日(28歳)
出身地 三重県伊勢市
身長 185cm
体重 80kg
選手情報
在籍チーム ジュビロ磐田
ポジション GK
背番号 21
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2005- 日本の旗 ジュビロ磐田 107 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2011年12月12日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

八田 直樹(はった なおき、1986年6月24日 - )は、三重県伊勢市出身のサッカー選手である。ポジションはゴールキーパーJリーグジュビロ磐田所属。

来歴[編集]

U-15代表では不動の正GKとして活躍。高校進学時に地元三重県を離れてジュビロ磐田ユースに加入。1年上の松井謙弥の存在によりなかなか出場機会に恵まれなかったが、3年時は不動の正GKとして全日本ユース選手権準優勝に貢献した。

プロ入り後は日本代表川口能活の存在などもありなかなか出番に恵まれなかったが、2009年は松井が移籍し、さらに川口が第26節の京都戦で負傷離脱したことにより、急遽正GKとなった。この間天皇杯3回戦の鹿屋体育大学戦の後半終了間際にシュートをキャッチし損ねた際にゴールポストに激突し流血。顔面を4針縫うけがを負ったものの、すぐに復帰している(ただし、最終節の神戸戦は新型インフルエンザに感染したため吉原慎也にスタメンを譲った)。2010年も川口の負傷が癒えなかったため、川口も代表に選出された南アフリカW杯前まで正GKを務めたものの、川口の復帰後は再び控えに回った。最終節では先発に復帰したものの、C大阪に2-6で惨敗する屈辱を味わった。2011年は川口がリーグ戦34試合全てにフル出場した事もあり出場はカップ戦の3試合に終わったが、3戦とも無失点で勝利している。

2012年は、川口がアキレスけん断裂で全治6カ月と診断されたため第3節のガンバ大阪戦から再びスタメンとして出場。自己最多の32試合に出場した。2013年も川口の控えとしてスタートしたが、チームの低迷を受け第20節の広島戦でシーズン初出場を果たすとそれ以降川口からポジションを奪ったが、出場した13試合で僅かに1勝と成績を好転させられずに結局17位でチーム史上初のJ2降格となってしまった。川口が岐阜に移籍した2014年は、ガンバ大阪から加入した藤ヶ谷陽介に当初はスタメンを譲っていたが、第8節の横浜FC戦以降はミスの目だった藤ヶ谷に変わって定位置に就いた。しかし、後半戦になるとチームの失速と歩調を合わせるかのようにミスが増えてしまい結局J2で4位にとどまった。昇格プレーオフ1回戦で6位のモンテディオ山形に敗れ、J1復帰も逃した。

所属クラブ[編集]

  • - 1998年 一色SC
  • 1999年 - 2001年 伊勢市立港中学校
  • 2002年 - 2004年 ジュビロ磐田ユース
  • 2005年 - 現 在 ジュビロ磐田

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2005 磐田 30 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2006 0 0 0 0 0 0 0 0
2007 0 0 0 0 0 0 0 0
2008 31 1 0 0 0 0 0 1 0
2009 8 0 2 0 3 0 13 0
2010 21 18 0 7 0 2 0 27 0
2011 0 0 2 0 1 0 3 0
2012 32 0 4 0 0 0 36 0
2013 13 0 5 0 1 0 19 0
2014 1 J2 35 0 - 2 0 37 0
2015 -
通算 日本 J1 72 0 20 0 7 0 99 0
日本 J2 35 0 - 2 0 37 0
総通算 107 0 20 0 9 0 136 0

その他の公式戦

経歴[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]